246、商業の街スピカ 〜新家潰しと裏ギルド
「えっ? それって、彼女にも……」
神官様が、21歳の誕生日を迎えられない? さっき会ったときは、特に病気などの兆候はなかった。ということは、暗殺されるということか?
「そうなのぉ。まぁ、新家潰しは、よくあることだけど、どうやら彼女は改革派みたいね。よほどの有力者が味方につかないと、あっさり消されるわ。神官家は、貴族よりも圧倒的に保守的だもの」
「それなら、王宮の誰かを伴侶に迎えられるから、大丈夫だと思いますよ」
「うん? ヴァンさん、何も知らないの? だから、ベルベットが、すれ違ってるって言ってたのね」
ベルベットさんというのは、神官様の隣に座っていた奥様だろうな。クリスティさんは、王都の暗殺貴族レーモンド家の若き当主だ。どういう関係なんだろう。
「クリスティさん、ベルベット奥様と親しいのですね」
「うん、私の従姉妹だからね」
「えっ……」
「あっ、知らなかった? ベルベットも、ジョブ『暗殺者』だよ。貴方の元婚約者のことは、随分、大切にしているみたい。ベルベットがファシルド家に嫁いだ頃に、あの子もファシルド家に預けられたからじゃない?」
そっか、神官様は、ファシルド家で育ったんだった。アウスレーゼ家から捨てられたのに、神官のジョブが現れたことでアウスレーゼ家に連れ戻されたんだっけ。
「そう、なんですね。あの……すれ違いって」
「あはは、気になるぅ?」
クリスティさんは、楽しそうだな。僕の顔をジッと覗き込んで……うん? サーチか。そう考えた瞬間、彼女は、ニコリと微笑んだ。すべてを見透かされているのか。
「まぁ、現状を確認する方が早いんじゃない? マスター、地下への通路はあるかしら?」
「あぁ、店の裏から行ける」
カウンター内の通路は秘密なのか。
「じゃあ、ヴァンさん、ちょっと行ってみよっか」
「えっ? 今からですか」
「いつまで彼女が無事でいられるか、わからないわよ?」
クリスティさんは、スタスタと店の入り口へと向かった。僕が立ち上がると、マスターが小声で囁いた。
「アイツは、自分の利益になる人間は、絶対に殺さないし、殺させない。だから、心配はいらないぜ」
「はい、ありがとうございます」
マスターに軽く会釈をして、僕は、彼女の後を追った。
カラサギ亭の裏手には、地下へ降りる隠し階段があった。クリスティさんは、簡単に見つけるんだな。
そして、僕達は、地下道を進んでいった。やはり、彼女は楽しそうなんだよな。行き交う人達は、みんな裏の顔というか……怖いんだけど。
「ヴァンさんと行くのは、二度目だね。今日は、何に化けるの?」
「いえ、何も考えてなかったですけど。あのときは、ビードロに化けないと、上がれなかったから」
「そっか。何も魔道具がないんだよね。買えばいいのに」
そう言われても……。
「高いですし」
「うん? ヴァンさんは儲けてるでしょ? あー、そっか、あの神矢ハンターを雇う資金に消えているのね」
なぜ、それを知っている? やはり思考が読まれているのか。それなら、レア技能のことも、知ってるんじゃないのかな。
「うふふ、サーチできない部分は、思考も見えないのよねー。私も、ぶっ壊れ技能が欲しい」
「なっ、覗かないでくださいよ。まるで、妖精さんみたいですね」
「うん? 妖精?」
「はい、僕の村の妖精さん達は、僕の頭の中を覗いて、からかってくるんですよ」
「へぇ、妖精みたいって言われたのは初めてだな。なんだか、ちょっと嬉しいかも」
なぜか、クリスティさんは上機嫌だ。うーむ、まぁ、地下道の方が、居心地がいいだけかもしれないけど。
「ここね。じゃあ……」
クリスティさんは、僕の腕を掴むと、スッと上に跳びあがった。あっ、靴に仕掛けがあるのか。びっくりした。
裏ギルドは、今日は人が少ない。時間の問題かな。夕方から夜にかけてが、仕事の時間だろうからな。
僕は、素顔だから、ちょっとヒヤヒヤする。だけど、誰も僕に気づかない。自意識過剰だったか。
クリスティさんに手招きされ、壁に貼られた依頼票を見た。うん、確かに僕の暗殺依頼は多いな。でも、神官様の暗殺依頼なんて、ないじゃないか?
