237、商業の街スピカ 〜とんでもないことを言ってる
「ヴァン、まだ、こんなとこにいたの?」
神官様が、フロリスちゃんを連れて、僕達がいる校門横に近寄ってきた。彼女は、少し疲れた表情をしている。
少女と手を繋ぐ天兎は、僕には、相変わらずジト目を向けるんだよな。だけど、背後にいるゼクトさんに気づくと、スッと目を逸らした。ん? なんだか、変だな。
一瞬、違和感を感じたけど、ゼクトさんの荷物置き場のことを思い出した。彼に仕える天兎がたくさんいたっけ。
天兎は、天の導きのジョブを持つ人に仕えるのだと、ゼクトさんから教えてもらった。天兎のぷぅちゃんには、ゼクトさんのジョブがわかるんだな。
「僕は、まだ仕事があるんです。フラン様は、フロリス様を連れて帰られるんですね」
僕は、この次の仕掛けへの警戒を気づかれないように、笑顔を浮かべ、視線や言葉にも気をつけた。
「ええ、新入生は、今日は解散することになったわ。とんでもないことに巻き込まれたわよね。だけど……」
彼女は、僕達が、ここにいることに疑問を持ったのだろうか。何かを言いかけて……言葉を飲み込んだようだ。
横を大勢の学生達が通り過ぎていく。新入生だけじゃないな。見慣れた学生も、手を振って通り過ぎて行った。
「ヴァンの魔法、すっごくキラキラだったよ〜」
フロリスちゃんは、まだ、道化師の芸でゲットしたゴム玉を握っている。ふふっ、気に入ってくれたんだ。
「さっきのは、僕ひとりでやったんじゃないですよ。マルク先生の力がすごいんです」
僕が先生という言葉を使ったからか、フロリスちゃんは、ハッとした表情だ。僕が講師だということを、忘れていたんだね。
「ヴァン……せんせいも、すごいよっ」
「ふふっ、ありがとうございます」
少女に、真っ直ぐな目を向けられると、素直に嬉しい。本当にすごいって思ってくれてると伝わってくる。
さっき、ジョブボードを使って発動した邪霊の分解・消滅の魔法陣は消え、地面から立ち昇る淡い光も、そろそろ消えてしまいそうだ。
光が消えると、奴が動くと言っていたよな。
学長先生は、光が消えてしまう前に、学生達を帰らせる方がいいと判断したようだ。だけど、次の仕掛けの存在を知らせていないから、学生達も保護者も、動きが鈍い。
ちょっと、ハラハラしてきた。
「ヴァン、何を隠しているの?」
「えっ? べ、別に……」
神官様は、僕の顔をジッと見ている。僕の焦りが見抜かれているのか。というより、ちょっ近いんですけど……。
僕の頬は、少し熱くなってきた。
「おい、白魔導士! 保護者なら、男を口説いてねぇで、さっさと帰れ」
ゼクトさんが、とんでもないことを言ってる。マルクが、めちゃくちゃヒヤヒヤしているよ。
「は? 彼は、私の婚約者よ。アナタと関わるようになってから、この子は、どんどん変な方向へ進んでるのよ」
神官様が、とんでもないことを言ってる。マルクが、めちゃくちゃ驚いているじゃないか。
「フランちゃん、婚約者って何?」
フロリスちゃんが、キョトンと首を傾げた。
「結婚の約束をしているってことよ」
婚約者のフリ、なんだけどね。
「ええ〜っ? 私も、ヴァンと結婚するのに〜」
フロリスちゃんが、とんでもないことを言ってる。マルクが、めちゃくちゃ動揺しているよ。
「ヴァン、どういうこと?」
神官様は、僕にグイッと詰め寄ってきた。いやいや、知らないですって。だけど、変なことを言うと、フロリスちゃんを傷つけてしまうか。
「あはは、僕、モテ期が到来して……痛っ!」
めちゃくちゃ痛いデコピンだ。とんでもない殺意が込められているのではないか。
「フランちゃん、けんかしちゃだめっ」
「喧嘩じゃないわ。フロリス、帰るわよ」
神官様は、僕をキッと睨んで……そして、その目の奥が、切なげに揺れた気がした。いや、まさかね……見間違いだよな?
ふと、視線に気づいた。マルクが何か言いたそうにしている。だけど、今は、そんな話をしている状況じゃない。
「ヴァンせんせい、またねー」
「はーい、気をつけて帰ってくださいね」
フロリスちゃんの笑顔には、ほんと、癒される。少女に手を振り、見送っていると、彼女達が足を止めた。
そして振り返り、こちらへと戻ってくる。えっ? なぜ?
