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231、商業の街スピカ 〜カーディナルとエリクサー

「ねぇ、お兄さんが噂の少年なのぉ? あれって、15歳くらいの子供かと思ってたぁ」


 カウンター席に座った二人の女性は、僕をからかいつつ、カウンター内をジッと観察している。マシューさんとリカトさんが、店員さん達に、赤ワイン樽の扱い方の指導をする様子を見ているようだ。


 僕は、簡単な赤ワインを使ったカクテルレシピを、魔道具に登録作業中だ。赤ワインとジンジャーエールを混ぜて作るキティと、カシスリキュールに赤ワインを注ぐカーディナルを登録した。他にも簡単なものはあるけど、二種類でいいだろう。



「キティさん、僕は、年相応には見られないんですけど、それで合ってますよ」


「ええっ? うっそぉ〜、やぁだぁ、絶対に二十代前半だよね?」


 えーっと……それは、ひどくないか? 神官様より年上に見えるってこと? まぁ、いいけど。


 僕は苦笑いを浮かべながら、大量のカーディナルを作っている。他のカクテルの注文が止まってしまったな。


 闇市のエリクサーが買えるからと、勝手に決めつけた客から、カクテルの注文が入る。まぁ、マスターに任せよう。販売代理店は、マスターなんだから。



「ヴァン、おまえの作戦が当たりすぎて、ちょっと気味が悪いぜ」


「マスター、僕は、この味が大丈夫な人に……と言ったつもりなんですけど」


「あぁ? 何を今さら。他の酒が売れなくなっちまうじゃねぇか」


 確かに、カクテルには、少し影響ありそうだ。


「でも、カーディナルは甘いですから、エールは普通に売れると思いますよ」


 マスターは、フフンと鼻を鳴らした。たぶん彼も、同じことを考えていたんだろう。



「ヴァン、言っておくが、このエリクサーの代金は、今は、払えねぇぞ」


 僕が渡した白い布包みから、マスターは、木いちごのエリクサーを別の保管容器に移し替えたみたいだ。白い布だけを返却された。


「ええ、構いません。マスターが預かっておいてください。闇市の分もドルチェ家が預かってくれてるので」


「は? おまえなー、ウチは銀行じゃねぇぞ。金を預けたいなら、商業ギルドに行けや」


「でも、僕、多額のお金を持ち歩くのは怖いんで、この分は、たぶんここで使うことになるから……」


 そこまで話しただけなのに、マスターは察したらしい。


「おまえなー、アイツの悪いとこばっかり真似してるんじゃねぇぞ」


 そう言いつつ、マスターは、思いっきりニヤニヤしてる。たぶん彼は嬉しいんだろうな。前に、僕に感謝していると言ってたっけ。廃人と化したゼクトさんを僕が動かしたって。


 でも、それなら、僕の方が感謝している。僕は、ゼクトさんを雇う以外に、大金を使うことはない。彼を雇って神矢を集めるために、いろいろと前向きになれたんだ。


 僕が報酬として得たあのマナ玉は、金貨をどれだけ用意しても買えないほどの物だと、最近、身にしみてわかってきた。あのマナ玉のおかげで、僕は魔力切れを過度に心配する必要がなくなったし、変化へんげで化けられる姿も増えたんだ。


 だから、いま、僕がこんな場所で平気な顔をしていられるのも、ゼクトさんのおかげだ。エリクサーの売上を全部渡しても、返せない恩がある。でも、ゼクトが必要としているのは、お金じゃないんだよな。


 彼は、今も狂人と呼ばれている。僕は、この誤解を何とかしたい。これがきっと、果たすべき僕の役割なんだと思う。




「ヴァン、もういいぞ。その二人も、帰りたいだろう」


 マスターから、帰れの声がかかった。荒っぽい冒険者が増えてきたからかな。


「じゃあ、帰ります。彼らとの商談は?」


「この二人だけと取引することに決めた。余計な商人は、入り込ませねぇから、安心しろ」


「ありがとうございます。僕にご用の際は……」


「ヴァン、呼び出されなくても、顔を出せ」


 そう言うと、マスターはニヤッと笑った。僕も、ニーッと笑っておいた。マスターに認めてもらえたことが嬉しくて、ついつい、子供のような顔をしてしまったな……。





 僕達が店を出ると、待ち構えていた客に絡まれた。やはり、そんな予感はしていたんだよな。


「兄さん、いろいろと派手なことしてるじゃねーか」


 マシューさんとリカトさんは、言葉を失っている。ちょっ、赤ワインの納品に来られなくなるじゃないか。


 どうしよう。ギルドに納品代行を依頼……いや、護衛を依頼してもらうべきかな? でも、まずは、ここを切り抜けないと……。


「絡んでくる人がいると思ってましたよ。ふふっ、何を使おうかなぁ」


 僕は、あえて余裕の笑みを浮かべた。


「チッ、つまらねーな。行くぞ」


 あれ? 待ち構えていた割に、あっさりと引くんだな。めちゃくちゃ違和感しかない。



 すると、突然、頭をゴチンと殴られた。


「ヴァン、おまえ、こんなとこで何を遊んでるんだ?」


 この声!


