247、商業の街スピカ 〜裏ギルドではピオン
「お嬢様、また、そんな……」
裏ギルドのギルドマスターが、クリスティさんに何か言おうとしたのを、彼女は視線で制している。
「私はね、神官三家が嫌いなの。独立する新家が増える方が、まともな教会が増えるじゃない」
「はぁ、まぁ……所詮は変わらないと思いますけどね」
「この新家の当主は、ピオンが受けたミッションの依頼主よ。私はピオンの初仕事のフォローをするんだからね。私の邪魔をする者は、当然排除するわよ。それが神官家の偉い人でもね」
「まさか、そのために、その依頼のサポートですか。お嬢様、血の気が多すぎると……」
クリスティさんは、神官家の誰かを暗殺しようとしているのか?
「ギルマス、彼の印を見たの?」
「いえ、毒サソリだという話は聞こえてきましたが」
「ピオン、見せてやりなさいよ」
クリスティさんは、さっき付けたばかりの僕の裏ギルド登録名を、普通の名前のように使う。僕は自分のことだと気づくのに、一瞬遅れた。
僕は、右手のグローブを外した。
「これは、既に……」
既に、何?
「ふふっ、そういうことよ。だから、私が彼と組んでいるのよ?」
「こ、これは……クックッ、面白いことになりそうだ」
全然、意味がわからない。別に、ジョブの印に異常はない。この二人は、何を言ってるんだろう?
「他にも、新家潰しの依頼があれば、連絡をもらえるかしら? 新家潰しをしようとすると、死のサソリに狙われる。ふふっ、楽しそうよね」
「お嬢様、貴族の新家潰しなら、いくつか……」
「貴族に興味はないわ。神官三家よ」
「かしこまりました」
クリスティさんは、やはり神官家の誰かを暗殺したいのか。それとも、こういう言い方をしてしまう性格なのだろうか。
裏ギルドのギルド証は、アクセサリーのような棒状のものだった。綺麗な水色だが、何の記載もない。
「魔力を流せば、登録したものが表示されるわ」
クリスティさんにそう言われ、僕はギルド証に魔力を流した。
登録名:ピオン(男)
登録スキル:魔獣使い
登録武器:なし
紹介者:R
とても、シンプルだ。ランクもないんだな。紹介者R?
あっ、そういえば、クリスティさんは書類番号がRだと言っていたっけ。紹介者が暗殺貴族だなんて、これ、やばくないか?
受注した内容がイマイチよくわからない。書類も、見せてくれない。クリスティさんが確認しただけだ。
「お嬢様、ピオンさんが受注されたミッションについてですが……」
「説明は不要よ。これは、受注したことに意味があるのだから。新家潰しの依頼主に、レジスト依頼が受注されたと伝えなさい。受注した者の情報をしつこく尋ねられたら、極級魔獣使いだということなら話してもいいわよ」
クリスティさんは、僕が魔獣使い極級だと知っているのか? 彼女のサーチ能力がわからないけど、すごいよな。
彼女は、僕の方を向いて、楽しそうに笑った。
「ピオン、ちょろすぎるわよ? 超級かなと思ってたんだけど、まさかの極級かぁ」
はい? カマをかけられた?
「魔獣使いは極級ですが、別に珍しくもないでしょう?」
カチンときた僕は、少しキツイ言い方になってしまった。だけど、なぜかクリスティさんは、楽しそうなんだよな。
「ふふっ、やっぱりいいわね。私って、ビビられることが多いじゃない? 私の素性がわかっていても対等に話してくる子って、大好き〜」
「貴女は、僕を殺したりしないでしょう? ビビる必要なんて、ありますか?」
「うふふっ、そうよね〜。ギルマスは、私のことを怖がるのよね〜」
そう言われて、ギルドマスターは苦笑いだ。
「俺も毒サソリなら、お嬢様を怖れることもないかと」
その印の意味がわからない。だけど、尋ねられる雰囲気じゃないんだよな。
「うふふっ、スコーピオンは、王や暗殺者、あと盗賊に多い印よ。群れることは合わない。孤独になりがちね。毒サソリなら、必ずダークな守護者が現れる。主人の命を奪おうとする者に、毒牙を突き立てるわ」
知りたかった印の絵の秘密だ!
