230、商業の街スピカ 〜押し売り?
カウンターの端に座っている男性は、僕を睨みつけた。余計なお世話だったかな。
「ヴァン、俺の分は?」
「マスターの分もありますよ」
僕は、赤ワインとカシスリキュールで作った、カーディナルという名のカクテルをマスターの手元に置いた。もちろん、そわそわしているマシューさんとリカトさんにも。
マスターが口をつけて、何か考えるような表情をしている。うん? 何? 甘すぎた?
彼が口をつけたのを見て、カウンターで僕を睨んでいた男性も、カーディナルを一口飲んでくれた。その男性も、マスターと同じような表情を浮かべた。えっと、何?
「ヴァン、この味って、何かに似てると思ったんだけどよー」
「はい? カーディナルというカクテルですよ。僕の創作カクテルではありません」
すると、カウンター席の男性が口を開いた。
「闇市のエリクサーの味だ」
木いちごのエリクサー? 確かに似ているかも。カシスもベリー系だからかな。
まぁ、木いちごのエリクサーは、マルクの圧倒的なヒート魔法を使うことで、ドライフルーツに水分を含ませたような不思議な味になっている。木いちご本来の酸っぱさもフレッシュさもないもんな。
「ヴァン、変な顔をしているな。おまえも飲んでみろ」
マスターに差し出されたグラスを受け取り、カーディナルを一口飲んだ。ガメイの新酒の水っぽさが、確かに木いちごのエリクサーっぽいか。
「そうですね、確かに似ています」
僕がそう呟くと、マスターがニヤッと笑った。うん? 失言だったか。
「あんた、闇市のエリクサーを知っているのか」
げっ、しまった……。カウンターの端から、殺意に近い視線が突き刺さる。
「えーっと、どんな風に売られているかは知らないですけど」
「あれは、ドルチェ家の闇市の目玉商品だ。不定期に、少量だけ入荷される。運良く遭遇しても、ドルチェ家の他の闇市の客じゃなきゃ買えない。だから、転売品を買うしかない」
「転売品ですか」
「あぁ、あれは、ほんのひとかけらでも、体力も魔力も全回復する。だから、凍らせて、カケラで転売されている」
カウンターの男性が、淡々と説明してくれることに少し違和感を感じる。
「高いんですか?」
「闇市だと、金貨2枚らしいが、転売品もひとかけらで金貨2枚だ」
「そ、そんなに高いんだ」
「だから、あれをめぐって、しょっちゅう死人が出ている。闇商人からすれば、金を生み出すエリクサーだからな」
えっ……そんな……。
だから、マルクの奥さんが量産する方がいいと言っていたのか。儲かるからという理由だけなら、マルクは動かないだろう。数が少なくて、そんな争いになっているためだ。
「おいおい、ソムリエがビビってるぜ。最近は、王都では、普通に出回ってるんじゃねぇのか。俺も、そのカケラを食ったことがあるけどな。俺は、そこまでのエリクサーだとは思わなかったぜ」
マスターがそう言うと、カウンターの男性はキッと睨んでいる。この人、暗殺系だろうな。マスターでさえ、睨まれると目を逸らしている。
そうか、マルクの分をドルチェ家が王都で売ってるんだ。
「王都で出回り始めたから、余計に死人が増えているんだよ。カケラだけなら、あのエリクサーの真の力はわからない。まるまる食うと、隠れた効果に気づく」
な、何? 変な副作用?
