233、商業の街スピカ 〜ショータイム?
「マルク先生、ヴァン先生、新入生を落ち着かせてください。クラス担任の先生は各教室へ急いでください。担当のない先生は、外の暴動を抑えてください」
「学長先生、ヴァンが門で、変な先生と話したって……」
「その件は、後で。この混乱を鎮めることが先だ」
学長先生からの指示で、僕はマルクと会場に残ることになった。会場にいた保護者の十数人は、念話が終わると同時に、会場から飛び出して行った。外の確認に行ったのだろう。
会場内の新入生も保護者も、大混乱だ。少年期生よりも、大人達の方が、とんでもなくうろたえている。
「ヴァン、とりあえず、ステージへ」
マルクに険しい表情で、そう言われて、僕はなんとか頷いた。さっき、先生達が挨拶していた拡声器の魔道具の方へ、マルクがスタスタと歩いて行く。
すごいな、マルク。めちゃくちゃ堂々としている。
僕もステージに上がり、会場内を見渡した。フロリスちゃんの姿を見つけた。すぐ隣の天兎の手をキュッと握っているようだ。神官様の姿はない。外へ確認に行ったか。
「皆さん、おはようございます。俺は、学年制クラス全般の黒魔法実技を担当するマルクです。そして彼は、全クラスの魔物学実習を担当するヴァン先生です」
マルクは、落ち着いた明るい声で自己紹介と僕の紹介をした。聞かせるチカラは、すごいよな。少しずつ静かになってきた。僕もマルクを真似て、やわらかな笑みを浮かべた。
講師が焦っていてはいけない。
「今、他の先生達が、状況の確認に行ってくれています。皆さんは、ここでしばらく待機をお願いします」
マルクの言葉に、少年期生は不安そうにしている。学年制の学生や保護者は、ザワザワし始めた。
マルクは、僕の方をチラッと見て、何か目配せをした。うん? 全然わからない。僕が首を傾げたのに苦笑いしつつも、彼は頷いた。何かをやる気?
「本来なら、今日この後は、眠くなるオリエンテーションだけなんですが、最長三日間、学校から出られなくなってしまいました。俺達のことは人質だと言っていた。ということは、三日間、危険はありません」
うーむ、危険はないと言われても、三日後を考えてしまうよな。会場内は、ザワザワしている。マルクは頭を掻き、そして僕に何か謝るような仕草をした。えっと、何? 失敗したからゴメンってこと?
「皆さん、ここだけの話ですが、俺達の素性を明かしますね」
マルクがそう言うと、少し静かになってきた。
「俺達は、青ノレアという冒険者パーティに所属しています。俺は、マルク・ルファス、黒魔導士です。ヴァン先生は、二年ほど前から噂の少年と言われている超級薬師です。皆さんが人質にされてしまったことは不幸な出来事ですが、スピカの他の学校に比べ、魔導学校は最も防御力が高い。そんなに心配しないで、俺達を信用してください」
一気にザワザワが大きくなった。でも、先程までとは別のザワザワだ。ルファス家の後継者だとか、グミポーションだとか、青ノレアという言葉が聞こえてくる。
するとマルクは僕の方を向き、ニッと笑った。嫌な予感がするんだけど。
「皆さん、ここでジッと待つのもしんどいので、ヴァン先生がショータイムをしてくれるそうです」
えっ? なんですと?
マルクは、ニッと笑いながら、拡声器の魔道具から離れた。ちょ、ちょっと、無茶振りすぎるんだけど?
