253、王都シリウス 〜土ネズミと泥ネズミ
「王都を観光されるなら、ご案内しますよ」
軽装の神官は、僕達にとても親しげな笑顔を向けた。
「えーっ、デートの邪魔をするんですかぁ?」
「いえ、そんなつもりではないんですが。王都は、危険な場所もあるので、護衛だと思ってください」
「護衛なんていらないもん。ねーっ?」
クリスティさんは、彼と話しながら、僕の腕にしがみついている。
「えーっと、どうしましょうかね」
僕には決められない。彼は、僕達について行けと、魔女達に指示されたのだろうか。
ベーレン家の人達からは、僕は、ベーレン家の血筋だと思われているんだよな。クリスティさんが、そう思い込ませるように、誘導したんだ。僕は、魔道具メガネを使って、架空の危険なベーレン家の血筋の男に仕立てられている。
その反面、神官様の暗殺依頼をしたアウスレーゼ家の人達は、彼女の暗殺依頼をレジストする依頼の受注者が、僕だと思っている。これは、事実だ。ただ、受注者の素性は、僕自身ではなく、ベーレン家の血筋の、なんだか怪しい男だと思われてるんだよな。
そして、僕の素性をつかむために、アウスレーゼ家が探りに来るだろうと、クリスティさんは言っていたっけ。でも、この宿泊所はベーレン家直営だから、まさか、ここには来ないだろうけど。
「管理人のバーバラさんに、叱られてしまいますから」
彼がそう言ったことで、クリスティさんは僕の方をパッと見た。うん? この言葉を言わせたかったのか?
「では、神官さん、市場に行きたいのですが」
「市場ですか? はい、ご案内しますよ」
「むぅう〜、せっかくのデートなのにぃ」
文句を言いつつ、クリスティさんは何も気にしてないみたいだ。よくわからないけど、これでいいのかな?
ふと、門の方から視線を感じた。だけど、暇そうな門番しかいない。うん? 気のせいかな。
王都には、いくつもの市場があるそうだ。僕達は、宿泊所から一番近い市場に案内してもらった。
軽装の神官は、僕達の少し後ろをついてくる。道の分岐点が近づくと、タタッと近寄ってくるんだよな。
クリスティさんは、何も気にせず、ずっとハイテンションで、僕の腕にくっついている。彼は、邪魔しないようにと配慮してくれているようだ。
王都に入ってから、ずっと僕は、デュラハンの加護を使っている。意識しなければ、ブリリアント様の加護が優先されるんだけど、光の精霊の加護は少ないから、僕だとバレやすくなると、クリスティさんに注意されたんだ。
精霊師だということも隠すことを決めた。ここは王都だから、ノレア様の居る神殿教会がある。ノレア様は相変わらず、僕の暗殺依頼を秘密裏に、裏ギルドに出しているみたいだからな。
だけど王都にいて、デュラハンの加護を使っていると……デュラハンが首の話ばかりするんだよね。王宮にあるから、取りに行け〜って言うんだけど、そこには、ノレア様が居るんだってば。
暗殺者が使う加護は、闇の精霊や妖精の加護だ。だから、クリスティさんも、闇系の加護を使っている。
今、王都では、とんでもない数の闇系の妖精が生まれ続けている。クリスティさんは、加護を受けている精霊の声だけは、聞くことができるらしい。その精霊から、王都の状況を聞いたことで、外の散策をしたくなったみたいだ。
こんなに大量に新たな精霊や妖精が生まれているのは、蟲の被害を受けた街に、精霊師が浄化の技能を使ったためだ。
僕は、この生まれたばかりの弱い精霊をエサにしようとする、堕ちた神獣ゲナードとその配下の動向も探らないといけないんだよな。
ゲナードは、王都の貴族に紛れ込んでいるという噂があった。奴の配下は、水属性だから、水の都と呼ばれる王都、そしてデネブの名のつく町や場所がエサ場になる可能性が高い。
やはり、この王都にいるのか。
「何を考えてるか、わかんない」
「うん? 何?」
「なんでもな〜い」
クリスティさんが、拗ねたようだ。彼女のハイテンションを適当にあしらいすぎたか。
するとデュラハンが、ゲナード絡みの話を覗けなくて拗ねているのだと教えてくれた。黒い兎が、隠しているらしい。
黒い兎ブラビィは、リースリング村を守っている。奴は、どこにいても、僕の居る場所に一瞬で来ることができるみたいだ。元偽神獣のリーダーだもんな。
