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236、商業の街スピカ 〜蟲の仕掛け

「武術系の学生か……あと数分だな」


 ゼクトさんがポツリと呟いた。結界の揺れが激しくなってきた。えっ……結界が壊される?


「学生と保護者を校庭に集めておいて正解でした。私達には、仕掛けの対処はできません。お願いします」


 学長先生はそう言うと、スッと姿を消した。その次の瞬間、校庭にいる人達を包むように、何かのバリアが張られたようだ。



「ヴァン、口を開けて」


「へ? あ、ありがとう」


 マルクは、僕の口に、木いちごのエリクサーを放り込んだ。ということは、僕がやるしかないんだな。スピカ全体に……できるだろうか。


「ヴァン、俺も拡張魔法を使う。精霊師としての俺は使えないけど、すべての術の増幅拡張はできる」


「うん、わかった。マルク、やってみる」


 ゼクトさんは、何かのサーチをしている。空を見ているように見えるのは、異界の動きを見ているのか。きっと、次の仕掛けを探しているんだ。


 僕は、僕にできることを精一杯やるしかない。




「ヴァン、精霊師は上級だな?」


「はい」


「じゃあ、ジョブボードを表示して、待機だ。タイミングがズレるとマズイ。俺が合図したら、すぐに発動しろ。黒魔導士は、ヴァンに合わせろ」


「はい!」



 僕は、ジョブボードを表示した。そして、精霊師のスキルに目を移した。


 ●邪霊の分解・消滅……闇に堕ちた精霊や妖精を、マナに分解し、再生もしくは消滅させる。悪霊に使うと消滅のみ。


 蟲に使えば、分解されてマナに戻るはずだ。そうすれば、偽神獣の犠牲となって蟲にされてしまった堕ちた精霊や妖精は、自然の摂理に従って、再び、新たに生まれ変わる。



 ボックス山脈のキャンプ場で使ったときは、すごい広範囲に広がった気がする。でも、スピカは広い。それに、術の拡がりの妨げになる障害物も多い。


 不安だ。


 だけど発動すれば、きっと、マルクやゼクトさんが何とかしてくれる。


 信じよう。


 僕は、かすかに手が震えるのを感じながら、ゼクトさんの合図を待った。




「うわぁ! 結界が、点滅しているぞ」


「爆発するんじゃないか? 爆破結界か?」


「連動型の拘束結界だ。どこかを破ろうとしているんだ」


 校庭が騒がしくなってきた。僕には、まわりを確認する余裕はない。ひたすら、ジョブボードを睨んだ。



「おまえ、ガチガチじゃねぇか。やはり、ジョブボードを使わせることにして正解だったな」


「ゼクトさん……僕……」


「ジョブボードを使えば、失敗はない。む……そろそろだな。剣術学校で結界が壊された。連動して、他の結界も外れる。すべての結界が外れた瞬間を狙う」


「は、はい」


 ゼクトさんの身体から、淡い光が出ている。サーチを使っているだけで光るのか?



「ギャー! な、なんだ!?」


「地面から、何かが湧いてきたぞ」


「な、何も見えないよ。何? 結界が消えた?」


 校庭から、叫び声が聞こえる。


「皆さん、慌てないでください。校庭には、保護バリアを張ってあります。魔導学校を信じてください!」



 早くしないと……。悪い汗が背中を流れる。学生や保護者の混乱で、校庭はとんでもない騒ぎだ。でも僕には、校庭の様子を見る余裕はない。


 ゼクトさんが、僕の方に手のひらを向けた。カウントダウンだ。


 指が折られていく……5、4、3、2……。


「ヴァン、いまだ!」


 僕は、ジョブボードに触れた。



 僕の足元に、大きな魔法陣が現れた。ものすごい勢いで辺りに広がっていく。


 するとマルクが魔法陣に向けて、魔力を放った。魔法陣が黄緑色に輝き、ブォンと魔法陣が広がるスピードが加速されたようだ。僕に伝わってくる振動がすごい。



『邪霊、分解!』



 頭の中に言葉が響いた瞬間、魔法陣が強く光った。


 蟲たちの悲鳴が聞こえる。蟲だけじゃない。街の中にいる邪霊の悲鳴も半端ない数だ。地面から湧き上がる蟲の悲鳴に、耳が潰れそうになる。




 ゼクトさんは、ニヤッと笑った。


「クック、おまえらが揃うと、とんでもなくクレイジーだぜ。俺の狂人の称号を、おまえらに譲ってやる」


「上手くいったんですか」


「あぁ、邪霊浄化の魔法陣は、スピカの外まで広がってるぜ。街の付近にいた悪霊も巻き込まれて消滅している」


 よかった。


 マルクは、僕の口に、木いちごのエリクサーを放り込んだ。マルクもパクリと食べている。真っ白だった彼の顔色は、スーッと色を取り戻した。マルクは、魔力切れギリギリだったのか。


