221、ボックス山脈 〜湖から生まれる奴ら
僕達は、先導するチビドラゴンの後を追うように、草原を駆け抜けていった。
レピュール、いやベーレン家に生まれた奴らが創り出した蟲入りの箱を、チビドラゴンは気にせず踏み潰している。
不思議と、チビドラゴンが踏むと蟲は出てこない。子竜だとはいっても、3メートルほどあるロックドラゴンだ。蟲ごと潰しているのかもしれない。
でも、蟲は普通の人の目に見えないから、スキル『道化師』の変化を使っている僕には、見えなくなっているのだろうか。
草原を抜けると、マナが濃くなったようだ。ビードロに化けていると、僕でも敏感に察知できる。うん? マナの察知ができるなら、蟲も見えるかな。
さらに、水の匂いがしてきた。こんなことまでわかるんだ。やはり、魔物の嗅覚ってすごいな。
「ほへ? なんだか変だぞ」
チビドラゴンは、突然止まった。すぐ後ろを走っていた僕は、止まりきれずに、チビドラゴンに派手にぶつかってしまった。
やばっ! その衝撃で、背に乗せているフロリスちゃんを放り出したかと、僕は慌てた。だけど、マルクが何かの魔法をかけてくれていたから、フロリスちゃんは、スーッと僕の背に戻ってきた。
あ、焦ったー。
「チビドラゴンさん、急に止まらないでよ〜」
「しっ、チビ、静かにするんだぞ」
うん? チビドラゴンが警戒している。ビードロ達もか。
「ヴァン、このすぐ先に、結界が張ってある」
「えっ? マルク、でもまだ、湖はこの奥でしょ」
「この結界に気づくなんて、さすがロックドラゴンだな。知らずに触れた魔物は、消し炭になるんじゃないか」
えっ……。
マルクは、小さな何かを飛ばした。すると、ほんの少し先で、バチッと大きな音がした。
うわっ、何この結界。
「チビ、この膜は、ぼくには無理だぞ」
「膜が見えるの?」
「見えるぞ。びろーんって感じだぞ」
うん? どういうこと?
「魔物避けの魔道具だな。王都の闇ギルドで売っている。結界が衝撃で破られないように、結界は、垂れ幕のような形状のはずだ。人間なら、屈めば幕の下を通ることができるが」
アラン様が口を開いた。闇ギルド? 裏ギルドのこと?
「やはり、王都の闇ギルドは、奴らの資金源なんだな」
マルクがそう言うと、アラン様は頷いている。貴族同士にしかわからない話かな。
テトさんが魔法袋から、大きな何かを取り出した。巨木のように見える。
「これで、魔物避けの魔道具を乗っ取ります。破壊すると、奴らに気づかれてしまうでしょうから」
テトさんが何かの操作をすると、チビドラゴンがのけぞっている。何かを避けるような動きだ。ビードロに化けている僕の目には見えない。
「へぇ、テトは、盗賊のスキル持ちか。しかも、極級だな」
アラン様は、マーサさんにチラッと視線を移した。彼女も頷いている。うん? 何? わかるように話して。
「アランさん、テトは何でも屋なんだよ。緑魔導士だから、こういう系の強奪は得意だよ。よし、これで、逃げ道の確保もできたね。さぁ、進もう」
マルクは、何かを隠しておきたいのかな。サクッと、話を終わらせている。
マルクの言葉を、ビードロ達に伝えると、そろそろと動き始めた。ビードロには見えないとわかったらしく、テトさんが誘導している。
テトさんの誘導に従って、僕も結界に触れないように、緊張しながら進んだ。こういうのって、見えないから異常に怖いよな。
再び、チビドラゴンが止まった。すぐ先には湖が見える。とてもマナの濃い湖だな。うん? だけど、なんだか違和感を感じる。このマナにはネットリとした何かが……。
「ヴァン、この湖、おかしい」
「レピュールの隠れ拠点って言ってたよね?」
マルクは、ジッと湖を見ている。サーチ魔法だろうか。
突然なんだか、僕は落ち着かない気分になってきた。何かの予感? ビードロ達も僕と同じく落ち着かないようだ。
「ヴァン、この湖から……人工的に、精霊イーターが生み出されてる」
「えっ?」
マルクがそう言った直後、湖から噴水のような水しぶきが上がった。それは、だんだんと大きくなり……。
ザザザッ!
