228、商業の街スピカ 〜カラサギ亭へ
「ヴァンさん、別の販路というのは?」
前のめりな男性は、口元に笑みを浮かべている。強欲確定だな、この人。やはり、神矢の【富】が、ワインから別の物に変わると、集落を捨ててどこかへ行ってしまいそうだ。
顔見知りの男性が、集落に流れてきた人達と言っていたっけ。おそらく、目の前の彼が、ワイン醸造ができる人達を、集落に連れてきたのだろう。
だとすると、この新酒を作った人達も、神矢の【富】が変わると、見捨てられるだろうな。
僕は、強欲な男性を真っ直ぐに見た。こういうタイプには、下手に出ると失敗する。
「飲食店に直販するんですよ。商人を経由しないことで、利益率は段違いです」
意味深な微笑みを向けると、彼はますます前のめりになってきた。がっちり掴んだな。
「それは、素晴らしい。だが、スピカのレストランに直接売るというのは……」
強欲な男性は、思案顔だ。どのレストランに売り込もうかと考えているのか。
「レストランではありません。飲み屋ですよ」
「は? ワインを飲み屋に売るのですか」
「ええ、先程も言いましたが、ガメイで作る赤ワインは、レストランのような気取った店には似合わない。もっと気軽に酒を楽しむ人達を狙えば、大きな強みになりますよ。ガメイ村の新酒を扱わない店を開拓すればいいんです」
「ですが……そんな店は、柄の悪い客ばかりでしょう。ワインのような酒は……」
そう言いつつ、強欲な男性は迷っているようだ。飲み屋は苦手なのか。この人のジョブはわからないけど、冒険者には見えない。こずるい稼ぎ方をして生活しているのだろう。
ガメイの妖精が嫌っているということは、この男性は、荒野のガメイ畑に害のある存在なのかもしれない。
「ワインの飲み方の提示ができれば、新たな販路が広がりますよ。神矢の【富】はワインでしたが、いつ、また新たな神矢が降るかわかりません。そうなると、高級路線で売っていては、ガメイを使ったワインは厳しくなります」
僕の言いたいことがわかったのか、その男性は顔を歪ませている。高く売って儲けたいのだろうけど、それぞれのワインには、その個性に合った消費者がいるんだ。
「ですが、飲み屋は……」
やはり、怖いんだな。
「スピカの繁華街には、大きな飲み屋があります。その中で一軒、僕が行ったことがある店に、売り込みに行ってみますか?」
「ヴァンさんの知り合いの店ですか」
「いえ、一度、行ったことがあるだけの店です。一階だけじゃなくて二階にも広い客席がある繁盛店ですよ。冒険者風の人が多かったので、上手く売り込めば、その店だけで、集落でできるワインは、すべて売れるかもしれません」
僕がそう言うと、顔見知りの男性は、パッと表情を明るくした。
「そんなに売れるだか?」
「上手く提案できれば、十分に可能だと思います。それに、飲み屋で扱ってもらえたら、神矢の【富】が別の物に変わって、ワインブームが消えても、問題ないですよ。あの店のお客さんなら、ブームなんて気にしないと思います」
「ぜひ、お願いします!」
強欲な男性は、何かを考え込んでいる。だけど、直販だと言ったことが効いているみたいだな。しばらくすると、ニヤッと笑っている。
「では、皆さんで行きましょうか。今なら、まだ、荒っぽい冒険者は少ない時間でしょうから」
婆ちゃんに、スピカへ行くと伝え、村の転移屋を使って、スピカの繁華街へと移動した。
「あー、ちょっと急用が入りました。大勢で行く必要もないでしょう。あとは、お願いしますよ」
スピカの繁華街にビビったのか、強欲な男性とその供らしき人は、スーッと離れていった。顔見知りの男性と、ジョブ『精霊使い』の新成人だけになったな。
「ヴァンさん、すみません。あの人は、時間のかかる面倒ごとは苦手みたいですだ」
「そうですか。まぁ、大勢で行く必要もないですもんね。あの人達は、集落に流れてきた人なんですよね?」
「はい、行商もされていて、いろいろと珍しい物を買わせてもらいましただよ」
なんだか、カモにされているんじゃ?
