22、山間の荒野 〜生意気な荒野のガメイ
ぶどう畑にある、大きめの山小屋のような小屋には、十人ほどが住んでいるそうだ。もともとは名もなき村に居たが、行き来が不便なので、畑に小屋を建てたらしい。
温泉宿のある村と、このぶどう畑の間を流れる川は、雨季には増水して通れなくなるそうだ。行き来するには、下流にある橋を利用しなければならないらしい。
だから、畑には暮らせる小屋が必要だと、昨年の秋の収穫後に建てたばかりなのだそうだ。
「もし、俺達がここに小屋を建てていなかったら、今頃、魔物の腹の中だな……」
「これからどうすればいいか、何も考えられないよ」
「いつ、また魔物が川を越えてくるかと、毎日怯えなければならないのか」
彼らは、まだ、名もなき村が魔物に襲撃された事件から、立ち直っていない。当然だ。親しい人達を突然失ったのだから。
襲撃の日、畑には灰色の霧がかかったのだという。その霧を吸うと視界が真っ暗になったらしい。だから、ぶどう畑への影響が心配だと話している。
彼らは妖精の声を聞くことができないから、ぶどうの木が、ほぼ壊滅的な状況だったことに気付いていないんだな。
「おい、おまえ達は、何者だ?」
小屋の住人の話を聞いていると、突然、目の前に小さな人達が現れた。その表情は、警戒心マックスだ。
「あ、キミ達は、ガメイの妖精さんだね?」
僕が彼らの目を見たことで、彼らはさらに警戒した。
「ヴァンくん、突然どうしたんだ?」
「彼の前に、妖精が現れたみたいですよ」
不思議そうな住人に、マルクが説明をしてくれた。すかさずフォローしてくれるマルクのこういうところって、本当にすごい。大人と話す技量が半端ないんだ。
説明は、マルクに任せよう。妖精さんの声が聞こえなくても話がわかるように、なるべく気をつけて話さなきゃ。
僕は、住人の人達に、軽く頷き、妖精さんの方を向いた。
「僕は、リースリング村のヴァンだよ。キミ達の仲間のひとりが、ここのことを知らせに来たんだ。時間がない、助けてくれって」
「おまえ、俺が見えているのか?」
「うん、見えているよ。やんちゃそうな男の子が、たくさんふわふわ浮かんでいる。リースリングの妖精さんは女性なのに、ガメイの妖精さんは男の子なんだね」
あれ? なぜか悔しそうな顔をしている。何かマズイことを言ったっけ。
「他の妖精のことなんて、知らねーよ」
「リースリングなんて、きゃんきゃんうるさいだけじゃねーか」
「お高くとまっているシャルドネよりは、マシじゃねーの?」
「確かにシャルドネよりは、かわいい」
「かわいいのは、マスカットだろーが。リースリングはキツイ奴も多いぜ」
「そうだよ、リースリングはプライドが高いんだよ」
「プライドが高いのは、シャルドネだろーが。いつもツンケンしやがって」
なんだか、ガメイの妖精さん達は……文句が多いんだな。いや、妖精さんの中で格付けのようなものがあるのかもしれない。
シャルドネというのは、白ワイン用のぶどう品種だ。オーク樽などを使って熟成させた辛口ワインが有名だ。また、シャンパンの原料のひとつでもある。
気候の差や醸造方法によって、味が大きく変わるのも特徴のひとつ。まるで同じぶどう品種だとは思えないほど、貴婦人のようにも、元気すぎるお姉さんのようにも化けるんだ。
マスカットは、そのまま食べるぶどうとして有名だが、白ワインも作られている。爽やかでフレッシュなワインになる。スパークリングワインとしても親しまれているんだ。
なんだか、ガメイの妖精さんが言う、シャルドネやマスカットの妖精さんのイメージって、ワインのイメージと似ているような気がするなぁ。
だけど、実際に会ったことがないから、ガメイの妖精さんの話だけで、判断するのも良くないよね。
「ガメイの妖精さん、ぶどう畑の様子はどうかな?」
僕がそう尋ねると、彼らは文句を言うのをやめた。でも、めちゃくちゃ睨んでくる。
「おまえ、何者だ?」
「えーっと、だから、僕はリースリング村のヴァンだって名乗ったよ」
「何をしに来た?」
「それも話したよね? キミ達の仲間が、リースリング村に来て、時間がないから助けてくれって言ったから」
「リースリングに助けなんて求めるわけないだろーが」