「ヴァン、道化師だろ。何とかして、俺もう限界」
いやいや、限界って顔じゃないですよ? マルクくん。
仕方ない。僕は、ジョブボードを表示し、道化師のスキル説明をすべて再確認してみた。
●笑顔……笑顔を浮かべることで、周りも笑顔にする。
●ポーカーフェイス……感情が顔に表れないようにする。
●玉乗り……絶対に割れないゴム玉に、乗ったり、中に入ったりする芸。大きさは魔力で調整可能。
●着せかえ……所有している服に一瞬で着替える。魔力で服を創り出すことも可能。
●なりきりジョブ……別のジョブになりきる。ただし、所有スキルの範囲内に限る。
●なりきり変化(質量変化、半減から倍まで)……イメージした他の生き物に変身する。
うーむ……玉乗りかな? 着せかえで、適当な衣装を魔力で作り出すか。笑顔って使ったことなかったかも。こんな場では、重要な技能だな。
あれ? マルクが何か楽器を手に持ってる。そして、その楽器を演奏し始めた。
プッププー、ポペップー♪
ちょ、何だよ、その間抜けな曲? まぁ、道化師の芸に合わせたのか。すでに、その曲で、小さな子供達は笑ってる。だけど大人達からは、冷たい視線……。
仕方ない、やるか。
僕は、まず、スキル『道化師』のポーカーフェイスを使った。そして着せかえで、街で見た道化師が曲芸で着ていた服をイメージし、赤と白のストライプのぶかぶかな派手な服に着替えた。大きな三角帽子も赤と白のストライプだ。
そして、曲に合わせてカクカクと動き、演説台の前で深々とお客さんに一礼。ゆっくり顔をあげるときには、変な笑顔を作ってみせた。
「きゃはは! 変な顔〜」
その笑顔のまま、少し静止していると、小さな子供を中心に笑いが起こる。大人は失笑か。だけど、笑顔の技能発動中だ。だんだんと、くすくすと笑う声が増えてきた。
そして、僕は、次に玉乗りの技能を使った。手を大きく振ると、イメージしたサイズのゴム玉が現れた。色を変えられるかな? 再び手を振ると、ゴム玉の色が変わる。
「わぁっ! すごぉい」
小さな子供達には、好評だ。ジョブの印が現れている大人達は、特に驚かない。
いろいろな色に変えて見せた後、服と同じ赤と白のストライプ模様にした。
そして、ゴム玉にぴょんと飛び乗り、ステージ上を転がせて歩いた。マルクはニヤニヤしながら楽器を演奏している。
「落ちないの?」
「あぶないよ」
小さな子供達がハラハラしてくれるので、バランスを崩したフリをしてみたり、慌てたフリをしてみた。このゴム玉、中に入れるんだったよな?
ぴょんぴょんとゴム玉を跳ねさせてみた。足がゴム玉にくっついているみたいで、自由に操ることができる。
学年制の学生も、ハラハラし始めたみたいだ。
そして、マルクの演奏に合わせ、大きく飛び跳ねた後、玉の中にスッと入ってみた。
「きゃー、落ちちゃった」
「えっ? 消えちゃった?」
僕は、ゴム玉から頭を出した。そして、手と足も……手のひらと足首から先くらいしか出てないけど、会場からは、ホッとしたような声。
マルクに目配せをすると、曲が大きく盛り上がった。それに合わせて、魔力を注ぎ、ゴム玉を大きく膨らませた。
パンッ!
大きな破裂音を口で叫び、大きなゴム玉を消し、それと同時にこぶしサイズの小さな大量のゴム玉を、会場内にばら撒いた。
そして、びっくりオロオロしたフリをしてから、深々とお客さんに一礼。マルクもそれに合わせて演奏を終えた。
パチパチと拍手が起こる。
仕上げだ。僕は、拡声器の魔道具の前に立った。
「皆さん、そのゴム玉は、踏んでも割れないんです。一日くらいで魔力が切れて消えてしまうと思いますが、魔力を注いでもらうと、ずっと消えないと思います。記念にどうぞ」
会場内では、ゴム玉探しが始まった。学生の人数分以上はあるはずだ。だけど、ひとりで何個も集める子や、ただ見ているだけの子もいる。
僕は、服を元に戻して、演説台から下りた。
はぁ、疲れた。
「マルク、僕もう限界」
「あはは、想像以上に上手くいったな。道化師も超級だと、冷ややかな人達まで惹き込まれてたじゃん」
「頑張ってみた」
マルクは、ふふっと笑いながら、演説台に上がった。会場内は、まだゴム玉探しで、キャッキャと楽しそうだ。
「皆さん、この後は、校庭でバーベキューをします。あと、1時間くらいしたら、あっちの扉から、外に出てくださいね。俺達は、準備してきますから、楽しみにしていてね」
マルクは、そう言うと、演説台から下りた。会場内では、あまりマルクの話を聞いてない。ゴム玉を踏んで潰そうとチャレンジする子は必死だ。壁に当てて遊んでいる子もいる。
フロリスちゃんは、ゴム玉を一つ手に持って、ニマニマしている。ふふっ、ゲットできてよかったね。
「マルク先生、ヴァン先生、学長先生がお呼びです。ここのことは、お任せください」
ボックス山脈で学生になめられていた、新人のケビン先生だ。いや、もう新人じゃないか。
「ケビン先生、よろしくです。あのゴム玉は……」
「はい、中継を見ていましたから、知っています」
げっ、中継されていたのか?




