251、王都シリウス 〜無料宿泊所の食堂
「この宿泊所に、奴隷がいるのですか? ベーレン家直営の宿泊所なのに?」
僕は、クリスティさんにそう問いかけて、ハッとした。そうだ、孤児か。ゼクトさんも、教会で奴隷同然の生活をしていたって言ってたっけ。
「ふふっ、自己解決しちゃってるわね。正確に言えば、孤児だけじゃないよ。私も、奴隷候補だよ」
「ここに宿泊する人みんなですか?」
「うん、ヴァンさんは、ベーレン家の血筋だと思われてるうちは、扱いは違うと思うけどね。無料宿泊所なんて慈善事業を、神官家がやるわけないよ」
働き手を集めるための無料宿泊所なんだ。
カランカラン
何かの合図だろうか。
「たぶん、食事が出来たってことじゃない? ヴァンさんは、普通に無愛想にしてて」
「でも、僕……」
「魔道具メガネは、どんなサーチでも破られないよ。自分で外さないでね。それに、メガネをかけていたら、思考も読まれないから」
えっ……クリスティさんには、ずっと覗かれているじゃないか。
「私は、自分の魔力の痕跡を残した物には、どんな妨害があっても、術を使えるもの」
「それなのに、僕の姿が、お好きな感じに見えるんですか?」
「うん、認識阻害はレジストしてないもん。せっかくカッコいいんだから、見なきゃ損じゃない」
まぁ、そのために、好きな見た目にしたんだよな。
「でも、メガネを取られてしまったら、姿が……」
「うん? ヴァンさんが自分で外さなければ、認識阻害は継続するよ。じゃなきゃ、メガネみたいな取られやすい物で魔道具なんか作らない」
す、すごいな。自分で外さなければ、バレないんだ。
「ジョブも隠れてるよ。あっ、リスクサーチは弾けないから、やばすぎる技能持ちだということは、隠せないけどね。それって、何なのかなぁ。洗脳系だよね?」
あー、覇王のことか。
「さぁ? 大した技能じゃないですから」
そう、すっとぼけていると、クリスティさんは、キラキラと輝くような笑顔をみせた。彼女が好きな顔で、彼女が言われたい言葉だからかな。
「あっ、そうだ。念のために、適当な従属を作っておくといいよ」
「いきなり、従属ですか? えっと?」
「ヴァンさん、魔獣使い極級なんでしょ? 王都には、意外と極級は、いないのよ。だから、適当な従属を作っておけば、便利よ」
「はぁ」
「さぁ、食事に行ってみよう」
クリスティさんは、また、妙なハイテンションだ。部屋に張っていたバリアを解除すると、僕の腕にしがみついている。
石造りの建物を出て、木造の建物へ移動すると、管理人のバーバラさんが、笑顔で迎えてくれた。彼女は、ずっとあの場所に立っているのだろうか。
「お食事の合図が聞こえましたか?」
「はい、可愛い鐘の音が聞こえました」
クリスティさんは、ハイテンションで答えた。僕の方を見て、ふふっと笑う理由も、一応わかったから、好きにしてもらうしかないよな。
「まぁ、お二人は、仲がよろしいのですね。お食事は、二階になります。ご自由にどうぞ」
「はぁい、ありがとうございます!」
クリスティさんは元気よく、ぺこりと頭を下げた。僕も、管理人バーバラさんに軽く会釈をしておいた。
階段を上がっている途中で、クリスティさんが僕に耳打ちした。
「近寄ってくる者には、触れさせないようにね」
えーっと? 聞き返そうかと思ったけど、彼女はすぐに離れた。階段を降りてきた人の舌打ちが聞こえる。いちゃついているように見えたのか。いや、クリスティさんが、そう見せているんだよな。
食堂は、けっこう広い。鐘の音が鳴った直後だからか、多くの席が埋まっている。自由に取って食べる形のようだ。
食事時間には、特に決まりはなく、いつでも食べられるらしい。さっきの鐘は、料理が夕食に切り替わったという合図だったみたいだな。
カウンターには、出来立ての料理が並んでいる。そして、厨房では、さげた器に残った料理を取り合う子供達の姿が見えた。孤児なんだろうな。
「じゃ、食べよう!」
いつの間にか、トレイにたくさんの料理をのせたクリスティさんが、僕に声をかけてきた。僕は、軽く頷き、彼女の後をついていった。
空いている席をいくつかスルーして、彼女は、中庭の見える席に座った。景色の良い場所を選んだのだろうか。