「あっ、ゼクトさん、こんにちは〜」


「はぁ? もう夜だろ、先生〜」


 ゼクトさんは、ニヤニヤしている。そうか、彼が来たから、絡んできた客は、あっさりと立ち去ったんだ。


「ちょっ、先生って何ですかー」


「魔導学校の講師は、辞めたのか?」


「あー、辞めてないです。ゼクトさん、もしかして助けに来てくれたんですか」


 するとゼクトさんは、フッと笑った。当たりだね。


「なぜ、こんな場所で助けが必要なんだ?」


「僕が絡まれてた、から?」


「あはは、逆だ。俺は、おまえから、カラサギ亭を守りに来てやったんだぜ? 絡まれると、おまえは、無茶苦茶するだろ?」


「いや、しないですって」


 ゼクトさんが大声で、そんなことを言うものだから、店の中にまで聞こえているようだ。入り口付近の客が、こっちを見てザワついている。ゼクトさんに反論する僕の姿が……不気味らしい。


 そんな声が聞こえてくると、ゼクトさんはニヤッと笑った。なるほど、わざと、そんなことを言いに来てくれたのか。


 僕と一緒にいる二人は、ゼクトさんのことを知らないから、彼と普通に接している。周りから見れば、マシューさんやリカトさんも、不気味だろうな。



「ヴァン、また変なお友達が増えたのか」


 ゼクトさんは、僕の腰のあたりを見ている。忘れてた。黒い兎は、気配を消してアクセサリーのふりをしている。


「なぜか、増えましたねー」


「おい、おまえ、ますます怖いぞ。クックッ」


 そう言うと、ゼクトさんはカラサギ亭に入っていった。近くにいた人達が、僕と目を合わさないようにしている。はぁ、まぁ、いっか。




 僕は、近くの転移屋に、マシューさんとリカトさんを送り届けた。


「マシューさん、次に納品に来られるときは、ギルドに護衛を依頼する方がいいかもしれません」


「あぁ、それなら、問題ないだ。店の方から取りに行くと言ってもらっただよ」


「そうでしたか。それなら安心です」


「ヴァンさん、魔導学校で講師をされてるんですね。あの、俺……」


 うん? あー、さっきのゼクトさんの話か。リカトさんが、何か言おうとして、諦めたみたいだ。彼は、人と話すのが苦手なんだっけ。


「リカトさん、よかったら魔導学校に入学しませんか? 僕も、そこで親友ができましたよ」


「は、はい!」


 いい笑顔だな。マシューさんもホッとしたようだ。二人は、転移屋さんの転移魔法で、荒野の集落へ帰っていった。



 僕は、スキル『道化師』の変化へんげを使って、鳥に姿を変えた。繁華街なら、気にせずスキルを使える。そして、マルクから借りている部屋へと飛んでいった。




 ◇◆◇◆◇




「アイツが、何を押し売りに来たって?」


 カウンターのいつもの席に座ると、ゼクトは、マスターに声をかけた。


「これだよ」


 マスターは、ぷっくりとした何かをポンと放り投げた。


「あぁ、闇市のエリクサーか。これ、あまり美味くないだろ」


「ふぅん、あの子が、木いちごのエリクサーの味が苦手な人がいると言っていたのは、おまえのことか」


「俺は、これをアイツからもらったことねぇけどな」


 いつもの適当な料理と一緒に、マスターは、赤ワインのカクテル、カーディナルを彼の前に置いた。


「これも売り込みに来たぜ。甘いカクテルだ。これを注文した客には、エリクサーを買う権利を進呈することになったぜ」


「は? なんだそれ」


「ヴァンの策略だ。いつの間に、あんな策士に育っちまったんだろうな。あの子が所有者をしている畑のぶどうで作った赤ワインを売るために、エリクサーをどっさり置いていったぜ」


「ふーん、悪い話じゃねぇだろ」


「あぁ、してやられた感が、半端ねぇけどな」


 ゼクトはフッと笑い、カクテルに口をつけ……顔を歪ませた。


「これ、そのエリクサーの味じゃねーか。イマイチだな」



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