「ふぅん、予想してたより多いみたいね」
彼女は、何枚かの依頼票をはがし、カウンターに持っていった。えっ? 受注する気じゃないよな? 王都でしか受注しないって言ってだはずだけど。
「この対象者って、何をしたの?」
「ただの新家潰しでしょう」
クリスティさんがはがしたのは、神官様の暗殺依頼なのか。僕が見た感じでは、わからなかった。
「家を潰すために、暗殺までする必要なんてあるの?」
「改革派じゃないですかねぇ。志を高く持つ人を潰したいんでしょう」
「ふぅん、私は、この依頼主を殺したくなってきちゃったわ」
「それなら、ありますよ」
カウンターの女性は、壁の別の場所を指差している。クリスティさんは、その依頼票を見て、首を横に振った。
「暗殺依頼じゃないわ。力を削ぐようなことだけ? 甘っちょろいわね。この対象者が依頼主かしら」
カウンターの女性は、その問いには答えないが、否定はしない。神官様は、自分の暗殺依頼が出ていることを知っていて、この依頼を出したのか。
「この対象者に間する書類をすべて見せてもらえる?」
クリスティさんが何かをチラッと見せた。すると、カウンターの女性は、一瞬焦った表情を浮かべ、事務所へ駆け込んだ。レジェンドだったよな、確か。
事務所から慌てて出てきた別の男性に、クリスティさんは舌打ちしている。見たことのない人だな。
「お嬢様、まさか、スピカにも……」
お嬢様? クリスティさんに睨まれて、男性は言葉を飲み込んだ。
「なぜ、貴方がスピカにいるのよ、ギルマス。貴方の顔を見たくないから、スピカで遊んでいるのに」
「申し訳ございません。ちょっと大きな依頼がありまして……というか、お嬢様が引き受けてくださるのですね!」
「は? なぜ、私がこんなつまらない仕事をしなければならないの?」
「ですが、報酬は破格ですよ」
クリスティさんは、女性が持つ書類を取り上げて、ざっと目を通しているようだ。
「ギルマス、貴方は、どっちを推しているの?」
彼女は、二枚の依頼票を彼に突きつけた。
「どっちでもないですよ。神官家の潰し合いに興味はありません。まぁ、新家が潰されるだけでしょうな」
「新家潰しなら、なぜ暗殺依頼なの?」
「そりゃ、改革派だから、見せしめですよ。この対象者には、有力な貴族も王宮もついていない。後々の面倒事も少なくて済むでしょうからな」
クリスティさんは、僕の方を振り返った。そして、手招きしている。裏ギルドでは、名前は呼ばないんだな。
僕が近寄ると、彼女は、フッと笑った。
「ギルマス、彼が受注するわ。裏の仕事は経験ないと思うけど、表ではそれなりの冒険者よ。一応、私がサポートにつくわ」
ええっ? 裏ギルドのミッションを僕が受注?
「彼のジョブは、裏には向かないですが……えっ!? 彼は……」
「勝手に覗くとか、ありえないんだけど? ジョブの印で登録するだけでしょ」
クリスティさんに睨まれ、彼は苦笑いだ。
カウンターの女性がオロオロしながら、魔道具を用意している。冒険者ギルドのステイタス測定とは違う道具だ。
「この魔道具で、本人識別のために、ジョブの印の記録を撮らせてもらいます。どこに印が出ていますか」
「右手の甲にあります」
「増幅の印ですね。出してもらえますか」
うーむ、裏ギルド……。ちょっと抵抗はあるけど、神官様の依頼だもんな。僕は、右手のグローブを外した。
「えっ? スコーピオン!? しかも、毒サソリだなんて……」
魔道具で印を撮影された。裏ギルドでは毒サソリって騒がれるよな。僕には、イマイチ意味がわからない。
「登録名は、どうしましょう?」
偽名でいいのか。
「ピオンでいいんじゃない? スコーピオンだと大勢いるから」
「かしこまりました。登録スキルは?」
「魔獣使いでいいよ」
「かしこまりました。すぐにギルド証を発行します」
クリスティさんが勝手に決めている。そうか、魔獣使いなら、僕だとわからないよな。
「ピオンさん、どのミッションを……」
クリスティさんが、書類の束から依頼票を抜き出した。かなりの数に見える。
「えっ? これだと、どれも報酬は……」
「私、さっき言ったよね? 新家潰しを依頼する奴らの方を殺したくなっちゃったって」
「は、はい」
「この対象者への暗殺依頼を受注する人がいるなら、私の敵になるわね」
クリスティさんは、好戦的な笑みを浮かべた。