「どんな効果だ?」
マスターは、なぜか僕の顔を見るんだよな。僕には、心当たりがない。というか、マスターは、僕が作ったとわかっているんだな。
「完全な全回復だ」
彼の言葉に、マスターは顔色を変えた。何? 僕をガン見されても……あっ、備え人の予備タンクまで回復するという効果か。
「それで、金貨2枚か。闇市でその値段は、安すぎるな」
マスターは、完全に僕に言ってる。
「おい、ソムリエ、おまえ……」
やばっ……彼の視線に、嫌な汗が出てきた。いや、でも、ちょっと待った。闇市での販売量が少なすぎるなら、値崩れしない程度に、スピカでも取り扱い店を増やせばいいのか。
「マスター、カウンターの彼は、どういう人なんですか」
「あぁ? 訳ありだ。おまえが憧れていると言ってたあの男に比べれば、平凡な奴だがな」
「おい、おまえ……そうか、なるほどな」
カウンターの男性も、なんだか納得したような表情だ。こんな物騒な話を、初対面の僕にするという違和感は、確信に変わった。僕の素性がバレている。
それなら、堂々としよう。
「マスター、ちょっと商談があるんですけど、いいですか?」
「赤ワインは、扱いが難しいだろ。それとも、赤ワインを取り扱ってやれば、俺が喜ぶオマケがつくのか?」
マスターは、木いちごのエリクサーを出せと言っている? いや、違うな。僕の反応を試しているのか。
「このカーディナルを飲んで、カウンターのお客さんのような反応をした方に、売ってもらいたい物があるんですよ」
「ほう? 何だ?」
やはり、マスターはニヤニヤしている。
「木いちごのエリクサーは、ちょっと味にクセがあるので、苦手な人もいるんです。だから、ぶどうのエリクサーしか表では売っていません」
僕がそう話すと、女性客二人がシーンと静かになった。なぜか、それが伝染していくように、カウンター近くのテーブル席も静かになっている。
「おまえ、顔バレしてるぞ?」
マスターがニヤニヤしながらも、一応忠告してくれた。でも、今の僕なら、もう大丈夫だ。
「構いませんよ。僕は弱いですけど、いろいろと防衛するためのスキルを持ってますから」
「クックッ、過剰防衛だと思うがな。銀竜とか、やめろよ。店を壊したら弁償させるからな」
ゼクトさんから聞いたのか。
マスターがそんなことを言うから、近くの席の人の顔が引きつっている。銀竜は、有名なんだな。
「それで、この味を闇市のエリクサーだと言った俺に、何を売ってくれるんだ?」
カウンターの男性も、ニヤッと笑った。もう、僕が次に言う言葉がわかっているようだ。
「マスター、クセの強いエリクサーの販売代理店をお願いできますか? 値段は、任せます」
僕は、そう言って、カウンター内の作業場に、魔法袋から白い布の包みを出した。その量に、カウンターの男性も目を見開いている。
「ヴァン、それが真の狙いか? まどろっこしいことをしやがって」
「いえ、ガメイの赤ワインの売り込みが一番の目的です。こっちは、オマケですよ」
僕がそう言うと、マスターは、頬をぽりぽりと掻き、そしてニヤッと笑った。
「おまえ、狂人に毒されてんじゃねぇのか。ヤラシイ押し売りを覚えやがって。あんなに目をキラキラさせていた純朴な少年は、どこへ行った?」
褒められた、かな? いや、マスターに認められたか。僕は、やわらかな笑みを浮かべて、マスターに言葉の続きを促した。
「はぁ、負けたぜ。仕方ねぇな。あの端に座っている二人が、赤ワインの生産者か?」
「ええ、そうです。今日は、10リットル樽を5つ持ってきてるみたいです」
「樽売りか? まぁ、その方が瓶よりは扱いやすいが……」
「商談成立ですね。マスター、あの生産者以外に、ちょっと変わった人達も絡んでるんですけど」
僕がそう言うと、マスターは、フフンと鼻を鳴らした。
「神矢の【富】がワインだったから、妙な連中が、ぶどう農家に入り込んでいるんだろ。おまえが言いたいことは、わかった。しかし、このエリクサーは、なぜそんな効果が備わっている?」
予備タンクの回復効果か。
「これは、僕一人で作った物ではないんです。僕の魔力だけでは、予備タンクの回復まではできません」
「ほぅ、ドルチェ家の……いや、ルファス家の黒魔導士だな。ルファス家の後継争いをしているイケメンだろ? ドルチェ家のオバハンが、惚れ込んでいるらしいな」
マルクのことを、マスターは知ってるんだ。奥さんのことをオバハンって……。
「彼のヒート魔法がないと、これは作れません」
マスターは、納得したみたいだ。エリクサーの白い包みに、何かの魔道具を当てている。計量かな?
「だから、ドルチェ家が王都で売り始めたんだな。スピカでも、流通量が増えれば、闇商人は減るか」
そう言うと、カウンター席の男性は、カウンターに麻袋をドンと置いた。
その音をキッカケに、静かだった人達が騒がしくなった。赤ワインのカクテルを頼めば、闇市のエリクサーが買える? なんだか、変なことになってきた。
次々と、赤ワインのカクテルの注文が入る。えーっと、こんな売り方でいいのだろうか。
マシューさんとリカトさんは、嬉しそうにしているから、まぁ、いいか。
皆様、いつも読んでいただき、ありがとうございます♪
これまで毎日更新をしてきましたが、7月からは、日曜日お休みで、月曜から土曜の週6更新に変更したいと思います。今後とも、よろしくお願いします♪




