223、ボックス山脈 〜白い天兎と、黒い兎
「もう、従属、使っちゃったよ……」
マルクは、僕が黒い兎に淡い光を放ったのが見えていたようだ。苦笑いをしている。
「まぁ、天兎なら弱いからいいけど……あれ? サーチが効かない」
マルクは首を傾げている。この場所には、まだ魔法を封じる何かが残っているのだろうか。でも、テトさんは、バリアを張ってくれたよね?
「おまえの従属、か。ふん」
えっ? 黒い兎が、なんだか偉そうだ。マルクは、テトさんから、黒い兎が話したことを通訳してもらっている。
「ヴァン、この黒い天兎みたいなのは、何だろう?」
「天兎のぷぅちゃんが、吐き出したんだよね」
少女の腕の中にいる天兎に、皆の視線が集まった。だけど、知らんぷりをする天兎。
「ぷぅちゃん、あの黒い子は誰? ぷぅちゃんの子供?」
フロリスちゃんに尋ねられても、首を傾げている。さっきは人化したくせに、言葉がわからないふり? 何をしらばっくれてるんだよ。
黒い兎に尋ねるしかないか。
「さっき、あぶないって言ってたのは何?」
「その兎があぶないのだ。だが、おまえの従属になったら、手出しはできぬようだな、ククッ」
天兎は、ジト目でこっちを見ている。うーん?
「黒い兎さん、キミは何者? ぷぅちゃんの子供?」
「は? まさか。その兎が、毛玉に俺を押し込めただけだ。だが、ふふっ、これはこれで悪くない」
黒い兎は、ぴょこぴょこと楽しそうに飛び跳ねている。天兎にそっくりな体型だ。白い天兎とは、随分と印象は違うけ ど……。
「ヴァン、とりあえず、レピュールの拠点を探して潰そう。さっきのバケモノは、ここを離れたから、今がチャンスだよ」
マルクの提案に、僕は頷いた。とは言っても、どうやって探せばいいかは、わからない。
「でも、どこに拠点があるのかな? 湖の中?」
湖を覗いてみても、湖底は濁っていて、よく見えない。
すると、チビドラゴンが僕のそばにやってきて、湖の中を覗いている。そして、大げさにのけぞって驚いている?
「チビ、湖の中のゴミは、どっかに行ったぞ」
「えっ? そうなの?」
「でっかい小屋が沈んでいたんだぞ。でも、無くなったんだぞ。あとは、あちこちのゴミを片付けるんだぞ」
移動式の拠点なのか。
「あちこちの草原に撒かれている蟲が入った箱を、片付けなきゃいけないんだね」
「湖のゴミが無くなったから、トカゲにやらせるんだぞ。怖い人間がいないから、アイツらでもできるんだぞ」
そう言うと、チビドラゴンは、咆哮をあげた。
突然、吼えるから、フロリスちゃんが泣きそうになってるよ。天兎のジト目が怖い。
「じゃあ、僕達は、山頂の岩壁の向こう側に向かおうかな」
「ほへ? ふわふわと遊ぶのか?」
「いや、天兎の歌姫っていう人に、神殿に行けって言われたんだよね」
すると、天兎のぷぅちゃんが、少女の腕の中でゴソゴソし始めた。フロリスちゃんは落とさないようにと、きゅっと抱きしめている。
「ふん、あいつ、行きたくないらしいぜ。ククッ」
黒い兎は、楽しそうに笑っている。やっぱり偉そうだよな。天兎が吐き出した毛玉なのに、仲が悪いみたいだ。
「チビ、壁の向こう側で寝転ぶと気持ちいいんだぞ。昼寝するのか」
「それもいいね。あの場所って、神殿跡だよね?」
「ほへ? よくわからないぞ。母さんが来てもいいって言ってるんだぞ」
まだ、転移魔法は使えないらしい。
僕は、ビードロに化けて、フロリスちゃんを乗せた。やはり、どさくさに紛れて、天兎は僕の頭を蹴るんだよな。
天兎が人間の姿に化けたことは、まるでなかったかのように知らんぷりをしている。フロリスちゃんも、首を傾げていたけど、もう気にしていないようだ。
もしかすると、天兎には、人化した姿を忘れさせるような技能があるのかもしれない。
そういえば、僕も天兎に化けたことがある。あれは、化けただけで、村に侵入した奴らが逃げていったんだよな。まさかのアマピュラスだったもんな。
「ぼくについてくるんだぞ」
チビドラゴンは、みんなを乗せたビードロ達を先導して、山を駆け上がっていった。
グォオオ〜ッ!