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使って、カラサギ亭の場所を確認した。うん、この道を真っ直ぐだな。
「この道を真っ直ぐに行った右側の店に行きます。えっと、お名前を教えていただけますか?」
「あぁ、失礼しただ。私は、マシュー、この子は、亡き長の息子でリカトですだ。友達がいないから、話すのが苦手な子なんで……」
集落の長も、魔物に殺されたのか。彼はよく生き延びることができたよな。精霊使いだから、ジョブの印が出る前から、精霊が守っていたのか。
「改めて、よろしくお願いします。マシューさん、リカトさん。集落からあまり出ることがなければ、友達も増えないですよね」
僕の問いかけにも、どう答えるべきかわからないみたいだ。おとなしいというか、怖いのかもしれない。
「リカト、ヴァンさんに返事をするだ」
すると、マシューさんは、少し焦ったようだ。僕みたいな子供に気遣いはいらないのにな。
「いえ、大丈夫です。表情でだいたいわかりますよ。頷くか、首を傾げるかしてもらえたら、もっとよくわかるかな」
そう言うと、リカトさんは、かすかに頷いた。あー、この表情は、やはり僕を怖れているのか。精霊使いなら、僕のまとう加護が見えるのかもしれない。
繁華街に来たら、勝手にデュラハンの加護に変わったためかもしれない。まぁ、仕方ないか。
「いらっしゃい、3名様かしらぁ?」
カラサギ亭の扉を開けると、化粧の濃い女性が近寄ってきた。この店の女性店員って、みんな厚化粧だよな。
「はい、あの、カウンターは空いてます?」
「あらぁ、カウンターがいいのぉ? うーん、今日は、おすすめできないわぁ」
店内を覗くと、店の奥のカウンターには、一人の男性が座っているだけだ。マスターと何か話しているみたいだな。ゼクトさんかと思ったけど、違う。
「ちょっと、マスターにお願いもあるんですよ。カウンターにいる男性は、訳ありですか?」
「ふふっ、ウチの店の客の大半は、訳ありよぉ。アナタ達みたいなかわいい男の子は珍しいの」
マシューさんも男の子なのだろうか? オジサンだと思うんだけど。
「カウンターでお願いします」
「はぁい、わかったわぁ。うふっ、知らないわよぉ」
何が知らないのかはわからないけど、マスターの近くにいる方が、この店だと安心なんだよね。
僕の後ろから、マシューさんとリカトさんがついてくる。二人がオドオドしているからか、冒険者達が、やたらとニヤニヤと、二人を見ている。
「マスター、カウンターに3名様よぉ〜」
「はぁん? 3名ならテーブル席に行けや。うん? おまえ、見たことあるな」
マスターが覚えてくれてた。さすが客商売だな。
「ヴァンです。去年、ゼクトさんに伝言を頼みに来ました」
「あぁ〜、なんだか少し大人びたんじゃねぇか? そういえば、裏ではモテてるみたいだな」
裏ギルドのことか。
「あはは、でも、捕まらないですよ、僕は」
「クックッ、そりゃ、そんな護衛を付けていたら、捕まらないわな」
「護衛?」
マシューさんとリカトさんのこと? 彼らの顔を見ると、ブンブンと首を横に振っている。じゃあ、デュラハンのこと?
「おまえ、気づいてねぇのか。腰のとこの毛玉だよ。アクセサリーのふりをしているが、ソイツはサーチできねぇ」
マスターの視線は、僕の左腰のあたりか。身体をひねってみると、確かにアクセサリーのように、黒い兎がついている。全く重さを感じなかった。
「あぁ、この子は、ウチの村の害獣駆除をしてるんですよ。くっついて来ていたなんて、気づかなかった」
「ほぅ、妙なペットだな。あの狂人に見せれば正体がわかるだろうが……。まぁ、いいや。腹は減ってるな? 適当でいいか?」
「あ、はい」
僕が、カウンター席に座ると、二人もおずおずと座った。マスターが僕に話をしてくれたからか、まわりの好奇の視線は減ったようだ。
「マシューさん、リカトさん、この店の料理、すごくエールに合うんですよ」
「へ、へぇ、楽しみだな」
マシューさんはガチガチ、リカトさんはビクビクしている。でも、エールと、出てくる料理を食べて、少し落ち着いてきたみたいだ。
カウンターの端に座っているから、意外と居心地がいいのかもしれない。
「マシューさん、さっきのワイン、何本ありますか?」
「ボトルは少ないだ。10リットル樽は、5つあるだ」
「少し試飲に使っていいですか」
そう尋ねると、コクコクと頷いてくれた。




