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224、ボックス山脈 〜神殿跡をすすむと

 僕達はいま、白い石造りの神殿らしき建物の前にいる。


「チビ、みんなに魔法はダメって言うんだぞ」


「わかったよ、チビドラゴンさん」


 僕は、チビドラゴンからの伝言をみんなに伝えた。魔法なんて、マルクとテトさんしか使わないだろうけど、一応念のためだ。


 既に、テトさんがマルクに通訳しているみたいだ。二人は、チビドラゴンを安心させるためか、頷いてみせている。



 神殿は、長い間ずっと使われていない古い遺跡に見える。シーンと静まり返っているけど、不思議な何かが隠れているような気がする。


 チビドラゴンの妹や弟は、ここには入れないようだ。神殿跡の中庭らしき場所で、ビードロ達を追いかけて遊んでいる。今日は、天兎を見ないな。危険を察知して隠れているのだろうか。



「チビ、ついてくるんだぞ」


 そう言うと、チビドラゴンは、ひょいひょいと飛び跳ねながら進んでいく。楽しそうだな。


 あちこちが崩れた石造りの建物の中を進むと、大きな岩壁に突き当たった。扉らしきものはない。上を見上げると、美しいガラス細工の窓が見えた。礼拝堂の跡地なのだろうか。


 チビドラゴンは、僕達の方を見て、何かを待っているようだ。一番後ろを歩いていたアラン様が追いついてきた。


 するとチビドラゴンは、ぴょんと飛び上がり、岩壁の少し突き出した場所に乗っている。



 ガタン!


 何かが外れるような大きな音がした。


「えっ? ちょ……床が?」


 床が、ガタガタと下に降りていく。だけど、チビドラゴンは、岩壁から動かない。


「チビ、ぼくは、ここまでしか入れないんだぞ。ふわふわの巣の近くで、昼寝して待っているんだぞ」


「わかった、チビドラゴンさん、ありがとう」


 ロックドラゴンは、やはり、この神殿の鍵なんだな。


 マルクは、固い表情だ。床はどんどん降りていく。少し薄暗くなってきたから、フロリスちゃんも不安そうだ。




 ガタン!


 再び、大きな音がして、床の動きは止まった。



『ようこそ、いにしえの神殿へ』


 頭の中に、女性の声が聞こえた。キョロキョロとまわりを見ても、薄暗くて何も……あっ!


 通路を照らす灯りが、一つともった。


「ヴァン、導きの光だ。進もう」


 マルクがそう言うと、アラン様も頷いている。フロリスちゃんは天兎をぎゅーっと抱きしめている。怖いのだろう。マーサさんが、そんな少女の背をそっと支えている。


「うん、進もう」


 僕達は、灯りのある方へと移動し始めた。すると、その先にも、また新たな灯りが灯った。なるほど、確かに導かれている。


 テトさんが、何かを察知したのか、キョロキョロしている。でも、マルクは、そんな彼を制しているようだ。まわりに何かいるのかもしれないな。


 魔法はダメだと、チビドラゴンが言っていた。このまわりを見てはいけないということなのか。マルクなら、きっと、この薄暗い部屋を明るく照らすことができるもんな。



 灯りの数は、だんだん増えていった。互いの顔や、まわりがはっきりと見えるようになってきた。


 僕達は、ガランとした広い部屋の中を進んでいるみたいだ。マナが濃いのだろうか。あまりにも空気感が違う。壁は、つるんとした不思議な何かで造られているようだ。


 みんな無言で歩いている。何だか、話せない雰囲気なんだ。不思議なピンと張り詰めたような空気感が、僕達を無言にさせている。


 部屋の端に近づいた。行き止まりか。



 ガタガタガタガタ



 部屋の端の壁が、大きな音をたてて上へと上がっていく。


「わっ、眩しいの」


 僕のそばを歩いていたフロリスちゃんが、僕の手を握った。小さな手は、とても冷たい。彼女も緊張しているんだ。


 見えてきた景色に、僕は思わず息をのんだ。ここは、まるで……川底のゼクトさんの荷物置き場のような……。



 たくさんの天兎の成体がいる。ゼクトさんの荷物置き場よりも、圧倒的に広い草原だ。だけど雰囲気というか、受ける印象があまりにも似ている。


「わぁっ! 頭の上に耳がある! 小さな獣人?」


 フロリスちゃんは、驚き、ワクワクしているようだ。少女のその様子を、腕の中で天兎はジッと観察している。なぜか不安そうだな。


「フロリス様、ここは、天兎の集落なのかもしれませんね」


「うん? ぷぅちゃんは、獣人じゃないよ?」


 あれ? ぷぅちゃんが人化したことを忘れているのか。天兎のジト目を無視して、他の人達に目を移した。マーサさんとアラン様も忘れている?