「いやいや、僕は、リースリングじゃなくて、リースリング村で生まれ育ったんだよ。妖精じゃないよ? 人間だから」
あっ、何か相談を始めた。リースリングの妖精さん達は、彼らのことをクソガキって言っていたっけ。ふふっ、なるほど、確かにクソガキかもしれない。元気で生意気盛りな男の子だもんね。
「ガメイの妖精さん、畑の様子を聞きたいんだ。一応、土の中の毒は分解して、土壌改善をしたつもりだけど……。腐っていた根を伸ばしたから、ぶどうの木は土壌の養分を吸収できたと思うんだけど、大丈夫かな?」
「おまえは、何者だ?」
「だから、リースリング村の……」
「違う! リースリングじゃないことはわかった。紛らわしい村の名前なんて聞いていない。人間! おまえは、何者だ!?」
えっ? 僕がリースリングの妖精だと思ってたの? 妖精さんは、みんな蝶のように小さいのに、どう見てもサイズが違いすぎるでしょ。
あ、そっか。ここには、ソムリエが来たことがないのか。声を聞くことができる人がひとり居ただけなんだ。荒野のガメイは、自分達の姿が見える人間がいることを知らないのかもしれない。
僕のジョブ『ソムリエ』の知識では、この地にガメイが育っていることは知られていないようだ。ぶどうの木も若い木ばかりだ。最近、新たに開墾された畑なのかもしれないな。
助けを求めにきたガメイの妖精さんは、スピカの街に行ったから、いろいろと知ることができたんだ。
「僕は、ジョブ『ソムリエ』のヴァンだよ」
「ソムリエ? だから、見えるのか」
「おかしいぜ。ソムリエは、俺達の声を聞いてワイン選びをするだけのスキルじゃないか」
「そうだ、なぜ畑を乗っ取った!」
あー、それを怒っていたのか。
「ガメイの妖精さん、勝手に畑の所有者の宣言をしたことは謝ります。許可を取りたかったんだけど、キミ達はバリケードの中だったから話せなかったんだ」
「この畑は、トローとかいう奴が作ったんだ。そいつを騙して乗っ取ったのか」
「トロー、さん?」
その名を口にすると、小屋の住人が、あっ! と叫んだ。
「ヴァンさん、トローンです。ここの畑を作った、姿なき導きが聞こえる男です」
「そうなんですか。妖精さんが、この畑はトローンさんが作ったのに、なぜ僕が所有者の宣言をしたんだと、怒ってるんです」
「えっ? ヴァンさんが畑の所有者?」
「はい、ですが、一時的なものです。所有者じゃないと、農家の技能を使って畑の改良ができないので、その宣言をしてから、畑をいじったんです」
「なぜ、畑を?」
「皆さんには見えていなかったようですが、ぶどうの木が弱ると、それに宿るぶどうの妖精さんも弱るんです。普通、妖精の加護があれば、ぶどうは順調に育つのですが、今回のような圧倒的な襲撃には、太刀打ちできません。それでも、妖精さん達は、皆さんをギリギリまで守ってくれていたんですよ」
「そうでしたか、俺達は守られているのか」
「はい、ここに、そのガメイの妖精さん達がたくさんいますよ」
「おぉ〜、ありがたいことだ。おかげで魔物に見つからず、今まで生き延びることができたんですね」
「でも、いつまた、魔物に襲われるか……」
そうだよね。ここも危険だ。さっきも、すごく大きな魔物が川を渡って来たんだし。
「それなら心配ありませんよ。たくさんの冒険者が、今頃は魔物を蹴散らしています。十人以上の魔物ハンターが来ていますからね」
マルクは、柔らかな口調でそう話した。あ、そっか。マルクの転移跡を追って冒険者達が来るなら、もう今頃は狩りの最中だ。
「おぉ〜、それは、なんとありがたい」
小屋の住人達は、みんなホッとして力が抜けたみたいだ。疲れ果てているよね。あっ、そうだ。僕は、魔法袋から、ぶどうのエリクサーを取り出し、みんなに配った。
「体力や魔力が回復します。食べてください」
彼らは、少し戸惑っている。あ、そっか、不気味だよね。僕も食べれば安心するかな。
僕もひとつ、口に放り込んだ。あー、思いっきり魔力が減っていたみたいだ。だから、ふらふらしたのか。
僕が食べると、彼らもみんな食べてくれた。みんな、すっごく驚いている。
「こ、これは、ぶどうのエリクサー!?」
「はい、偶然の産物ですけどね。僕、薬師のスキルを持っているので」




