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227、リースリング村 〜珍しい来客

 僕はいま、リースリング村にいる。フロリスちゃんを送り届けた後、ファシルド家の転移部屋を使わせてもらって、戻ってきたんだ。


 しかし、あの草原しかない神殿には、大きな屋敷と果樹園があったなんて……。まぁ、確かに、赤いリボンのラフィアさんは、神殿にようこそって言っていたもんな。僕の目には見えなかったけど。


 ゼクトさんの荷物置き場には、集落らしき物が見えたっけ。神殿と似た雰囲気の草原だったけど、あそこは神殿じゃないよな?




 ◇◆◇◆◇



 それから、しばらくは、穏やかな毎日が続いた。魔導学校が休みに入ったから、ずっと、村で農作業の手伝いをしている。


 不思議なことに、バトラーさんからファシルド家への呼び出しもない。ノワ先生は、大丈夫なのだろうか。


 薬師契約は、知らない間に期限が延長されている。二年以内という話だったけど、僕がいろいろな薬を作りすぎたせいかもしれない。ファシルド家の奥様達は、ヒート毒のポーションを作る僕を、他の貴族に取られたくないらしいんだ。



 マルクから借りているスピカの薬屋は、無事、開店したようだ。一階の店舗は、薬師学校の卒業生の働く場として、ジョブ『薬師』のレミーさんが、一応、形だけは管理をしてくれている。


 これは、僕が、レミーさんに利用された感じだな。彼女は、この店の管理をすることで、ジョブ『薬師』としての役割が果たせるらしい。実際には、薬師学校の卒業生に丸投げ状態で、本業のトレジャーハンターに忙しいようだ。


 リースリング村に隠れていた貴族の子供達は、その店舗の警護をしてくれている。ドルチェ家からも、人が派遣されているから、あまり仕事はないらしい。でも、良い気分転換にはなっているみたいだ。


 地下の店は、闇市だから、村の人達には秘密にしている。マルクが裏ギルドに、店員ミッションを依頼してくれているようだ。今は、木いちごのエリクサーだけを数量限定で販売している。


 一度、マルクと一緒に、ボックス山脈へ木いちごのエリクサーを作りに行った。前回以上に、大量のエリクサーができたんだ。当分の間は、売り物の在庫切れの心配はいらないな。


 ボックス山脈のあちこちに、かなり多くの冒険者が、蟲の箱の撤去ミッションで来ているようだ。呪術士のスキルを持つ人が中心になっているらしい。



 噂によると、裏ギルドでの僕の暗殺依頼は消えたようだ。やはり、ノレア様が出していたみたいだな。


 王都では、闇属性の偽神獣の悪霊は、堕ちた神獣ゲナードに喰われたと考えられているようだ。なぜ、そう判断されたのかは伝わっていない。


 たぶん、ゲナードと遭遇した後、天兎のぷぅちゃんが、奴を毛玉に押し込めたからだと思う。だから、偽神獣の悪霊の気配が掴めなくなったのだろう。



 その黒い兎だけど……なぜか、リースリング村に居るんだ。僕の家には入ってこないけど、なんだか村に溶け込んでいる。


 奴は、普通に人の言葉をしゃべる。自分で、獣人の子供だと説明しているようだ。しかも、僕に、ボックス山脈で下僕にされたから近くにいないといけないとか、変なことを言っているんだ。まぁ、従属の技能を使ったけど……。その割には、相変わらず、上から目線な話し方なんだよね。


 奴は、天兎の姿をしているけど、普通の天兎よりは圧倒的に強いみたいだ。村に入り込んだ魔物を、奴は喰っているらしい。だから、畑を荒らす害獣駆除をする獣人の子供として、大事にされているようだ。


 黒い兎は、何を考えているんだか……。



 そして、夏休みは終わり、魔導学校の新学期が始まった。




 ◇◆◇◆◇



「ヴァンさんは、いらっしゃるだか?」


 小屋の片付けをしていると、数人の男性がやって来た。その一人は僕を見つけると、ホッとした笑顔を浮かべている。誰だっけ? 