完全に放し飼いにしているけど、機嫌良く、リースリング村を守ってくれている。奴は自由を求めていた。きっと、これでいいんだよね。
「その角を曲がると、市場ですよ」
軽装の神官さんが、僕の横に並んだ。ここから先は、横について案内してくれるのかな。
視界に、チラチラと赤黒い光が混ざる。敵視される数が急に増えたな。すると、クリスティさんが、僕と自分にバリアをかけた。ほんと、僕の思考をずっと覗いてるよね。
「ありがとうございまぁす。人混みだもんね」
うん? なぜ、礼を言う? あっ、僕がバリアを張ったことにしているのか。
「ちょっと、嫌な視線が増えてきたね」
僕がそう言うと、軽装の神官は、ハッとして、何かの術を使った。自分自身にバリアを張ったみたいだ。
「気付きませんでした。ご忠告、感謝します」
えーっと、そんな風に頭を下げられると、困るんだけど。これも、クリスティさんの誘導だろうか。
僕は、あいまいな笑みを浮かべておいた。
「珍しい野菜がいっぱいだね」
クリスティさんは、僕の腕にしがみついて、完全に旅人に徹している。
「そうだね。適当に買っていこうか」
「珍しい野菜の調理方法は、私、わかんないよ?」
クリスティさんは、僕の使用人だったという設定だからか、そんなことを言う。どうやら、料理はできない人みたいだな。彼女は貴族の当主なんだから、当然か。
ふふっ、反論をしないということは図星だね。常に僕の思考を覗いているみたいだけど。
「むぅう〜、いじわるだよー。無視しないでっ」
「あぁ、ごめん。じゃあ適当に作ってみるよ。食べられる物になるかは、自信ないけど」
「ほんと? わぁっ、楽しみだな〜」
クリスティさんは、ぴょんぴょん飛び跳ねるように、はしゃいでいる。ほんと、ハイテンションだよね。演じるときは、こう変わるのかもしれない。
そういえば神官様も、冒険者のときは、キャピっとしていたよな。はぁ……。
僕は、炒め物に使えそうな野菜と、腹持ちの良さそうな芋を買った。クリスティさんは、いちいち、値引き交渉している。そして、さっき稼いだ銅貨で支払いをしてくれた。
「荷物は、持ちますよ」
軽装の神官さんが、装備した魔法袋を指差している。まぁ、断るのもおかしいかな。
「じゃあ、お願いしまぁす」
クリスティさんは、笑顔で、彼に買った野菜を渡している。なんだか、彼女が彼に持つように圧力をかけたのかと疑いたくなるほど、威圧的な笑顔なんだよな。
「わっ、っと……」
うん? 彼の足元をネズミが駆け抜けていった。この街は、ネズミが多いのだろうか。
「王都って、ネズミが多いの?」
クリスティさんが彼に尋ねてくれた。彼女は、答えを知っているんだろうけど、あくまでも旅人のフリをしている。
「よく見ますよ。街のあちこちに、小さな水辺があるからでしょうね。大きな土ネズミと、小さな泥ネズミがいます。今のは、土ネズミですね」
「ふぅん、たくさんの巣がありそうね」
「そうですね。駆除のミッションが、よく冒険者ギルドに出されていますよ」
彼と話しつつ、クリスティさんは僕の顔をチラッと見た。うん? なんだろう? 少し困った顔? あー、会話が続かないのか。土ネズミと泥ネズミって、縄張りがあるのかな?
「土ネズミと泥ネズミって、縄張り争いとかしてるの?」
やはり、そうか。彼女は、僕の思考を覗いて会話をしているんだ。
「壮絶な縄張り争いをしていますよ。土ネズミは、どこにでもいます。泥ネズミは、水辺に巣を作っていますね」
さっき宿泊所に現れたのは、数体の泥ネズミだったけど、水辺は近くないよね?
「ふぅん、さっき、宿泊所にネズミが出たのよ。小さかったけど」
すると、彼は表情を引きつらせている。やはり、不衛生だからかな。
「それは、大変だ」
「不衛生よねー。食堂にいたオバサンも、なんか怒ってたよ」
「えーっと、そう、ですね」
彼の様子がおかしいな。クリスティさんは、ニヤッとしている。彼の思考も覗いたのか? バリアを張ってるのに?
「市場で、ネズミの話ばかりしていても、営業妨害だと言われそうだよ。そろそろ帰ろうか」
「はーい! お腹減っちゃったぁ」
これは、飯を作れという催促かな。
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