「ひっ、何だよ、ここは」
僕のすぐ後ろを走っていたビードロの背で、アラン様が小さな悲鳴をあげた。
チビドラゴンが止まった。そして、僕達を見ている。数を数えることはできないだろうけど、みんなが居るかを確認しているようだ。
ロックドラゴンの洞穴からは、数体のドラゴンが出てきた。見分けはつかないけど、話す言葉でだいたいわかる。
あれ? 見たことのない小さな個体もいる。
「薬屋はいないの?」
興味深そうに近寄ってきたのは、チビドラゴンの妹だな。
「チビは、ビードロの真似をしてるんだぞ」
すると、パッと僕の方を見た。
「薬屋? 美味しそう」
「こら! チビは、食べ物じゃないぞっ。チビが世話しているチビが怖がるんだぞ」
兄貴に叱られても平気な妹。こいつ、すぐ食べ物の話ばかりするよな。
「チビドラゴンさん、あの、小さな子は? 初めて会ったときのチビドラゴンさんより小さい……」
「ほへ? 弟だぞ。チビ、知らないのか? あー、この前、来たときは卵だったかもしれないぞ」
グォオ〜
母親ドラゴンが、僕達に、洞穴へ入れと言っている。すると、チビドラゴンは、ふわふわの巣があるとこに行くと説明してくれた。
チビドラゴンの話を聞いて、妹ドラゴンは、走り出した。神殿跡に向かったようだ。すると、小さなドラゴンも真似をしている。
えーっと……子竜の遊び場になっているのか。
「チビ、妹と弟が一緒に遊びたいみたいだぞ。たぶん、ぼくがいないと入れないから、ふわふわの巣の近くで昼寝したいんだぞ」
「そっか、わかった。えっと、ビードロさんは……」
「ビードロは、ふわふわの近くまでしか行けないんだぞ」
白い石造りの神殿には入れないってことか。
「他の人達は、大丈夫かな?」
「ほへ? わからないぞ。入れたら入ってもいいんだぞ」
チビドラゴンは、妹達の声に気づき、走り出した。早く来いとうるさいもんな。
「ビードロさん、このまま、岩壁の向こう側まで付き合ってもらってもいいですか」
「あぁ、坊や、構わないよ。ワシらは、あの場所へはなかなか入れないからな」
ちょっと嬉しそうなんだよな、ビードロ達も。何か、いいものがあるのだろうか。前に行ったときは、天兎を狩っただけだから、あまりよく見てなかったけど。
「マルク、ビードロに乗って、あの岩壁を越えるよ」
「あぁ、わかった。浮遊魔法はいらないんだな」
そういえば、マルクの魔法で岩壁を越えたっけ。
僕達は、岩壁へと走っていった。ビードロって、楽しい。草原を、風をきって走るのって、こんなに気持ちいいんだな。
岩壁の前でチビドラゴンが待っていた。妹ドラゴンや小さな弟ドラゴンは、ソワソワしているようだ。
僕達が追いついたことを確認して、チビドラゴンは、岩壁にぴょんと飛び乗った。彼があの場所に居ることで、岩壁を越えることができるんだよな。
子竜達は、ぴょんと岩壁を飛び越えている。重そうなのに、すごい身体能力だよな。
「ビードロさん、僕達も越えるよ」
「ふふっ、坊や、大丈夫か? 結構、岩壁は高いぞ」
「頑張る」
ビードロ達は、次々とぴょんと飛び越えていく。僕も、ぴょんと飛んだけど……背にフロリスちゃんを乗せていると、イマイチ、高く跳躍できない。
岩壁に激突しそうになったときに、ふわっと身体が軽くなった。うん? 魔法? あっ、腹に深緑色の……チビドラゴンの尾だ。そして、ひょいっと放り投げられ、僕は、岩壁の上に立った。
「チビドラゴンさん、助かったよ」
「チビは、まだまだ赤ん坊だからな。ぼくがお世話をしてあげないといけないんだぞ」
「あはは、ありがとう」
岩壁から神殿跡へ、ふわっと降り立った。
「わぁっ、すっごい、お花がいっぱい!」
フロリスちゃんが、僕の背で大騒ぎだ。チビドラゴンは、言葉を伝えなくても、少女が喜んでいることがわかるようだな。
マルクが、フロリスちゃんを降ろしたのを確認し、僕は、変化を解除した。
「チビ、白い人が呼んでるぞ。やっぱり、ビードロはダメみたいだぞ。他の人間はいいぞ」
白い人?
僕は、みんなに、チビドラゴンからの言葉を伝えた。
「ヴァン、ぷぅちゃんが、イヤイヤしてるの」
「フロリス様、ここに来たのは、ぷぅちゃんと同じ種族の人から言われたからなんですよ」
天兎は、僕にジト目を向けている。
「ぷぅちゃん、いい子だから、おとなしくしてね」
少女にそう言われると、天兎はゴソゴソするのをやめた。
「チビ、ついてくるんだぞっ」




