220、ボックス山脈 〜竜神からの指令
「ほへ? チビがビードロの真似をしているのか?」
うっそうとした森の端で、落ち着かない様子だったチビドラゴンは、ビードロに変化した僕を一目で見抜いた。
「チビドラゴンさん、僕、上手く化けてると思うんだけど、どうしてわかるんだよ」
「チビのことは、わかるんだぞ。ぼくは賢いからな」
そう言って、ふんぞり返る姿は、やっぱりかわいいよな。3メートルほどあるけど、まだまだ子供だ。
「チビドラゴンさん、偉いね」
僕が褒めると、デレデレしている。ふふっ。
「そうだ、あの甘い薬、母さんは好きみたいだったぞ。ボクは、前のやつの方が好きなんだぞ」
木いちごのエリクサーは、大人向けなのかな。りんごのエリクサーは、確かに爽やかな甘さで美味しいよな。
「そっか、よかったよ。じゃあ、また、新作が出来たら、食べてもらわなきゃね」
「母さんも、待ってると思うぞ」
僕達の会話は、テトさんには理解できているよな。彼は、なんだか変な顔をしている。子竜の独特な話し方が伝わりにくいのか。
「この大きな魔物も、ヴァンの従属?」
僕の背に乗るフロリスちゃんは、僕にそっと耳打ちした。うー、こそばゆい。ビードロって、耳を触られるとこんなにくすぐったいのか。僕は、ビードロに乗ったときは、いつも耳を握ってたんだよな。ちょっと反省。
「フロリス様、そうですよ。ロックドラゴンの子竜です」
「こんなにおっきいのに子供なのね」
チビドラゴンは、少女が何を話しているかが気になるみたいだ。結構、人懐っこいよな。
「チビ、背に乗せているチビを世話しているのか」
「そうだよ。まだ七歳だから、優しくしてあげてね」
「ほへ? 七歳って何だ?」
あー、わからないか。
「生まれてから、まだ少ししか時間が経ってないってことだよ」
「なっ? 卵なのに、話せるのか? そのチビは、すごい賢いんだな」
えーっと、どう説明したらいいんだろう?
あっ、テトさんが笑ってる。すると、すぐ後に、マルクも笑った。テトさんがマルクに魔物の言葉を通訳しているのか。二人が話す声は聞こえない。念話の魔道具を使っているのかな。
何かに気づいたらしきチビドラゴンは、大げさに驚いている。
「チビの友達の魔法使いもいたのか。ビードロだらけで気づかなかったぞ」
マルクが、ビードロの背から、さっさと手をあげて挨拶をすると、チビドラゴンもそれを真似た。前にも同じことがあったっけ。チビドラゴンは、なんだか得意げだ。その様子に、テトさんは目を見開いている。
「チビドラゴンさん、すっかり挨拶を覚えたね」
「ぼくは、賢いから、人間の挨拶ができるんだぞ」
「ふふっ、びっくりしたよ。ほんと、賢いね」
ふんぞり返りからのデレデレ。ふふっ、かわいい。
すると、チビドラゴンは、また、短い手をひょこっと挙げた。その視線は僕の背だ。
「わぁっ、手をあげたら、魔物が真似した〜」
「フロリス様、マルクが人間の挨拶を教えたみたいです」
「マルク様ってすごいのね」
フロリスちゃんも、好奇心旺盛なところがあるよな。その反面、アラン様は無言だ。驚きで言葉が出ないのか。
「チビ、臭い人間が来たぞ」
「うん? あっ、この臭いは、蟲か」
森の先は、木々の生えていないゴツゴツとした岩場が広がっている。これを人間が歩いて越えるのは難しい。臭いは、岩場の先からだな。
「坊や、この先の草原にも、人間が人間を殺す箱がばら撒かれたみたいだ。酷すぎるな」
「ビードロさん、これを撒いているのって……」
あっ、ぶわっと臭いが強くなった。目を凝らしてみると、冒険者が箱を踏んだのか、蟲が出てきている。
だけど、さすがボックス山脈に出入りする冒険者だ。蟲に気づき、何かの魔法を発動した。浄化のような魔法だ。聖魔法だろうか。
「ヴァン、俺達の動きを予測して、先回りしている連中がいるんだな」
「アラン様、無差別かもしれませんけど」
アラン様は、緊張した表情で何かの魔道具を操作している。奴らが誰かを狙っているのか。
うーむ、ビードロに化けている僕の可能性は低いか。とすれば、フロリスちゃん、いやアラン様か。だけどマルクという可能性もある。はぁ、狙われそうな人ばかりなんだよな。
「チビ、臭い人間は、迷惑なんだぞ」
「だよね。うーむ」
