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23、山間の荒野 〜畑の所有者にされてしまった

「おい! 人間!」


 ガメイの妖精さんが、僕の視線をさえぎった。話に割り込むやり方が強引だね。小屋の住人と話しているのに、目の前に移動してくるなんて。


「妖精さん、突然こんな目の前に現れると、危ないですよ。意図せず、手が当たってしまうかもしれない」


 僕がそう言っても、男の子は気にしていない。フンッと鼻を鳴らした。はぁ、ほんと、クソガキだねー。


「ヴァンさん、すぐそばに妖精がいるのですな。俺達を守ってくれてありがとうと伝えてください」


 住人にそう言われても、彼らは何とも思っていないみたいだ。守っていたつもりはないのかもしれない。


「皆さん、妖精さん達は、人の声が聞こえていますから、直接言葉は伝わっていますよ」


 僕がそうフォローすると、人々は口々にありがとうと言っている。妖精さんの中には、それに応えるように手をあげたりする人もいるね。性格にバラツキがあるみたいだ。


「手をあげて、皆さんの声に応えている妖精さんもいますよ。こんな感じです」


 妖精さんのひとりの真似をしておいた。皆さんは、嬉しそうだ。姿は見えなくても、伝わるんだね。僕は、なんだか通訳みたいな立場だな。



「おい、人間!」


 強引な男の子は、なんだかイラついているみたいだ。せっかちな人だな。


「はい、ガメイの妖精さん、なんでしょう?」


「おまえ、トローとかいう奴はどこにやったんだ?」


「トローンさんなら、魔物に襲われたそうだよ」


「死んだのか? だから居ないのか」


「温泉村が襲撃されて、みんな犠牲になったそうだから」


 すると、生意気な男の子は、顔をこわばらせた。ガクリと脱力したような感じだ。他の妖精さん達は悲しそうな顔をしている。そっか、彼もわかっていたのかもしれない。認めたくなかっただけなんだ。



「おい、人間。おまえが畑の所有者か」


「僕は畑を乗っ取る気はないよ。ここにいる人達の畑だから。技能を使うために、一時的に所有者の宣言をしただけだから、いま、ここで彼らに所有者の地位を返すよ」


 僕がそう言うと、住人の人達は頷いた。トローンさんが開墾したぶどう畑を、これからも守っていこうという決意が感じられる。


 よかった。彼らは、前を向く気になったんだ。冒険者を名もなき村に誘導したマルクのおかげだね。


 ただ、今、居座っている魔物は蹴散らせても、いつまた、別の魔物が襲ってくるかわからない。やはり、アリアさんが言っていたように、魔物を毒薬で一気に減らす必要があるのかもしれない。


「おい、人間、こいつらは誰も、俺の声が聞こえないじゃないか」


「あー、うん、そうだね。『農家』超級になれば聞こえるようになるんだけど。えっと、皆さんは、農家のスキルを持っていますか?」


「俺は、中級農家のスキルがある。神矢で得たんだ。他の人は、一部の技能は習得できているみたいだけど」


 今まで口を開かなかった若い男性が、そう言った。


「おぉー、中級ですか。じゃあ、かなりの技能がありますね。でも、妖精さんの声は聞こえないですよね。皆さんのジョブって何なんですか」


「みんなバラバラなんですけどね、ざっくりいえば、生産職と宿屋です。農家はいないんですが」


「そうでしたか。温泉村で生まれたからですね」


 僕が温泉村と言ったことで、一瞬、辛そうな顔をさせてしまった。だけど、しっかり頷いてくれる人もいる。うん、彼らなら大丈夫だ。



「ぶどう畑の中で、神矢を探してみたらどうですか?」


 マルクが突然、そんな提案をした。


「神矢ですか?」


「はい、金色の神矢が降ったのは数日前のことです。名もなき村が襲われた後の出来事でしょう。神矢は、災いのある地に多く降り注ぎます。畑の主が亡くなったのなら、畑のどこかに、『農家』のレアな神矢が落ちているかもしれません」


