218、ボックス山脈 〜ヴァン、ビードロになる
「マルク、従属達って、両方ってこと?」
さっき、検問所で言ってたのは冗談じゃないわけ?
「ビードロだけでいいよ。この辺には、変な魔道具が仕掛けられてるんだ。転移にも干渉する。だからって、俺達だけで、歩いて越えるのは厳しいからさ」
「あー、護衛かぁ」
「まぁ、そんな感じかな。というか、ビードロが乗せてくれると嬉しいんだけど」
もしかしてマルクは、またビードロに乗りたいのかもしれない。なんだか、ワクワクしてるんだよな。
一応、後ろを振り返ってみると、やはり、検問所の兵がジッと僕達の様子を見ている。
うーむ、まぁ、ビードロなら大丈夫かな。ボックス山脈に出入りする人達からすれば、ビードロはザコみたいだろう。
ビードロさん、来て欲しいんだけど〜。
僕がそう念じると、転移してくるかと思ったら、ぴょーんと、どこかから下りてきたみたいだ。そっか、近くで護衛してくれてたんだな。
アラン様が剣に手をかけた。マーサさんは、フロリスちゃんを背にかばっている。
「アラン様、やめてください。僕が呼んだんです」
「えっ……こんな巨大なヒョウの魔物を……従えているのか。というか、ヴァン、様呼びは禁じたはずだぞ」
「あはは、そうでしたっけ」
ビードロは、なぜか五体だけだ。僕達は、六人と一匹いるんだけどな。
「坊や、ワシらは、人間が頻繁に出入りする場所は、4〜5体で動くことが多いんだよ」
「そっか。確かにここに大群で来ると、狩られちゃいそうだもんね。近くにいてくれたんだね」
「あぁ、子竜から、ワシらが坊やの足になれと言われているからな。気配を察知して、あの崖で待機していたよ」
ビードロが示したのは、とんでもなく高い崖だった。なるほど、これだけ離れていれば、検問所の兵も気づかないか。今は、めちゃくちゃ警戒されているんだけど。
「ビードロさん、チビドラゴンさんのすみかに行きたいんだけど、いま、転移魔法が干渉されるみたいなんだ」
「あちこちに、不愉快な変な箱があるからな。こんな場所で人間同士のケンカは、やめてもらいたいが」
他の個体も、そうだそうだと鼻息を荒くしている。だよね、ボックス山脈は、魔物のすみかだもんな。
「ヴァン、お嬢様には、ちょっと厳しそうだよ」
マルクは、思案顔だ。フロリスちゃんは、マーサさんの背後に隠れている。子供から見れば、ビードロはあまりにも巨大すぎるバケモノだよな。
あっ、いいこと考えた!
「マルク、じゃあ、フロリス様は僕が乗せていくよ」
「へ? 何を……あっ、ビードロに化ける気?」
「うん、裏ギルドでも、使ったんだよね」
すると、テトさんが口を開いた。
「ヴァンさん、あれでは小さすぎます」
「テトさん、あのときは、最小サイズにしたんですよ。質量を変えない方が楽だから、この質量のままで化けてみます」
僕は、スキル『道化師』の変化を使った。質量はこのままで、フロリスちゃんが怖がるなら、サイズを小さくしよう。
ボンッと音がして、僕の目線は、少し低くなった。
「なっ!? 坊や、どうして?」
ビードロ達が、僕の姿を見てザワザワしている。見た目がおかしいのかもしれない。
「ビードロさん、僕、上手く化けれていますか?」
「あぁ、可愛らしい赤ん坊だな。だが、どうやって……」
赤ん坊!? まぁ、ビードロの寿命から考えれば、確かに赤ん坊か。
「これは、マリンさんから貰った神矢のスキルなんです。なりきり変化だから、言葉も伝わってるといいんだけど」
すると、従属にしていない他の個体が、ニコニコしている。ビードロに化けると、奴らの表情がよくわかる。ということは、奴らも僕の表情がわかるんだろうか。
「言葉もわかるよ、ベイビー。なんて可愛らしいんだ」
「保護欲をかき立てられる。だからコイツは、キミを守ると言っているのだな」
そ、そうなんだ。他の個体から、ジロジロと見られて落ち着かない。だけどそんなことより、フロリスちゃんだ。
「フロリス様、僕はヴァンです。怖くないですよ?」
マーサさんの背後にいた少女は、テテテと走ってきた。そして、天兎を放り出して、ガバッと僕の首に抱きついた。放り出された天兎からの、ジト目が怖い。
「ヴァン、ふわっふわ。かわいい〜!」
「よかったです。あの、ぷぅちゃんが拗ねてますよ?」
「あっ! しまった。逃げちゃう」
だけど、天兎は、投げ出された場所で、僕をジト目で睨みながらも、おとなしくしている。フロリスちゃんに仕えているんだから、逃げ出すわけないんだけどな。
フロリスちゃんに抱きかかえられると、天兎は、僕へのジト目をやめて、少女にすりすりしている。嫉妬か?
