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249、王都シリウス 〜彼女の謎すぎる行動

 飲み終えた紅茶の瓶を、ゴミ拾い用のカゴに放り込み、クリスティさんは立ち上がった。


 彼女は、さっき、声をかけてきた教会の神官らしき人から、無料宿泊所の場所を熱心に聞いていたんだ。うーむ、違和感しかない。王都に住む彼女が、知らないわけがない。


 あっ、僕達は、旅人の設定だっけ。


 でも、それは、花時計の仕事を受注したギルドでの話だと思うんだけどな。



「ヴァンさん、適当に公園内を歩こっか」


「ゴミ拾いをするんですね」


「違うよ。ゴミを持って来させるんだよ」


 うーむ、彼女が何を言っているのかわからない。クリスティさんは、なぜか楽しそうに僕の腕を引いて、歩き始めた。



「ゴミがあれば、もらいまぁす」


 彼女は、ときどき、そんなことを叫びながら、のんびりと公園内を歩いていく。クリスティさんは貴族の当主だもんな。僕だけでも、ゴミ拾いをするか。とは言っても、腕をつかまれてるんだよな。


「これ、お願いします」


「はーい」


 うん? 僕が背負っているカゴに、何かが入れられた。その後も、歩いているだけで、ゴミを持った人が近寄ってくる。しかも、自分のゴミじゃなくて、拾ったゴミみたいだ。


 あっ、もしかして……。


 チラッと、クリスティさんの横顔を見ると、悪戯が成功した子供のような顔をしている。何かの技能を使ったんだな。


 ぐるりと広い公園を一周したときには、かなりのゴミが集まっていた。


「ふふっ、いい感じに私達が人目に触れたわね。お金に困った田舎者がゴミ拾いをしているから、同情してくれてるみたい」


「そう思わせるように誘導したんですよね」


「うふふっ、秘密だよ〜」


 花壇が視界に入る距離になってくると、クリスティさんのテンションは、また高くなっている。お芝居には見えないけど……お芝居なのだろうか。


 僕は、彼女の技能のことは、全然知らない。知ろうとすると、暗殺されそうだもんな。




「かなり集めたね。兄さんの技能か」


 花時計のミッションの責任者らしき人に、ゴミの入ったカゴを渡した。僕の技能ってことになっているのか? 


「たまたまですよ」


 僕が、あいまいな笑みを浮かべると、彼は、僕のメガネをジッと見て、フッと笑った。


「兄さんは、それなりの貴族なんだろう? そんな高価な魔道具を身につけて……。後継争いから逃げて来たって感じだな」


 はい? 貴族に見えているのか。


「そ、そんなんじゃないもん!」


 クリスティさんが、なぜかムキになって反論している。


「あはは、お嬢さんは、ジョブ無しか。この男に利用されているんじゃないか? まぁ、使用人が坊っちゃんに惚れてしまうことは、少なくないだろうけどな」


 うーん? クリスティさんがジョブ無し? 魔物の血が混ざっているように見えるのかな。いや、彼女の技能か。僕もスキル『道化師』のなりきりジョブの技能を使えば、ジョブ変更ができる。


 僕が黙っていると、彼は少し焦ったような表情を浮かべた。そして、クリスティさんに、銅貨を渡している。二人分で100枚なら、銀貨1枚にしてくれたらいいのに。


「ご苦労様、いい旅を」


 そう言うと彼は、僕達から逃げるように離れていった。いや、僕から逃げるように、か。


 認識阻害のメガネは、僕をどんな姿に映しているのだろう。




「ヴァンさん、次は宿だよ」


 クリスティさんは、楽しそうだな。駆け落ちした恋人を演じているのだろうか。


 彼女は、王都の地理がわかっているはずなのに、道行く人に、何かの紙を見せて、道を尋ねている。うーむ、謎の行動だ。彼女は、僕が首を傾げていても、クスクスと楽しそうに笑っているだけで、何の説明もしてくれない。


 クリスティさんは僕の思考を、完璧に覗いているはずだよな。僕が不思議がっているから笑っているのか。



「ここかなぁ?」


 紙を見ながら首を傾げる彼女の表情は、道に迷った旅人そのものだ。まだ、旅人を演じている? 宿泊所が近いからかもしれないけど、ずっと芝居をする必要があるのだろうか。


 近くを通った人が、ここですよと教えてくれた。


「ご親切にありがとうございます!」


 元気よく、お礼を言う彼女。僕も一応、軽く会釈をしておいた。


 そして僕達は、大きな教会に隣接する質素な木造の建物の入り口へと、向かっていった。




「あの、公園で、ここのことを教えてもらったんですけど」


 クリスティさんは、建物の門番に、不安そうな表情で話しかけている。ほんと、彼女は百面相だな。


「何か、紙をもらいましたか?」


「はい! ここの地図をもらいました」


 彼女は持っていた紙を、門番に見せている。すると門番は、あぁと呟き、どうぞと門を開いた。


「あ、あの、本当に無料なんですか? そう言われて来たんですけど……どこかに売り飛ばされたりしないですか?」


 うん? クリスティさんは何を言っているんだ?


