232、商業の街スピカ 〜魔導学校の入学式にて
「おはようございます!」
今日は、魔導学校の入学式だ。案内係として校門前に立っていると、緊張した様子の子供達が集団で登校してきた。今日から入学する新入生だろうか。
あちこちの村や町の子供は、集団で転移屋を使って登校してくる。今回は、大きな村や町からの新入生が多そうだ。
偽神獣の件で、防御魔法の重要性を痛感した大人達が、魔導学校へ通う手続きをしていると聞いたこともある。僕も、普通に、バリアを使えるようになりたい。
「ヴァン、みつけた〜」
突然、僕にガバッと抱きつく少女。そして、見知らぬ小さな男の子と、見慣れた冷ややかな表情の女性……。どうして? 僕の頭は、大混乱だ。
「えっ? えーっと、ええっ?」
僕が動揺していると、少女はケラケラと笑った。
「やっぱり〜。ヴァンってば、ぜーったい、びっくりすると思ったの」
「フロリス、ヴァンは魔導学校では、講師よ。そんな態度は、おかしくないかしら?」
流行りのワンピース姿の彼女は、片眉をあげて、ぴしゃりと叱っている。だけど、少女に向ける眼差しは、優しい。
「神官様、お久しぶりです。あの、これは一体……」
「ヴァン、街の中でその呼び方は、禁じたはずだけど?」
「あ、すみません、フラン様。えーっと……」
これは、一体、どういう状況なんだ? 僕は、いろいろな意味で混乱していて、考えられなくなっている。
「今日からフロリスが、少年期生に入学するのよ。私は、保護者として、しばらくの間、付き添いをするわ。この子は知っているわね? 一応、フロリスの護衛を兼ねて、この子も入学するのよ」
あっ、そっか。フロリスちゃんの亡き母サラ様は、フラン様のお姉様だ。だから彼女が、保護者として一緒にやって来たんだな。
だけど、神官様から紹介された小さな男の子には、見覚えがない。緊張しているのか、なんだか睨んでくるんだよね。
「この男の子は、初めて会いましたよ。フロリス様より少し年下ですね。弟さんですか?」
「は? ヴァン、何を言っているの?」
神官様が片眉をあげた。これは、本気で呆れている。
すると、フロリスちゃんは楽しくてたまらないらしく、手足をバタバタさせて笑い出した。ファシルド家のお嬢様が、人前で、そんなに爆笑してていいのだろうか。
「ちょっと、フロリス、はしたないわよ」
やはり、彼女は少女を叱った。
「だぁって、ヴァンってば、ぜーんぜん、わかんないんだもん、きゃはは」
「フロリス、ヴァン先生でしょ」
神官様にそう言われて、フロリスちゃんはハッとした顔をして、両手で口をふさいでいる。ふふっ、かわいい。
フロリスちゃんは、もう、すっかり元気な女の子だ。これも、すべては天兎のぷぅちゃんのおかげだな。ペットの天兎を守るために、少女は、こんなにもしっかり成長したし、何より明るくなった。もう大丈夫だな。
僕は、ふと、ボックス山脈の神殿で聞いた話を思い出した。あのとき、赤いリボンの獣人、神殿守のラフィアさんは、フロリスちゃんを守れと言っていた。
それに、天兎のぷぅちゃんは成体になって……うん? このジト目って……。
「やっと気づいたか、おまえ、鈍すぎるぞ」
しかも、この毒舌……。
「もしかして、この男の子が、ぷぅちゃん?」
「うふふっ、正解だよー」
「ちょ、ええっ? ぷぅちゃんは獣人だし……」
目の前の男の子は、5歳くらいの人間の子供だ。頭の上に、耳はない。確かに、髪色は白くて、ぷぅちゃんの本来の姿のときのような……。
そういえば、めちゃくちゃ強かったよな、堕ちた神獣ゲナードに放った弓。影の世界の住人に対しては、圧倒的な戦闘力を持つハンターだっけ。
「アラン兄様が、ヴァンが言っていた神矢を闇市で手に入れてくれたの」
「神矢、ですか? あー、もしかして、道化師?」
「そうなの。だから、ぷぅちゃんは、いろいろな姿に変化できるの。寝るときは、いつものぷぅちゃんになるんだよ」
「いつもの……というのは、獣人の姿ですか」
フロリスちゃんは、首を横にふるふると振っている。本来のハンターの姿? めちゃくちゃ美形だったよな。
「お山に行く前の、ぷぅちゃんだよ」
「えっ? 兎ですか」
「うん、ふわふわだよっ」
