235、商業の街スピカ 〜結界の起動スイッチ
僕は今、マルクと一緒に、校門付近で探し物をしている。
校庭では、二時間ほど前から、バーベキューパーティーが始まっている。パーティーの冒頭挨拶で、学長先生が、明日にも王宮から助けが来ると説明されていた。それを聞いて、やっと落ち着いた学生達が、新入生を歓迎するためのパーティーを盛り上げている。
この校庭でのパーティーは、学長先生が提案したそうだ。学生も保護者も一緒に校庭に集めたのは、何か意図があるのかな。
「ヴァン、その変な先生が仕掛けたはずだよ。ベーレン家の奴らには、スピカのすべての学校に、同時結界を張る魔力はない。絶対に魔道具を使っている」
「でも、一斉に起動なんてできるのかな? スピカって広いよ? すべての学校の仕掛けを、タイミングを合わせて起動するなんて……」
「だからスイッチは一つなんだよ。絶対、魔導学校に仕掛けられてる」
マルクは、サーチ魔法を使いつつ、校門の結界の内側を調べている。この結界は、檻のようになっているだけだから、声は普通に通るんだよね。
僕は、呼びかけに応じてくれた闇の精霊様にお願いして、一瞬だけ精霊憑依を使って檻をすり抜け、校門の結界の外側を探しているんだ。
なぜかマルクは、広いスピカの各所に散らばる魔道具が、連動していると思っているみたいだ。僕は、魔道具には詳しくないというか、ほとんど知らないんだけど。
「ヴァン、さっき、ショータイムをさせたのは、ヴァンが犯人じゃないというアリバイ作りだったんだ。だから、途中から、あちこちに中継されたんだよ。念話が聞こえたとき、あの会場に俺達が居た証明にね」
「へ? マルク、どういうこと? 僕が犯人?」
「ノレア様が、デュラハンを疑っている。デュラハンが、ヴァンを乗っ取って、この世界を潰そうとしているって……。あの念話の発信元は、王都の郊外だったんだ。だから、学長先生が……」
それで、突然、あんな無茶振り……。
「ふぅん、それで、ノレア様は、デュラハンの首を王宮に隠してるんだね。昔、何かあったんだろうけど、今のデュラハンは、そんな変なこと考えてないよ」
「えっ、首の在処がわかったのか。そういえば、ブリリアント様が言っていたよ。最近のデュラハンは、人間を気に入ってるって。ヴァンの世話に忙しいって、いつもボヤいているらしい」
「えっ……まぁ、否定はできないけど。そんな話、僕、聞いてないよ」
「あはは、だろうね。あっ……」
マルクの視線は、僕の後方に向いた。何? 振り返って、僕はめちゃくちゃ驚いた。
「ゼクトさん! 助けに来てくれたんですか」
「おまえなー、助けも何も、結界の外にいるじゃねぇか。寝たばかりだったのに、さっきの、うっとおしい念話で起こされた。マスターが見て来てやれって、うるさいからな」
きっと、心配して来てくれたんだ。ちょっと酒臭い。朝まで、カラサギ亭で飲んでいたのかな。
「ありがとうございます!」
僕がそう言うと、ゼクトさんは、フッと笑った。やっぱり、わざわざ来てくれたんだな。
「しかし、悪趣味な結界だな。近寄りがたい忌避効果もある。原因は、あれか」
ゼクトさんは、何にもない空を見ている?
マルクがその方向にサーチ魔法を使って、絶句している。僕には、何も見えないけど……。
「ヴァン、魔道具の起動スイッチを見つけた。まさか、あんな……」
「空にスイッチが浮かんでいるの?」
すると、ゼクトさんは、空に何かを放り投げた。閃光弾? いや、違う。光ってはいない。逆に空が暗く見えて……檻の結界の上に、巨大な影が見える。あっ、もう消えた。
「ヴァン、見えたか? 閃光弾を使うとアイツが気づくからな。異界のサーチ弾だ。その黒魔導士が使うサーチの魔道具版だ」
「見えました。まるでボックス山脈で見た、異界の番人の影のような巨大な何かが、檻の上から校庭を見ている感じでした」
でも、こんな場所に、異界の出入り口はないよな? 街の中だし……。
「ヴァン、あの人が結界にエネルギーを送ってる。檻の上から見ているんじゃなくて、この結界と一体化しているんだ。きっと、影の世界からこの結界を操作している」
ん? マルクの話がわからない。影の世界とこの世界は、完全に分離されているんだろ? ボックス山脈の一部だけ歪みがあって、干渉できるんじゃないの?