「安心しなさい。ここは、神官三家のひとつ、ベーレン家が直営している宿泊所ですよ。困っている旅人や、身寄りのない者に、無料で宿を提供しています」


 門番は、無表情で、そう説明した。僕の方をチラッと見て、眉をしかめたのが気になる。


「そっか、よかったぁ」


「この地図は、宿泊所の管理人に渡してください。部屋に案内してくれますよ」


「はい! ありがとうございます」



 門を入ってすぐの中庭は、広い野菜畑になっている。自給自足をしているのだろうか。神官の制服を着た若い子が、農作業をしている。


 僕を急かすような仕草のクリスティさんに、腕を引っ張られながら、僕達は建物へと入っていった。彼女は、本当に楽しそうな顔をしている。



「おかえりなさい。あ、いや、いらっしゃいかな」


 優しそうな年配の女性が、出迎えてくれた。


「あの、管理人さんに地図を渡すようにと言われたんですけど、どちらにいらっしゃいますか」


「おや、紹介で来たんですね。私が管理人をしているバーバラですよ」


「優しそうな人でよかったぁ。これ、ちょっとくちゃくちゃになっちゃったんですけど……」


 クリスティさんは、管理人バーバラさんに、紙を渡した。すると、それを見た彼女は、パッと僕の顔を見た。うん?


「大丈夫ですよ。この地図は、紹介した者の印がついているので、それを確認するだけですからね。くちゃくちゃでも問題ありませんよ。では、部屋に案内しますね」



 管理人バーバラさんは、木造の建物を奥に進み、その先にある石造りの建物に入っていった。まさか、僕達の何かがバレて、牢屋に入れられるんじゃないよな?


 クリスティさんをチラッと見ると、相変わらず楽しそうにしている。


 僕達は、石造りの建物の二階に、案内された。階段を上がってすぐの部屋の前で、管理人バーバラさんは立ち止まった。


「こちらの部屋を使ってください。食事は、木造の建物の方に食堂がありますから、ご自由にどうぞ」


「あの、食堂は高いんですか」


 クリスティさんは、また不安そうに尋ねている。お金に困っている設定だからか、徹底しているよな。


「いえ、食堂も宿泊も無料ですよ。ただ、食器の後片付けは、各自にお願いしています」


「よかったぁ。皿洗いくらい、やります!」


「ふふっ、ありがとう。一応、滞在期間は、3日までとさせてもらっています。もし、長期滞在を希望されるなら、教会のお手伝いをお願いすることになります」


 まぁ、当然だよな。


「えっ? 教会のお手伝いをすれば、ずっと無料で泊まれるんですか? めちゃくちゃ重労働ですか?」


「ふふっ、心配はいりません。朝の礼拝前のお掃除や、教会に相談に来られる方の人員整理などです。中庭の畑仕事をしてもらうこともあるかもしれませんが」


 管理人バーバラさんの優しい笑みにつられて、僕は、やわらかく微笑んだ。すると、クリスティさんが嫉妬したかのように、僕の腕を引っ張る。


「とりあえず、今日は、疲れちゃいました」


「ふふっ、ゆっくりしてくださいね」


 管理人バーバラさんから鍵を受け取ると、クリスティさんは、部屋に入っていった。僕は、彼女に軽く会釈をして、部屋の中へ入った。



 扉を閉めると、ブワンと何かが起動した。すると、クリスティさんは、何かの術を使った。


「ヴァンさん、もう普通に話していいよ。盗聴の結界の中に、防音バリアを張ったから」


「えっ? さっきのブワンって音?」


「うん、鍵結界の発動音に似せてあるね。ふふっ、これで、ヴァンさんがさらにモテるね」


 はい? なぜ、そうなる?


「クリスティさん、何だか、花時計の仕事を受注してから、変ですよ? 何をしてるんですか?」


「あはは、バレてるかぁ」


 また、彼女は楽しそうに笑った。



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