そういえば、神官様もスコーピオンだと言っていたっけ。毒サソリじゃないらしいけど。王に多いなら、独立志向の彼女には、スコーピオンは合っているのか。
「ダークな守護者ですか?」
「ええ。ピオンの場合は、もう既に現れている。毒サソリが真っ黒だもの。ちょっと冷や汗が出てきちゃうわ」
「僕の印は、黒く変色していますか?」
「暗殺者のスキルを持つ者には、浮き出た立体的なサソリに見えるの。守護者が強ければ強いほど黒く輝くわ。本物のサソリに狙われているような感じよ」
本物のサソリって見たことないけど、危険だということか。まぁ、奴は、ぷぅちゃんの眷属に戻りたくないだろうしな。
でも以前に、カラサギ亭で、マスターとゼクトさんが話してたよな。確か、毒サソリだから、あんなバケモノを従えているって言ってたっけ。ということは、ダークな守護者って、デュラハンのことかもしれない。
「じゃあ、ピオン、いつからやる?」
「受注内容がイマイチわからないんですが」
「この依頼主に暗殺依頼を出した人達を、脅すだけよ。受注したことで半分は達成されてる。依頼主を守る有力者がいると知らしめればいいのよ」
「それって、貴女のことですよね?」
そう尋ねると、彼女は意外そうな顔をした。暗殺貴族の当主ほど、怖い有力者はないんじゃないのか?
「ふふっ、具体的なことは王都に行ってからね。ここで話すと、ギルマスが真似をするもの」
確かに、裏ギルドで打ち合わせをするべきではないな。
「表の仕事が、今週いっぱいの契約になっているんですよ」
「そう、ちょうどいいわね。それくらいの期間があれば、新家潰しの依頼をした奴らに、レジスト依頼受注の連絡が行き渡るわ」
クリスティさんは、楽しそうなんだけど、時間を与えると対抗措置を取られてしまうんじゃないだろうか。
「お嬢様、紹介者の情報はどうしましょうか」
「ギルマス、貴方、バカでしょ」
「一応、確認をと思いまして……。ピオンさんのギルド証に、お嬢様の名を入れたということは、知らせて構わないということですよね?」
「当たり前でしょう? じゃなきゃ、私が動きにくいじゃない」
やはり、クリスティさんは誰かを……。
「では、今日明日のうちに、情報屋を使って、お嬢様の参戦の噂を流しておきます」
「今夜中に流しなさい」
「かしこまりました」
参戦? もしかして、僕は利用されている?
「さぁ、ピオン。送るわ」
クリスティさんはそう言うと、僕の腕をつかみ、地上へあがった。そして何かの術を使って、その場にジッとしている。
数分後、怪しげな男がひとり、すぐそばに現れた。そして、キョロキョロと辺りを見回し、チッと舌打ちをしている。
クリスティさんと目が合うと、シッと人差し指を口に当てられた。しゃべっちゃいけないんだな。
その男の元に、数人が転移してきた。
「おい、まさか、見失なったんじゃないだろうな」
「ここから先は、徒歩のようだ。転移跡を追わせないようにしたのだろう」
「特徴は?」
「受注したのは二十歳前後の男だ。認識阻害をかけていたから、顔の特徴は知る意味がない。ジョブソムリエに見えたが、それもダミーだろう。右手の甲に、毒サソリだ。一緒にいた女は、おそらくレーモンド家だろうな。ギルマスがビビって、お嬢様と呼んでいたからな」
「暗殺貴族か。王宮が動いたのか?」
「いや、王宮には余力などない。どこかの貴族が神官家を潰そうという暴挙に出たんじゃないか」
「その男もレーモンド家か。もしくは、独立するあのお嬢ちゃんの関係者か?」
「わからん。裏の仕事は初めてらしいがな。だが、神官家の新家潰しの依頼をすべて受注したようだ」
「依頼主は誰でもいいということか。厄介だな。狙いは、神官三家の崩壊か。ベーレン家が黒幕じゃねぇか?」
「大神官様への報告が先だな。俺達の手には負えない」
男達は、スッと姿を消した。
「ヴァンさん、もういいよ」
クリスティさんが、僕の名を呼んだ。ピオンじゃなくて、ヴァンと呼ばれるのは久しぶりな気がする。
「クリスティさん、今の人達は?」
「私達が仕事をする前に消そうとしたみたいね。うふふっ、雇われている暗殺者よ。大したことないわ」
「あの……僕、顔を見られたんですよね」
「うん? もう忘れてるんじゃない? ふふっ、いろいろと勘違いしちゃってくれてるから、面白いわね」
クリスティさんは、ケラケラと笑い、僕をスピカに借りている家に送り届けてくれた。
「じゃあ、来週、迎えに来るわね〜」
明日、日曜日はお休み。
次回は、7月19日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




