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241、リースリング村 〜ヴァン、十六歳になる

 僕は、いま、リースリング村にいる。


 あの後、僕はゼクトさんに、黒い兎を堕天使にしたことが不安で、大丈夫かと尋ねたんだ。すると急に、送ってやると言われて、ゼクトさんの転移魔法で村に戻って来たんだ。


「ゼクトさん、急に帰るのはマズイですよ」


「爺さんは、構わないと言ったぜ。おまえが変なことを口走る方がマズイからな」


 うん? 学長先生と話してなかったよな? あっ、念話か。



 村の中に入っていくゼクトさんを追いかけていくと、ぶどう畑に、黒い兎がいた。なんだか、リースリングの妖精とケンカしているみたいだ。


 ゼクトさんは、黒い兎を無視して、僕の家に入って行ってしまった。僕は、ケンカが気になりながらも、彼の後を追った。




「ヴァンちゃん、おかえり。騎士さんと一緒だったんだね」


「婆ちゃん、ただいま。えーっと、うん、まぁね」


 そっか、婆ちゃんは、ゼクトさんのことを騎士だと思ってるんだっけ。ゼクトさんを雇ったとき、騎士のような鎧を身につけていたもんな。


「奥さん、お邪魔します。ヴァンと少し話がしたいのですが、構いませんか」


「ええ、どうぞ。狭い所ですが」


 ゼクトさんは、ふわっと微笑み、軽く頭を下げた。ちょっと意外な仕草だな。


「ヴァンの部屋は?」


「えっ? あー、はい、こっちです」


 僕の部屋に来る気? めちゃくちゃ狭いんだけど。




 部屋に入ると、彼は何かのバリアを張ったみたいだ。外の声は、普通に聞こえるけど?


「ゼクトさん、バリアですか」


「あぁ、弱い阻害バリアだ。これで、ここで話す内容は、外では何を話しているかわからない。完全な防音にすると、こんな場所だと逆に目立つからな」


 確かに、中の音が全く聞こえなくなると、婆ちゃんは心配するかもしれない。


「あの、なぜ突然、村に送るって……」


「あぁ? 面倒くさいじゃねぇか。あのまま、あそこにいたら、おまえは雑用やら何やらで、ずっと拘束されるぜ。それにノレアの坊やが、また何か言ってきてもウザイからな」


 助け出してくれたんだ。



「そう、ですね。あの、僕……」


 何から尋ねればいいかわからない。


「まぁ、混乱しているだろうが、結果は悪くない。これでよかったんじゃねぇか?」


「でも、黒い兎に名前をつけたのは、大丈夫でしょうか。奴を創り出した天兎のぷぅちゃんが、反対していたけど」


 すると、ゼクトさんは、ニヤッと笑った。


「天兎は、名前を授かると、必ず成体に成長する。そして、役割が与えられるんだ。黒い天兎は、天兎の眷属けんぞくだから、名前を授かることはない」


「えっ……マズかったんじゃ」


「だが、あの黒い天兎に従属を使っていたんだから、支配権は、おまえにある。別に禁じられていることではない。名前を授けた人間は、その天兎の主人になるから、アイツは、永遠におまえの使用人だ」


 永遠に?


「でも、術返しされたら、逆に僕が下僕にされてしまうんですよね?」


 あれ? ゼクトさんが首を傾げた。


「なぜ、アイツに術返しされるんだ?」


「だって、僕より強い魔物だから、従属は簡単に外せるって……」


「は? おまえ、覇王を得て、使ったんだろ?」


「あー、はい。スキル『魔獣使い』極級になりましたから、覇王の技能も得ました」


「ちょっと待て。覇王は、レア技能だ。極級になったからといって得られるものではない。『魔獣使い』の最高技能は、族長だぜ?」


「えっ? じゃあ、覇王は?」


「だから、レア技能だって言ってるだろ。ノレアの坊やには、絶対に知られるなよ? おまえが覇王なんていう、ぶっ壊れ技能を持つとわかると、本気で殺しにくるぜ。まぁ、もう無駄だがな」


 ゼクトさんは、ニヤッと笑った。


 えっ……やっぱり? やばすぎると思ったんだ。


 マルクが、『魔獣使い』極級は少なくないって言ってたから、落ち着いたけど。でも、マルクは、族長の技能の話しかしていないよな。


「あの、無駄って?」


「黒い天兎は、おまえが殺されるのを黙って見ているわけねぇだろ。ヴァンが死ぬと、奴は、ぷぅ太郎の眷属に戻るんだぜ?」


「だから、僕が術返しされることもないんですね」


 あれ? ゼクトさんが変な顔をしてる。頭をぽりぽりと掻いて……ため息?