「そのエリクサー、味はイマイチだが、効果はすごいな」


 ゼクトさんも、木いちごのエリクサーを食べている。カラサギ亭に大量に置いてきたからかな。



 そして、彼は、空に目を向けた。


 そうだった。ホッとしていられない。仕掛けは、蟲だけじゃないんだ。



 広範囲に広がった魔法陣は、強く光った後は、地面から空へと淡い光が、ゆらゆらと立ち昇っているように見える。


 蟲によって負傷した人達にとっては、これは治癒の光だ。とは言っても、大した治癒効果はない。蟲が張り付いて身体が腐食した部分から蟲が消えることで、痛みが無くなるくらいだ。


 一番最初に結界が外れて蟲が噴き出した剣術学校は、おそらく、かなりの被害だろう。誰も死んでいなければいいけど。




「すごいですね、ヴァン先生」


 学長先生が、すぐ近くに移動してきた。


「僕ひとりでは、無理でした。ゼクトさんの合図と、マルクの増幅拡張魔法のおかげです」


 学長先生は、やわらかく微笑み、ゼクトさんの方へ視線を移した。次の仕掛けがわかったかを聞きに来たんだ。学長先生も、まだ油断していない。


「爺さん、どこまでも、コイツらに甘えるんだな。そんなに、神殿教会が怖いか」


 ゼクトさんが、学長先生を睨んでいる。うん?


 校庭では、ワッと歓声があがっている。学長先生がここに移動したことで、僕達がこの術者だと知らせる意図があったのか。


 学長先生は、ゼクトさんの言葉を否定しない。やわらかな笑みを崩さないのは、僕の予想が当たっているのか。



「極級ハンター、次の仕掛けは?」


 そう言いながら、学長先生は空を見上げた。


「あぁ、アレそのものだったようだな」


「やはり、堕ちた神獣の復活は、揺るぎないものですね。しかし……このまま引き下がるのでしょうか」


 僕は、二人の会話の意味が全くわからない。マルクも、首を傾げている。


「これが目的なら、引き下がるだろうな。だが、その前に、邪魔者は殺して行くんじゃないか」


 すると学長先生は、無言で、ゼクトさんに深々と頭を下げた。


「それもパフォーマンスか。ふん、まぁ、いい。爺さんは、他校の被害状況を確認しておけ。エリクサーが必要なら、繁華街のカラサギ亭にある。買いに行かせろ。完全な全回復エリクサーだ。高いぞ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 学長先生は、スッと姿を消した。校庭の方に移動したみたいだ。




 ゼクトさんは、フンと鼻を鳴らすと、僕達の方を向いた。


「ヴァン、この光は、どれくらい続く?」


「たぶん、マナへの分解が終わるまでなので……」


「光が消えると、奴が動く。爺さんは、学生や保護者の誘導を始めたようだ。全部解決したとでも、嘘を吐いているんじゃねぇか」


 彼の言葉に、マルクは戸惑っている。だけど、校庭の様子からも、それが事実だろうと容易に予想できる。学生達は、みんな安心した笑顔だ。


 次の仕掛けを邪魔しないために、安心した雰囲気を演出しているのだろうか。



「ゼクトさん、奴って……」


「さっき見せただろ。鍵にされていた人間だ。結界が壊れたことで、奴は死んだみたいだな」


「えっ……」


 あの変な先生は、死んだのか……。


「だが、それが目的だ。あの人間は、器にされたんだよ。影の世界の住人が乗っ取ると、操ることはできても一体化はできない」


「ま、まさか!?」


 マルクが何かに気づいたみたいだ。僕には全くわからない。


「あぁ、そのまさかだ。堕ちた神獣ゲナードがこの世界の実体を持つのは、そういう禁忌を犯したからだ」


 どういうこと? マルクは、難しい顔をしている。


「あの人は、第二のゲナードですね。ということは、ゲナードが、この世界にも実体を持つ配下を得た……」


「あぁ、そのために堕ちた神獣は、ベーレン家の奴らに偽神獣を創らせたのだろう。ゲナードは、この世界の覇者になる気だ」


 二人の話がわからない。


「ゼクトさん、全然わからないです。何が起こって……」


「空を見てみろ」


 うん? ゼクトさんの視線を追って、空を見上げると、小さな何かが浮かんでいる。


「あれは?」


「あの人間の死の瞬間に、偽神獣の悪霊が入り込み、自己蘇生をしたことで、この世界の実体を得たんだ」



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