「坊や、この付近には、あの不愉快な箱があちこちに落ちているんだ。ワシらは、警戒して避けるが、人間は気づかない」
チビドラゴンがここまで迎えに来たのは、そのためか。きっと、ビードロが知らせたんだろう。
また、蟲の臭いが漂ってきた。ボックス山脈では、人が通れる道は限られている。まるで、それを封じているかのようだ。
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使った。フロリスちゃんを乗せているから、画面を動かせないけど。
ゴツゴツとした岩場を抜けると、広い草原がある。さっき、まわり道をせずに進めば、あの草原にたどり着く。やはり無差別に、入山者を排除しようとしているのか。
「ヴァン、どうする? フロリスやマーサも一緒だ。危険なことはできない」
アラン様も、この先の道を確認したみたいだ。
「あの蟲の箱って、どれくらいあるんだろう? ビードロなら、避けて通り抜けることができると思うけど」
マルクがそう言うと、テトさんが何かの術を使い始めた。彼自身が淡く光っている。
「この『63』地区に集中して撒かれているようです。あの湖に通じる道をすべて塞いでいるのかもしれません。何かを始める気でしょうか」
テトさんがさらに術を重ねている。だけど、断念したみたいだ。湖のサーチを試したのかな。
「この近くの湖に、何か……あっ、まさか、偽神獣がいる?」
僕は、思わずそう叫んでしまった。失敗した。みんなに一気に悲壮感が漂っている。
「チビ、湖なら行き方はわかるぞ」
いや、行かないから。
「チビドラゴンさん、その湖には近寄らないよ。恐ろしい魔物が隠されているかもしれない」
「ほへ? 人間の方が恐ろしいぞ」
『不快なゴミを排除せよ』
突然、頭の中に声が聞こえた。僕がキョロキョロしていると、マルクもキョロキョロしていた。
あっ……居た!
太い樹の幹に、七色に輝く半透明の小さなトカゲがいる。これは、この山の竜神様だ。
「ほへ? 爺ちゃんの声が聞こえたぞ。怒ってるんだぞ。ぼくは、まだ何も悪いことはしていないんだぞ」
チビドラゴンは、頭を抱えて小さくなっている。そっか、竜神様を怖がっているんだっけ。
『人間のことは人間が始末しろ。さもなくば、竜を統べる資格などない!』
竜神様は、僕に言ってるんだ。だけどマルクも、何か聞こえているようだ。神妙な顔をしている。
だけど、ばら撒かれた無数の蟲の箱をどうすれば……。あの箱、ひとつでマルクは瀕死の重傷を負ったのに。
そう考えていると、半透明なトカゲはスッと姿を消した。呆れたのかもしれない。
「ヴァン、とりあえず、その湖に行くしかない。そこに、レピュールの隠れ拠点があるようだ」
「マルク、今の声、聞こえた?」
「あぁ、竜神様だな。貴族なら、腐った神官家を正す義務があると言われたよ」
うん? 話が違う。
「僕には、人間のことは人間が始末しろって。じゃないと竜を統べる資格はないって」
すると、小さくなっていたチビドラゴンが立ち上がった。
「チビ、爺ちゃんが怒ってるぞ。爺ちゃんの山がゴミだらけだから片付けろって、怒ってるぞ」
テトさんが、マルクにチビドラゴンの言葉を伝えたらしい。マルクは、チビドラゴンの方をチラッと見て頷いた。
「どうやら、竜神様からの指令だな。俺達と子竜で、山の掃除をしろということだ。たぶん、レピュールを追い出せってことだよ」
マルクは、魔法袋から木いちごのエリクサーを出して、パクリと食べた。
「マルク様、ヴァンさんと行かれるつもりですか」
テトさんは、少し動揺している。
どうしよう。フロリスちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だからといって、どこかに置いていくのも、怖がるよな。
「みんなで行こう。ボックス山脈で、離れるのは危険だ。転移魔法が使えないからね」
マルクがそう言うと、テトさんはホッとしたみたいだ。でも、アラン様やマーサさんは、顔面蒼白なんだよな。
フロリスちゃんは僕の背に乗っているから、表情は見えない。痛っ、また天兎が、僕の頭を蹴った。抗議の蹴りか。
だけど、みんなで行動する方がいい。それに、このままだと、チビドラゴンのすみかへたどり着けない。
「うん、湖に行こう!」
僕のかけ声で、ビードロ達は一斉に、森から飛び出した。