「きゃー」
僕の背にいるフロリスちゃんが悲鳴をあげた。
ふいに軽くなった。マルクが浮遊魔法を使って彼女を地面に下ろしたのか。
僕は、変化を解除し、フロリスちゃんを僕の背にかばった。
「おばけ……」
少女は震えている。次々と、湖から出てくる奴らは、青白く半透明な……幽霊のような姿をしている。
マルクは、一瞬ダメな顔をしたけど、切り替えたようだ。昼間でよかった。夜なら、きっと無理だよな。
「ヴァン、あれ、やるか。奴らは、ビードロも俺達も狙ってるぞ」
銀竜に化けろということだよね。僕は、りんごのエリクサーを口に放り込んだ。ビードロに化けて、ここまで走ってきたけど、それほど魔力量は減ってないようだ。
「奴らは、スキルを狙ってるんだよな。精霊イーターは、堕ちた精霊を喰うはずなのに」
コイツらは、喰った生き物の姿に化けるんだったよな。こんな幽霊のような状態なのは、今、生まれたばかりだからか。普通の精霊イーターは、犬のような獣なのに。
「本当に……誰がやっても、許されることじゃないな。ましてや、神官家だぜ」
マルクは、怒っているのか、眉間にシワを寄せている。そして、みんなの方を振り向き、口を開いた。
「テトは、俺とヴァン以外のみんなにバリアを張って。ビードロ達もだよ。俺達の足だからな。マーサさんは、お嬢様に見えないように隠してあげて。アランさんは、俺達が撃ち逃した奴を頼む」
いや、僕もバリア歓迎なんだけど。テトさんの負担を考えたのか。
「ヴァンが、メインで奴らを減らして。俺は状況をみて、サポートする。子竜は、きっと逃げるよな。ビードロは、どうだろう?」
「バリアを得たら、応戦できると思うよ。一応、説明しておく」
僕は、チビドラゴンとビードロに、作戦を打ち明けた。チビドラゴンは、嫌がっていたけど、どんどん増える人工的な精霊イーターを放置なんてできない。
「さぁ、ヴァン、始めるぜ」
「うん、わかった」
アラン様も剣を抜いた。マーサさんは、フロリスちゃんをきゅうっと抱きしめている。天兎が苦しそうにバタバタしてるように見えるけど。
彼女達の背後には、ビードロが二体いる。なるほど、ビードロは、三人を守ることにしたみたいだな。
僕は、スキル『道化師』の変化を使った。同行者を守り、そして人工的な精霊イーターを倒せる姿に……そう念じると、ボンっと音がして目線が……あれ? なぜか高くなった。銀竜じゃないの?
「ちょ、ヴァン! こんな木々に囲まれた場所でそれはマズくないか。それに、湖から生まれてきている奴らは、火に強いんじゃないか?」
「いや、たぶん、大丈夫なはず……」
すると、チビドラゴンが近寄ってきた。
「チビ、爺ちゃんに化けるのは、やめたんだな。それなら怖くないぞ」
「えっ? 弱いのかな」
「炎竜だぞ。ぼくは、炎は平気なんだぞ。炎竜は、気性が荒いけど、優しいんだぞ」
「そっか」
ぶわっと、数十体が同時にこちらに迫ってきた。僕は、そっとブレスを吐いてみた。
ゴゴゴッ
すさまじい炎が、奴らをのみ込んだ。すると、断末魔のような叫び声とともに、奴らは跡形もなく消え去った。
「なるほど、ヴァン、よくわかったな。奴らの弱点は火だ。こんな場所では、まず火は使わないからな。しかも水場だ。見た目からも、奴らは水属性だと思ったけど」
マルクは、ニヤッと笑った。
するとマルクは両手に炎玉を作り、奴らをターゲティングしたようだ。
ヒュンヒュンと、小さな火の玉を飛ばし、面白いように撃ち落としている。マルク、こわっ。ビードロ達がビビってるよ。チビドラゴンは、炎は平気らしい。自分でも、火を吐いている。
僕も、負けじと、精霊イーターに向かって炎を吐いた。チビドラゴンが、なんだか楽しそうにしている。炎竜のことは、好きみたいだな。
そして、僕達の隙をついてビードロを襲う奴らには、アラン様が剣に炎をまとわせて、ぶった斬っている。さすが、ファシルド家。めちゃくちゃ強い。
突然、マナの流れが変わった。いや、止まった?
湖から精霊イーターは生まれなくなった。全部片付けることができたのかな。
「ヴァン、口を開けて」
「何? マルク……うん? 木いちごのエリクサー?」
もう片付いたじゃないか。
だけど、マルクは警戒している。
あれ?
僕は、解除していないのに、人間に戻ってしまった。
「クソっ、逃げるぞ!」
マルクは、焦っている。
「まさか、逃がすわけないでしょう?」