「おぉ、確かに、不思議な雨が降ったように見えました。超級農家のスキルの神矢があるかもしれませんね!」


 あ……僕、畑の改良をしちゃったけど。


「マルク、僕、畑の不要なものを分解除去してしまった……」


「はい? ヴァン、何を心配してんだ? 神矢を分解する能力なんてあるわけないだろ」


「あ、そっか、そうだよね。びっくりした〜」


 住人の人達の表情は明るくなった。うん、やはり、神矢は希望なんだ。必要なものを神様は送り届けてくださる。



「おい、人間!」


「な、何? 妖精さん」


「俺達の声が聞こえる奴が現れるまで、おまえが畑の所有者だ」


「へ? ちょ、何を言ってんの? 僕はリースリング村の……」


「ソムリエなら、俺達の下僕じゃないか。俺達の声を聞いて商売をしているんだろーが」


「ちょ、そういう位置付けなの?」


「ヴァン、何を話しているかわからない」


 マルクが話をさえぎった。だよね、住人の人達も不安そうにしている。


「えっと、妖精さんが、ソムリエなら俺達の下僕だから、言うことを聞けって言ってる。妖精さんの声を聞くことができる人が現れるまで、僕にこの畑の所有者をしろって」


「あはははっ、むちゃくちゃな妖精だな。ヴァンは、初級農家のスキルさえ持ってないのに」


「だよね。ぶどうに関しては、家の手伝いをしていたけど、リースリングのことしかわからないよ。ガメイは、リースリングとは全然育て方が違うはずなんだ」


 ガメイの妖精さん達は、素知らぬ顔だ。クソガキだね、ほんと。でも、ソムリエって……ぶどうの妖精さんの下僕なの?



「おそらく、妖精は、俺達に声を届ける役割の人が欲しいだけではないでしょうか」


 中級農家のスキルを持つ若い人が、遠慮がちにそう話した。


「そうだな。何度かトローンが、姿なき導きの指示だと言って、急に土いじりを始めたり、水路を閉じたりしたことがあったよな」


「あぁ、そうだったな。収穫を早めたことも、あったんじゃないか? あの後、突然の嵐が来たんだ」


「そうだ、やはり、妖精の指示は必要だよ」


 えっと、これって……なんだか、嫌な予感しかしないんだけど。



「おい、人間! わかったら、さっさと水路を開けろ。言っておくが、水路を流れる水の解毒をしてからだぞ」


「えっ、ちょっ……」


 そう言うと、ガメイの妖精さん達は、その場からスッと消えた。ちょっとちょっと、マジ?


「ヴァン、何を焦ってるんだ?」


「妖精さんが指令を残して消えたよ。むちゃくちゃだよね」


「何を言われたんだ?」


「さっさと水路を開けろって。ただ、その前に水路を流れる水の解毒をしろって」


「うわぁ、さっそくこき使うんだ。あははっ、水路の水の解毒なんて、普通の農家にはできないぜ」


「だよね……」


「ヴァンが薬師だから、ちょうどいいと思ったのかもしれないな。ガメイの妖精って、遠慮しないんだな」


「たぶん、リースリングが嫌いみたいだから、半分その仕返しなのかも。リースリングの妖精さんは、ガメイの妖精さんをいじめてたしね〜」




 住人の人達に案内されて、畑の水路に移動した。確かに、これはひどい。水が灰色に濁っている。


「こりゃ、使えないぞ。なぜ、水路がこんなことになっているんだ?」


「魔物の襲撃のときに、撒き散らした何かの影響を受けているのでしょう。ヴァンは、畑の改良をしただけだから、水路までは術が届いていなかったんだと思います」


 マルクが、住人の人達に説明してくれた。畑と水路は別物だからね。僕にそこまでの能力はないよ。


「ヴァンさん、マルクさん、何とかなりますか?」


 住人の期待に満ちた目……いや、ちょっと待った。水路の水は流れているんだよ? この場所だけの解毒ならできるけど。


「これは、根本的な原因をとりのぞかなければなりませんね。この水路は、どこから水を引いているのですか?」


 マルクが対応してくれている。僕が無理だと思ったことに気づいたのかな。


「この水路の水は、あの山からの湧き水を使っています。この辺の川の水は、温度が高すぎて使えないので」


「ボックス山脈のひとつですね。あの山から魔物が名もなき村に降りてきてしまったのか」


 マルクは僕の方をチラッと見た。いやいや、ちょっと待った。無理だよ? 僕は、戦えない。ボックス山脈なんて、魔物だらけじゃないか。


「今すぐに水路の水を変えることができないので、ちょっと、水を撒いておきますね。また干上がるようなら、川の水を冷やしてから使ってください」


 マルクはそう言うと、手をふわっと振り上げた。畑全体にバシャッと水がかかった。水魔法はいいんだけど、僕達までびしゃびしゃじゃないか。


「マルク〜」


「あははっ、ちょっと失敗した」


 マルクは濡れてないんだけどー。



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