25、リースリング村 〜やっと戻ってきた
「じゃあ、俺達も帰るか」
冒険者の人達がそう言うと、マルクが口を開いた。
「その前に、お話があるんですけど」
すると、彼らはギクリとしたみたいだ。マルクは何を言うつもりだろう? 怪我人を見つけてバタバタしていたから、マルクがみんなに話しかけたことさえ忘れていたよ。
でも、冒険者の人達は、みんなマルクに注目している。やはり貴族って特別な存在なんだな。
「この村を襲撃した主要な魔物は、倒せていませんよね? 魔物ハンターの皆さん」
「えっ、あ、あぁ。ザコばかりだ。先に帰ったアイツは、怪我にも気付いていなかった。近くにいても、俺達には察知できなかったんだ」
「超薬草は見つかったのですか? 薬草ハンターさん」
「い、いや……」
なんだか、マルクが威圧的だな。貴族らしく振る舞っているのだろうか。
「では、どなたか、ボックス山脈への立ち入り許可は?」
「ボックス山脈!? お宝の宝庫じゃないか。だが、入山には、超級以上のパーティにしか許可証は出ないぞ」
マルクはぐるりと見渡していた。誰も名乗り出ない。ボックス山脈は、超級ハンターにも厳しい魔物が多いんだ。だから、入山制限がある。
ガメイの妖精さんが、水路を流れる水の解毒をしろと言っていたけど……あれって、ボックス山脈のひとつの山からの湧き水なんだよな。
「ボックス山脈に入ってみたい人はいますか?」
マルクの問いかけに、全員が前のめりになっている。入山制限があって入れないけど、みんな行きたいんだ。ハンターって、みんな自信家っぽいもんね。だけど、敵わない魔物に遭遇したら、どうするつもりなんだろう。
「魔導士の坊やは、入山許可証を持っているのか?」
「俺ではなく、ヴァンには入山権限がありますよ。でも、彼は戦えない。だから護衛が必要なんですよね。まぁ、ギルドに一度戻って、超級以上のハンターを雇ってもいいんですけど」
えっ? 僕?
まさか、スキル『薬師』が超級だとバレてる? でも、僕は、許可証なんて持っていない。
「薬師の坊やに、入山権限があるだと!? 上級薬師じゃないのか?」
冒険者達の目が一斉に僕に向いた。うわっ、ちょっと嫌な汗が出てきたんだけど……どうしよう。
「彼のジョブは『薬師』ではない。別のものだ。さっき、彼は、ある精霊に命じられていたよ。ボックス山脈のひとつに入山しなければならない仕事をね」
マルクは、妖精さんのことを精霊と呼んでいる。確かに、妖精さんは精霊だけど、すっごく力の弱い精霊なのに……。なんか、そんないい方をすると、偉大な精霊に命じられたように聞こえるじゃないか。
「ジョブじゃないのに、この若さで上級薬師なのか。凄まじいな。精霊に命じられたということは、ジョブは精霊使いか? まだ上級なら、強い精霊には逆に使われたりすると聞いたことが……あ、いや、何でもない。下手に探る気はないから安心してくれ」
精霊使いというジョブは、僕にはわからない。
だけど、コソコソ話が聞こえてきた。もし僕が精霊使いなら、気づかないフリをする方がいいと言っている。精霊の中には、気難しい者もいるらしい。
彼らは、僕を便利使いしようとする精霊が、この近くにいるのではないかと恐れているようだ。精霊の気分を害すると、殺されるとでも思っているのかな。
しかし、マルクは、何も嘘をついていないのに、冒険者達をとんでもない方向に誤解させるんだな。なんというか……いつものマルクとは別人だ。
「ヴァン、とりあえず、今日は一旦、リースリング村に戻ろう。アリアさんが、毒薬草を待っているからな」
「うん、そうだね」
「皆さんも、リースリング村に行きますか?」
「あ、あぁ、依頼品を渡さねばならないからな」
「冒険者ギルドに、ミッション完了報告も必要だ」
「ついでに転移しましょうか? 勝手に移動されます?」
「一緒に頼む!」
魔道具を出していた人は、即座に袋に隠すように入れている。使い捨ての転移魔道具なのだろうか。
マルクは、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。うん、やっぱり、いつものマルクじゃないよね。
僕達は、その直後、転移魔法の光に包まれた。
◇◆◇◆◇