「ヴァン、出られないわ。門を出ると狙われる」
空に浮かんでいた小さな何かが、僕達の上空に移動してきた。かなり距離がある。まだ僕の目には、その姿は人間には見えない。
「結界のあった場所をくぐり抜けると、ターゲティングされるということか。腹黒い神官家の得意芸だな」
ゼクトさんは、チラッと空に目を移した。
「ベーレン家が使う印よ。教会に来た問題のある人の、行動監視に使うわ。だけど、ここでは特殊な個体すべてに、印がつけられている。ぷぅちゃんにも、印をつけられてしまうわ。きっと、私にもね」
「光が弱まっても近づいて来ないのは、そういうことか。印をつけられた学生や保護者は、どうなる?」
「魔力切れで倒れるわね。印からマナを放出できるから」
「ふん、姑息なんだよ、神官家は」
怖い印だ。体内のマナを奪われるということか。
神官様は、ゼクトさんと話しているのに、僕の方を向いている。マルクが目配せをしてきた。そうか、上空の奴から見えるからか。
「フランちゃん、帰らないの?」
「フロリス、まだ、外は危険みたいなのよ」
「ふぅん。お尻に黒いマークがついちゃうからなのね」
えっ……何か見えているのか。神官様も驚いている。そして、片眉を上げた。
「ぷぅちゃんが見せているのね。驚いたわ。だけど、ダメよ。フロリスまで印をつけられてしまうわ」
すると、天兎はギクリとしたようだ。
「あー、あの人の黒いマークが消えちゃった」
魔導系の人達が、校門前に溜まってきている。何かの仕掛けがあると見抜いたのだろう。
その中には、既に印をつけられている人がいるようだ。天兎は、自分が見ているものを主人に見せることができるのか。
「危機感知のベルが鳴ったぞ。結界跡に何か仕掛けがある。転移屋を呼ぶから、みんな、ちょっと待て」
「えー、でも、みんな通っても何も起こらないじゃん」
保護者の一人が叫んだ。校門前で溜まっている学生達は、文句を言いつつも従っている。
あの人は、学長室にいた保護者だな。有力な貴族なんだろうか。
彼は、僕達に笑顔を向けたけど、背後にいるゼクトさんに気づくと、汚らわしいものを見るような目つきに変わった。はぁ、もう、こんな人ばっかりだな。
「クソッ、おまえ、責任取れよ!」
突然、ゼクトさんが、その保護者を怒鳴りつけた。
その直後、僕達を包むバリアが張られている。な、何?
ゼクトさんは、剣を抜いた。
「ヴァン、奴が気づいたみたいだ。ここで立ち止まる人が増えたから、近寄って来てただろ? あの保護者の声で……」
ザザッ!
マルクは説明を止めた。なんだか悪寒がする。さっきのザザッという音は何?
ゼクトさんが動いた。
キンッ!
剣を弾く音が聞こえる。だけど、何も見えない。僕には、何がなんだかわからない。
ガッ!
すぐ近くから、戦っている音が聞こえるが、相手の姿は見えない。まるで、ゼクトさんが一人で剣を振り回しているかのようだ。
空を見上げると、小さな何かは消えていた。
と、いうことは……。
ゼクトさんの左足から、血が吹き出した。えっ、斬られた?
「クソッ!」
彼は、何かを放り投げた。異界を照らす閃光弾だ。
見えた!
マルクが、両手に火の玉を作り出し、ゼクトさんの援護を始めた。だけどマルクの攻撃は、ゆらりとした影には当たらない。
「異界を照らす光に、忌避効果はありませんよ。しかし、これでは、見えないな」
そう呟く声がした。この声には聞き覚えがある。
長い剣を持つ男性が姿を現した。今朝、校門で会った変な先生の姿だ。だけど、きっと中身は違う。でも、僕は確かめたい。
「あれ? 今朝、校門で会いましたよね。新任の先生……」
すると、彼は僕に目を向けた。
「ほう? ふっ、鈍い先生ですね。いや、このガサツな男以外は、現状が理解できていないか。まだ、予定の半分も始末できていないんですよね。邪魔だなぁ」
そう言うと、その男は、ふわりと空に浮かんだ。
「精霊師、二人か。ふふっ、みんなまとめて始末してしまいましょう」
来るか!?
でも、バリアがある。それに、奴の姿が見えたことで、転移屋を呼ぶと言っていた保護者も剣を抜いた。
突然、空に、大きな魔法陣が現れた。
な、何? これは……。
一体……二体、いや三体。魔法陣から現れたバケモノに、大気が凍りついた。