チラッと、天兎を見ると……僕をめちゃくちゃ睨んでいる。ふぅん、なるほどね。やっぱり、フロリスちゃんのペットでいたいんだ。それに、いろいろな姿に化けられるのに、あえてこんな男の子の姿って……。
「ぷぅちゃんのこの姿は、フロリス様のリクエストですか?」
「うん? 一番かわいいって言ったの。外に出かけるときは、いつもこの姿だよ」
やはりな。コイツ……完全に知らんぷりをしているけど、フロリスちゃんの気を引きたくて必死だな。
「ふふっ、そうでしたか。新入生は、あちらの建物へ入ってください。学長先生からのお話があります」
僕は、他の先生の咳払いで、案内係の仕事を思い出した。
「じゃあ、フロリス、行くわよ」
「はぁい、ヴァン、またねー」
にこやかに手を振ってくれる少女に、思わず頬が緩む。ふふっ、かわいい。天兎のジト目も、5歳児の姿だと可愛く見えるから不思議だ。
神官様が、あんな流行りのワンピースを着ている姿なんて、初めて見た。いつもの雰囲気とは違う。貴族のお嬢様の保護者にしては、カジュアルな服装だ。
あー、そっか。神官だとわからないようにしているのか。商人の家の保護者のような雰囲気だな。
「さっき話していた女性って、神官ですよね? 教会で会ったことがあると思うんですが」
登校時間が過ぎて、門を閉めていると、一緒に門で案内をしていた先生に、話しかけられた。だけど、こんな先生、いたっけ?
教会で会った……ということは、ベーレン家の神官かと尋ねているのか。
「うん? 彼女は、白魔導士ですよ。僕が派遣執事で行っていた屋敷に、彼女のお姉さんが嫁がれていたんです」
「へぇ、そうでしたか。聖魔法を使う人達は、似た雰囲気だから……人違いですね」
聖魔法? なんだか違和感を感じるけど、神官と白魔導士は、似ていると言いたいのかな。僕は、あいまいに微笑み、口を開いた。
「僕は、この後は、入学式の手伝いがあるんですが、先生は授業ですか?」
「あぁ、えーっと、私は、中等生の授業の準備がありますので、失礼しますね」
中等生? 何、それ。魔導学校に、そんなクラスはない。他の学校から、転任してきた先生かな? 僕は、軽く会釈をして、入学式の建物へと向かった。
「ヴァン、遅かったな。もう、学長先生の挨拶は終わったよ」
僕を見つけたマルクが、入学式の会場から出てきた。
「えっ……あーうん、なんか、知らない先生に話しかけられて」
「あぁ、どこの学校も、講師を増員したみたいだからな。でも、新しい先生なら、この後に紹介があるから、あっちに並んでるよ? なぜ門で案内係をしていたんだ?」
マルクが指差した方を見ても、さっきの男性はいない。
「さぁ? なんだか会話が噛み合わなかったんだよな。聖魔法を使う人は似た雰囲気だとか、中等生の授業の準備があるとか……」
マルクは、首を傾げている。だよね、僕の説明も中途半端だ。だけど、会場の扉付近で神官様の話はできない。
突然、グラッと何かが揺れた。
「えっ? 何?」
「シッ!」
マルクが僕を制した。
あっ、マルクはサーチをしているのか。
会場の中では、入学式は終わり、始業式に切り替わったようだ。始業式の状況は、各教室に映像が送られている。
さっきの揺れには、会場内の人達は気づいていないみたいだ。地震ではない。何か空気が揺れたような……景色が歪んだような気がしたけど。
『愚かな神官家の者達、よく聞け。スピカのすべての学校は、我々の支配下にある。勤勉な若者達が人質だ』
突然、頭の中に、念話のような声が聞こえた。
『神官家は解体し、すべての権限を神に返せ。我々は、精霊を頂とする新たな世界を築く。腐った神官家が、民を戦乱に誘う元凶。神官のジョブを返納せよ』
むちゃくちゃだな。
『罪のない勤勉な若者の未来は、おまえ達の判断にかかっている。スピカのすべての住人が証人だ。神官家は、神官として正しい選択ができるか、もしくは街を戦火に焼くか。期限は三日。直ちに行動しろ』
念話の間、身動きができないような強制力を感じた。話が終わると、会場内も他の校舎も、一気に騒然となった。
「マルク、もしかして、さっきの揺れって……」
「あぁ、学校が、強固な結界の中だ」
「僕達が、人質って……」
「ヴァン、さっきの変な先生のこと、学長先生に話して」