僕が首を傾げていたからか、ゼクトさんが口を開いた。
「黒魔導士、半分ハズレだ。あれは異界の住人が、この世界の住人を乗っ取った姿だ。だが、乗っ取られたばかりだな。レピュールの下っ端が、この結界の鍵にされたのだろう」
あっ、もしかして、あの変な先生?
マルクも、同じことを考えたみたいだ。まさかという表情を浮かべている。
「ゼクトさん、乗っ取られた人は、どうなるんですか」
「そうだな。この結界を破壊すると死ぬだろうな。だから、安易に結界は外されないと、奴らは考えたんじゃないか? 無慈悲な王宮の兵なら、躊躇なく切り裂くだろうけどな」
「そんな、ひどい……」
レピュールの上層部は、人の命なんて、全く気にしてなかったっけ。ゼクトさんも、奴らに酷い目に遭っている。
「ヴァン、とりあえず、中へ入れ。俺も入る」
「はい!」
僕は、再び、闇の精霊様にお願いして、一瞬だけ精霊憑依を使って、結界をすり抜けた。
ゼクトさんは、一瞬、スッと消えたが、再び、結界の外に姿を現した。すり抜け失敗?
「ヴァン、この結界は、爆弾付きだ」
「えっ? 爆弾?」
「あぁ、被せタイプの檻だからな、地中深くからそっちに行こうとしたんだが……檻の柵、一本一本に、蟲入りの箱が付いているぜ。くぐり抜けようにも、地中は、無数の箱だらけだ」
ボックス山脈にばら撒かれていた箱? あれは、人間を殺すための兵器だと言っていたっけ。
マルクが地中サーチを始めた。そして、その表情は、真っ青だ。マルクは、蟲入りの魔道具で、死にかけたもんな。
「ゼクトさん、もしかして結界を外すと、へばりついて人間のマナを吸い身体を腐らせる蟲が……」
「あぁ、スピカ全体に撒き散らされることになる。なるほどな、だから学校か。適度な間隔でスピカ中に点在しているから、効率がいいようだな。そして、王宮の兵が、結界を壊すと……」
「王宮が、スピカの住人を殺したことになりますね」
ゼクトさんの言葉を遮るように、いつの間にか現れた学長先生が、そう言った。
「ふん、上品ぶった爺さんが、盗み聞きかよ」
ゼクトさんは、ニヤッと笑ってる。学長先生のことを知っているんだ。
「こんな目立つ場所で、内緒話をされていると、目立ちますよ? 王宮は、地中の仕掛けのことには気づいているようです。しかし、人の命が起動スイッチにされているのなら、魔道具の破壊は不可能ですね」
マルクがスイッチと言ってたのは、学長先生からの指示か。僕達が探し回る姿を、多くの人に見せることが必要だったのかな。
「爺さん、おそらく、仕掛けはもうひとつある。レピュールの残忍なやり方は、俺はよく知っているからな」
「ほう、どんな仕掛けでしょうか」
「それは、俺にもわからねぇ。だが、結界を外せば、次の仕掛けが見えてくるだろうな。蟲が飛び出しても、精霊使いのスキルのない者には見えないから、インパクトがない。それに、王宮の精霊師がいれば、街に広がった蟲の駆除はできるだろう」
二重に仕掛けがあるってこと?
学長先生は、ゼクトさんの言葉に頷き、そして、遠くを眺めている。念話だろうか。
「極級ハンターの貴方なら、次の仕掛けをいち早く察知できますよね? 我々に協力していただきたい」
そう言うと学長先生は、ゼクトさんに頭を下げた。彼のことを、狂人とは言わないんだ。それどころか、ゼクトさんに敬意を表しているようにも見える。
「ふん、俺は、たいしたことはできねぇがな。ヴァン、左腕の魔道具を起動しろ。緊急召喚を使え」
ゼクトさんが何を言っているのかわからない。左手首に触れると、ゼクトさんの指の一部が光った。あっ、忘れてた。念話の魔道具を借りっぱなしだ。
「使い方がわからないです」
「魔力を込めて、ヘルプ! だ」
僕は、言われたとおり、左手首に右手を重ねた。そして、ヘルプと念じると、ゼクトさんが、スッと目の前に現れた。
「えっ、結界は?」
「すり抜けたが……チッ、結界の強度がさらに弱まったみたいだな。あの鍵の男は、完全な捨て駒だ。爺さん、他の学校の奴らに、結界への攻撃をやめさせろ。もし壊されたらマズイぞ」
「いや、それが……」
結界が……揺れ始めた。
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