「おまえなー、ジョブボードで覇王の説明を読んでみろよ」


「読みましたよ?」


「覇王は、絶対服従だろ。名付けた主人に、術返しなんかするわけねぇだろーが。覇王耐性のあるモノ以外、あの技能には、逆らえねぇんだよ。異界の番人でさえ従うぜ」


「あの……やばくないですか」


「だから、やばいって言ってるじゃねぇか、クック」


 ゼクトさんは、楽しそうなんだよね。僕は、なんだか震えがきて……頭が真っ白になった。



「覇王は、単独で発動すると、魔力消費が半端ないから気をつけろよ。使うときは、従属と一緒に使え。発動後は、魔力の消費はない。従属と一緒に使えば、従属の消費魔力でいけるぜ」


「は、はぁ」


「あと、近くに子供がいるときは巻き込み注意だ。魔獣だけじゃなくて、ジョブ無しにも覇王の効果は及ぶからな」


「ジョブの印の出ていない子供ですか」


「あぁ、そうだ」


「そっか、気をつけます。覇王は、成人の人間には効かないんですね」


「いや、スキル『王』の何かの技能と一緒に使えば、成人の人間にも効くが、その『王』の技能の期限付きになるからな。長い目で見れば、面倒なことになる」


 えっ……。


「なんか覇王って、使い方によっては、いろいろなものを征服できてしまいそうな……」


「だから、他言するなよ? スキルサーチされても、覇王の存在は見えない。ジョブボードもな。だが、ヤバイ何かの技能があることはわかる。使いすぎると、行動でバレるから気をつけろよ」


 それでゼクトさんは、僕を村に連れ帰ったのか。学長室で僕が、覇王の話をしないように。



「は、はい。でも、なぜ僕にそんな技能が……」


「あの黒い天兎が、おまえに懐いたからだろ。アイツは、これを狙っていたのかもしれんな。未完成とはいえ、神獣の力を持つ。おまえに覇王が備わる条件を誘導したんじゃねぇか? おまえが名付けと同時に覇王を使ったことで、奴は、王を守る力を手に入れたんだよ」


「それが堕天使?」


「ふっ、派手な姿だったな。奴とは海竜の施設で、何度も手合わせをさせられた。あのとき、いつまでも不安定で未完成な理由がわからなかったんだが……」


 あっ、海竜の島でゼクトさんが捕まったときのことだ。


「奴が、闇属性だから、だったんだろうな」


「うん?」


「デュラハンもそうだろ? 闇属性の精霊や妖精は、光に憧れるんだよ。闇に堕ちた悪霊なら、ただひたすら怨みに取り憑かれてるだけだがな」


「ゼクトさん、話が難しいです」


「ふっ、明るい場所で自由にしていたいってことだ。アイツは、この村が気に入ったらしい。この世界の身体を得て、しかも主人は弱い人間だ。これ以上、奴にとって自由な環境はないぜ?」


「はぁ、まぁ……。でも、これから、どうすれば」


「適度に構ってやれば、基本、放し飼いでいいだろ」


「黒い兎は、村の人を襲ったりしないですよね?」


「おまえが怒るようなことはしない。覇王は、絶対服従だって言っただろ? それに、アイツには高すぎるプライドがある。神獣より力の劣る人間を襲ってどうするんだよ」


 うーん? プライドと人間を襲わない関係がよくわからないけど……。でも、ぷぅちゃんも、人間には無理だとか、めちゃくちゃ卑下してたっけ。



「はぁ、しかし、これで、またしばらくは、ハンターの神矢が降らねぇな。ゲナードがぐちゃぐちゃにしやがったから、生産系と危機感知系ばかりになるぞ」


「えっ? ぐちゃぐちゃって?」


「王都以外のあちこちの大きな街は、ゲナードが創り出した精霊イーターに襲撃されたらしいぜ。スピカが本命だったみたいだが、陽動だな」


「被害は、大きいのですか」


「あぁ、スピカが一番被害が少ないと言っていたぞ。ゲナードは、これを機に戦乱を起こす気だったんだろう。それを、堕天使が止めたんだよ」


 ゼクトさんは、フッと笑った。ノレア様には止められなかったと言っているように聞こえた。




 ◇◆◇◆◇




 それから少し、時が流れた。


 魔導学校では、ゲナードへの警戒から、魔物学実習の授業が、今期は行われないことになったんだ。だから僕は、たまに魔導学校に顔を出すだけで、決まった仕事はなかった。


 なので、頼まれた保護者の貴族の屋敷で、派遣執事の仕事をするようになった。短期契約で、いくつかの屋敷を訪れた。まぁ、これもいい経験かな。


 そして、僕は、十六歳の誕生日を迎えた。



明日、日曜日はお休み。

次回は、7月12日(月)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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