「ヴァン、何だよ、変な顔をして」


「アラン様、ぷぅちゃんは、さっき人化しましたよね?」


「ぷぅちゃんは、兎だろう?」


 マーサさんも首を傾げている。マルクの方を見ると、何かの合図をされた。意味がわからない。だけど、マルクは覚えているんだよな。




 僕達みんなが、草原に足を踏み入れると、背後でガタガタガタガタと大きな音がしている。壁の開閉音は、草原にも大きく響くようだ。



「ようこそ、古の神殿へ」



 長い耳の小さな獣人が、僕達の前に現れた。正確に言えば、フロリスちゃんの前だ。


 片耳には、赤いリボンをつけている。声の感じからしても女性だよな。天兎は、中世的な顔だから、見た目では性別はわからない。


 他の天兎達は、こっちをチラチラ見ているが、警戒しているのか近寄ってこない。他の獣人は、耳にリボンはつけていないように見える。


「こ、こんにちは。獣人さん」


 フロリスちゃんは、緊張しながらも、キチンと挨拶をしている。やはり、彼女には、天の導きのジョブが与えられているのか。だから、天兎は、少女に挨拶をしたんだ。


 僕は、ゼクトさんの言葉を思い出した。フロリスちゃんは、ゼクトさんと同じく、神矢ハンターなんだっけ。


「こんにちは、フロリス様」


「えっ? 私の名前……」


「ふふっ、びっくりしましたか? 私達は、仲間の知る情報を共有できるのです。フロリス様の腕の中にいる子が教えてくれたんですよ」


「へぇ、すごいね、ぷぅちゃん」


 フロリスちゃんにすごいと言われて、天兎は少女にすりすりしている。コイツ、人化した記憶をみんなから消したのか。


「ヴァンさん、この子は、不安なようです。連れて来てくださって、ありがとう」


 赤いリボンの天兎は、僕の考えを覗いたのだろうか。


「いえ、天兎の歌姫だという人から、神殿へ行けと言われたんですよ」


 僕がそう言うと、天兎は、やわらかく微笑み、みんなの顔を丁寧に見ているようだ。サーチだろうか。


「皆さん、あちらにお茶を用意しました。お好みの席へどうぞ」




 突然、現れたテーブルセットも、やはり、ゼクトさんの荷物置き場の雰囲気と似ている。あの場所は、神殿ではなくて、川底だったけど。


「わっ、かわいいお花のクリームが浮かんでる」


 フロリスちゃんは、可愛らしいティーカップの置かれた席に座った。


「エールが置いてある。これって……」


 アラン様は、フロリスちゃんの右隣の席、エールの前で立っている。


「お好みの席って、飲みたい物を用意したのか」


 マルクは、めちゃくちゃ驚いている。そっか、それで、さっき、丁寧にみんなの顔を見ていたのか。


 ゼクトさんの荷物置き場でも、ゼクトさんが食べたい物が揃えてあったっけ。


 マーサさんは、フロリスちゃんの左隣に座った。大きなグラスが置いてある。アイスティかな。


 フロリスちゃんの向かいの席にマルクが座った。マーサさんの前には、テトさんだ。


 ということは、僕の席は、アラン様の向かいの席か。隣のマルクの飲み物は、オレンジジュースかな。テトさんは見えない。


 僕の飲み物は、何だろう? 透明で、炭酸がシュワシュワしている。一口飲んでみると、リンゴの酒シードルだ。しかも、めちゃくちゃ美味しい。一気に飲むと、自然に注ぎ足される。どうなっているんだ?




 僕の左斜め前のお誕生日席には、赤いリボンをつけた天兎が座った。


「皆さん、改めまして、こんにちは。私は、この神殿の留守を預かるラフィアと申します。ここにお招きした皆さんは、フロリス様の味方だと考えてよろしいですか」


 彼女は、この集落の長なのだろうか。僕達の表情を見て、ラフィアさんは、やわらかく微笑んだ。


「フロリス様に甘えている子、可愛らしい名前を授かったのね」


 彼女の視線は、ぷぅちゃんに向けられている。だけど、奴は知らんぷりをしている。


「私が名前をつけたの。ぷぅぷぅって鳴くんだもの」


 フロリスちゃんが、笑顔でそう答えた。


「フロリス様、その子が、兎の姿でなくなると困りますか?」


「えっ? ぷぅちゃんが……うん?」


「その子は、獣人なのです。だけど、フロリス様に嫌われるのが怖くて、大人になれないのですよ」



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