「ヴァンちゃん、おかえり。よかった、無事だったんだね」
「婆ちゃん、ただいま」
僕は、やっと家に戻ってきた。はぁ、随分と長旅だったような気がするよ。
マルクが、後のことは任せろと言うので、毒草入りのリーフさんの魔法袋をマルクに預けて、家に戻ったんだ。
たぶん、マルクは、魔法袋の秘密を探るつもりだ。だけど、トロッケン家の人達とは仲が悪そうだから、難しいんじゃないかな。
婆ちゃんのパンを食べて、僕は一気に眠くなった。何か叱られているような気もするけど……。僕はそのまま、スーッと眠りに落ちていった。
「泣き虫ヴァンが、畑の?」
「そうそう、でも、利用されちゃった感じ」
「ガメイは、ずる賢いんだもの」
「クソガキだもんね」
「あーあ、泣き虫ヴァンが泣いちゃうよ」
「かわいそう、泣いちゃうよ」
何か声が聞こえる……ような気がする。
「うっせーぞ、おまえら」
「ガメイのくせに何言ってんのよ」
「ヴァンを利用するんでしょ」
「知らねーよ。アイツが勝手に所有者になったんだろーが」
「優しいヴァンを利用した」
「何も知らない赤ん坊だもの」
「あーあ、かわいそう」
「泣き虫ヴァンが泣いちゃうよ」
「ガメイがヴァンをいじめたの」
「ありがとうも言わないなんて、最低ね」
「ガメイだもんね」
「ほんと、ガメイって最低ね」
妖精さん達が、ケンカしている? ダメだよ。ひとりの男の子をみんなでいじめちゃ……。
そう思うのに、目は開かない。
今日は、ほんとに疲れたよ。
◇◆◇◆◇
翌朝、目が覚めると、僕はベッドの上にいた。あれ? パンを食べていて……それから、どうしたんだっけ?
起きて顔を洗うと、髪がベトベトだった。えっと……お風呂に入ってなかったっけ。
「ヴァンちゃん、やっと起きたのかい? ちょっと、なんだい、その頭は!?」
「婆ちゃん、えっと……とりあえず、朝ごはん」
「もう、夕方だよ。おまけにそのまま寝ちまって。マルクさんが、おまえに付いた汚れを落として、ベッドまで運んでくれたんだよ」
「えっ? いつ?」
「昨夜、ヴァンちゃんの魔法袋を届けに来てくれたんだよ。チカラを使いすぎて疲れているだろうから、起きるまで寝かせておいてあげて、と言っていたよ。優しい友達だねぇ」
そ、そんなこと、全く気づかなかった。
「マルクは、今日は?」
「村には居ないようだね。どこかに出かけているんじゃないかい。夜、また、パンを取りに来ると言っていたけどね」
「そっか」
「ヴァンちゃん、とりあえず、頭をなんとかしてきなさい。ジョブ『ソムリエ』なんだからね、身なりはキチンとしていなきゃいけないよ」
「あー、うん、わかった〜」
僕は、パンをかじってジュースを飲み、それから、風呂に入ることにした。
水魔法で、浴槽に水をはり、さらに手を水につけて、魔力を放った。魔導学校で教えてもらった野宿用の温水を作る魔法なんだ。
寒い場所で野宿をするとき、火が使えないときの対処法なんだ。寒くて眠れないときには、温水に浸かって身体を温めようというサバイバル術なんだって。
よし、風呂が沸いたね。
服を脱いで、ちゃぽんと湯船に浸かった。
リースリング村は冬は寒いから、どの家にも風呂がある。だけど、魔導学校の友達は、誰も風呂を知らなかったんだ。この村の冬は、サバイバルな環境だということなのかな。
ソムリエだと、身なりを整えておかなきゃいけないって、さっき、婆ちゃんが言っていた。村にいるときは、気にしなくていいと思うんだけどな。
でも、そっか、そういう練習をしなきゃいけないのか。
だけど、そもそもソムリエなんて、ガメイの妖精さんが言っていたように、ぶどうの妖精さんの声を聞いてワイン選びをするだけの仕事だよね。
貴族と関わる機会が多いから、キチンとした身なりをしていないといけないのかな。なんだか、想像できない。
はぁ……。
思わず、大きなため息が出てしまった。はぁ、さっさと風呂からあがろう。
「泣き虫ヴァンが、泣いちゃった」
「まだじゃない?」
「もう泣くよ」
「ほら見て、プルプルしてる」
ちょ、妖精さん……。
「妖精さんって、風呂をのぞき見するの?」
僕がそう叫ぶと、慌てたような羽音が聞こえた。
「キャー、エッチね〜」
「きゃははっ」
どっちがエッチなんだよ……。