窓からは、入り口の門番も見える。あぁ、だから、この席なのか。
「これって何かなぁ? 食べたことない野菜ですぅ」
クリスティさんは、僕に敬語を混ぜながら、楽しそうに話す。僕が貴族の家で生まれた坊ちゃんだと思わせたいらしい。
さっき、僕には、無愛想に振る舞えと言っていた。しゃべりすぎると、ボロが出るからだろうな。
にぎやかな彼女にたまに視線を向けつつ、僕は、食事を食べ始めた。うーん、美味しくないな。無料だから仕方ないという気もする。
だけど、作っている人は、料理を知らないんじゃないかと感じる。残った料理を争奪している子供達の様子からして、彼らは、空腹なのだろう。マズイ料理なら、たくさん残されると考えたのかもしれないけど。
クリスティさんは、楽しそうに話しながらも、普通に食べている。僕が不味いとは言えないか。クリスティさんは貴族の当主なんだから。
「おや、お口に合いませんか」
年配の女性に声をかけられた。管理人のバーバラさんと似た雰囲気があるが、別人だ。
「そんなことないですよー。食べ慣れない野菜に、ちょっと戸惑ってるだけです」
クリスティさんがハイテンションで、返答している。なんだかこの感じは……警戒しているのか。
「何か、代わりの物を作らせましょうか」
そう言いつつ、年配の女性は、僕の方に近寄ってきた。あっ、近寄ってくる人には、触れさせないようにと言っていたっけ。
「いえ、あぁ、そうだ。厨房をお借りできませんか」
僕は、椅子から立ち上がり、年配の女性と距離を取った。ジッと品定めをするような目つきだな。
「いけませんか? マダム」
僕は、年配の女性に、一瞬スッと近寄ってみた。すると、彼女は、少し後ずさった。そして、フッと笑ってみせると、クリスティさんがドンとテーブルを叩いた。
「他の女性と見つめ合わないで!!」
えっ? なぜ、怒る? いや、嫉妬しているフリか。だけど、めちゃくちゃ怒っているように見える。
「あら、彼女さんに叱られてしまいましたね。すみません。お兄さんが、とある知り合いに似ていると思いまして。厨房は、この時間はちょっと……」
「そうですか。暇な時間なら大丈夫ですか?」
「え、ええ。ですが、手伝いの子供達が……」
「仕事の邪魔はしませんよ。田舎の生まれでしてね。食べ慣れない味には、ちょっと……」
「料理人のスキルをお持ちなのですね」
「いえ。ですが、料理人が料理をするのを見るのは嫌いではなかったので」
僕がそう言うと、年配の女性は大きく頷いている。クリスティさんの方を見ると、彼女はニコニコしていた。これでよかったんだよな。
「そうでしたか。お屋敷に料理人が……。あっ、ご無礼を致しました」
彼女は、軽く会釈をして、離れていった。
「もうっ! あんなオバサンに……」
クリスティさんは、彼女に聞こえるように何か文句を言いかけて、口を閉ざした。そして、僕のそばに駆け寄り、耳打ちした。
「完璧よ。あと、もう一人いるわね」
また、いちゃついているように見せかけているのか。周りの視線が気になるけど、僕の姿は別人だから、まぁいいか。
クリスティさんは、そのまま紅茶を取りに行ったみたいだ。僕は、席に座って、ぼんやりと食堂内を眺めた。
あと、もう一人、魔女がいるってことか。さっき話しかけてきた年配の女性は、この食堂を任されているようだ。食べ終えた人に、片付けを促している。
「あの人、教会にいたオバサンじゃないの? 双子?」
すぐ横を通り過ぎた人達の話し声が聞こえた。もう一人は、教会にいるのか。教会に相談に来た孤児を引き入れる役割かな。
しかし、何の魔物から作り出されたんだろう? 魔物から作り出されたのなら……魔獣使いのスキルが効くかな? もし、効くなら……いや、危険か。
「見た目どおりよ」
「あっ、ありがとう」
目の前に紅茶のカップが置かれた。クリスティさんは、離れていても、僕の思考を覗いていたのか。
見た目どおりと言われてもなー。すると、彼女は、口を開いた。
「ねぇ、さっき、厨房にネズミがいたわよ」
「厨房内に? それって不衛生だね」
あっ、年配の女性がパッとこちらを向いた。あれ? 敵視されている? 彼女が毒々しく赤黒く光って見える。
どうしよう……。あっ、そうだ!