「泣き虫ヴァンって、オーナーなの?」


「あの子、また来たよ」


「追い返したから、人間を連れてきたのね」


「ほーんと、生意気よね」


「ガメイだもん、生意気でしょ」



 彼らの上に、リースリングの妖精達が集まってきている。男性と一緒に、少年のような妖精の姿も見える。ガメイ村の妖精とは雰囲気が違う。あー、荒野のガメイか。まだ、僕が畑の所有者のままだっけ。


「はい、ヴァンです。こんにちは。えっと……」


「荒野でガメイを育てていますだ。おかげさまで、小さな集落が再建できましてな」


 山奥のあの集落か。魔物に潰されたんだよな。


「それは、よかった」



 訪問客に気づいた婆ちゃんが、彼らを家に招いた。ラスクさんがぶどうパンを食べに来るから、小さな組み立て式の食卓を増やしたんだよね。


「へぇ、このテーブルは便利ですな」


「これは、この子が作ったんですよ。同じパーティの人が、よく来るものですからね」


 婆ちゃんは、なぜか得意げだ。


「木工職人のスキル持ちですね。じゃあ、ちょうどいい」


 嫌な予感がする。


「ヴァンさん、荒野のガメイ畑の所有者をしてくださっていますよね。コイツが、こないだ成人の儀を終えたんですが、ジョブ『精霊使い』だったんですよ」


 若い男性が、ペコリと会釈をした。


「成人おめでとうございます。じゃあ、畑の所有者はその彼に……」


「いや、コイツは、精霊使いなので、それは困るのです。ヴァンさんにはこれからも助けていただきたくて……」


 農家じゃないから仕方ないか。伝言くらいしかしていないから、僕もそんなたいした負担にはなってないけど。


「伝言くらいしかできないですけど」


 そう答えると、顔見知りの男性は、ホッとしているようだ。そして、何かの目配せをすると、一人が魔法袋から、ワインの瓶を取り出した。



「ヴァンさん、これ、どうでしょう?」


 うん? 出来を確認しろということかな。僕は、ボトルを手に取った。


 これは……はちゃめちゃに元気な雰囲気。生意気な若い少年のパワーを感じる。紛れもなく、荒野のガメイで作った新酒ヌーボーだ。


「もう、新酒ができるまでに育ったんですね。元気な若さのあるフレッシュな赤ワインに仕上がっていますね」


「おぉー、やはり『ソムリエ』というのは、すごいだな。やっと、畑は、ワインが作れるまでに育ちましただ。これを、スピカで売りたいのですが……。ヴァンさんは、スピカで薬屋をされていると聞きましただ」


 なるほど、ドルチェ家への売り込みか。ただ、マルクの奥さんは、これは好きじゃないだろうな。


「以前のワインの取引先は、どうなったんですか?」


「あぁ、ぶどうを売っていただけなんです。いま、ウチの集落に流れてきた人達が、ワインの醸造ができるので、赤ワインにして売る方が集落が栄えるだろうと話し合ったんです」


「温泉宿は、されないんですか」


 あっ、マズイことを言ったか。彼らの表情がかげった。たくさんの人が亡くなったもんな。


「すみません。僕、変なことを言ってしまって」


「いや、大丈夫ですだ。温泉が出なくなってしまったのですだ。ボックス山脈の何かが変わったのでしょうな」


 顔見知りの男性が、力なく笑った。そうか、いろいろと変わってしまったんだ。きっと、レピュールやベーレン家のせいだよな。その元凶は、堕ちた神獣ゲナード。


「わかりました。じゃあ、ワインの醸造でいく感じですね。ガメイを使った赤ワインなら、飲みやすいから、ワイン初心者にも抵抗が少ないと思いますし」


 僕がそう言うと、頭の上でリースリングの妖精はうるさかったけど、生意気な荒野のガメイは、キョトンとしている。断られると思っていたのか。



「ヴァンさん、それならドルチェ家に……」


 前のめり気味な男性。この人は、結構、欲深いか。ガメイの妖精が睨んでいる。神矢の【富】が、ワインから別の物に変わると、さっさと集落を捨てそうだな。


「いえ、ドルチェ家の知り合いは、ガメイの赤ワインは好まないと思います。それに、ガメイ村のワインが新酒としては、有名です。荒野のガメイだと、格が落ちます」


 すると、前のめりだった男性は、フンと、手のひらを返すような態度だ。


「やはりな。ソムリエがそう言うなら、勝機はない。あんな小さな集落からは手を引くか」


 この人、最低だな。だけど、素直な人なのかもしれない。顔見知りの男性は、焦っている。はぁ……彼は、ガメイで赤ワインを作りたいんだ。


 僕の言葉にかかっている。


「何か誤解をされていませんか? ガメイの赤ワインは、気取った高級ワインではありません。気軽に楽しむワインです。ドルチェ家ではなく、別の販路の方が上手くいきますよ」


 すると、前のめりの男性は、目を輝かせた。



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