「ヴァン……だよな?」
アラン様が、不思議そうな顔で近寄ってきた。
「はい、ヴァンですよ」
「従属に化けるスキルなんてあるんだな」
「いえ、これは、スキル『道化師』のなりきり変化です。イメージした生き物に化けられます」
「へぇ! 面白いな。俺も道化師のスキルはあるが、ポーカーフェイスくらいしか使えないぞ。超級? いや、まさかの極級か?」
「超級ですよ。けっこう、面白いです」
突然、マルクが僕の首に何かを巻いた。
「マルク、何してんの?」
「手綱が必要だろ。お嬢様を落としたら大変だからな」
あー、なるほど。マルクは、フロリスちゃんの腰にも何かを巻きつけている。いろいろな道具を持っているよな。
「フロリスお嬢様、さぁ、ヴァンの背に乗ってみましょう。浮遊魔法を使いますね」
「は、はい」
マルクに紳士的に微笑まれ、フロリスちゃんは少し赤くなっている。そして、おしとやかな表情を必死に作っている。ふふっ、かわいい。
僕の背には、フロリスちゃんと天兎が乗った。イテッ! 天兎が僕の頭を蹴るんだよな。
「ぷぅちゃん、暴れちゃだめだよ。これは、魔物じゃなくて、ヴァンなんだよ?」
少女にそう言われると、天兎はおとなしくなった。
「あら、ぷぅちゃんは、魔物からフロリス様を守ろうとしたのかしら」
マーサさん、それは違いますよ。ぷぅちゃんは、僕だとわかっていて蹴ってるんですよー。
「マーサ、ぷぅちゃんは、良い子なの」
「ふふっ、そうですね」
フロリスちゃん、ぷぅちゃんは悪い子ですよー。
そして、マルク、テトさん、アラン様、そしてマーサさんは、それぞれビードロに乗った。僕の従属の個体は、誰も乗せていない。先導する気みたいだな。
「じゃあ、坊や、行くぞ。ワシの後ろからついてくるんだ。他のみんなは、坊やの走るスピードに合わせるからな」
「ビードロさん、わかりました」
「あはは、今は、坊やもビードロだぞ」
従属のビードロがそう言うと、他の個体もゲラゲラと笑っている。へぇ、笑い声なんて初めて聞いたかもしれない。もともと、会話は、わかるんだけどな。
「フロリス様、手綱をしっかり握っていてくださいね」
「うんっ。マルク様が、魔法をかけてくれたよ。絶対に落ちないから安心してって」
「そうでしたか。じゃあ、僕は、頑張って走りますよ〜」
横を検問所をくぐり抜けた冒険者達が、怪訝な顔をして通り過ぎていく。だけど、騒ぎにはならないんだな。さすがボックス山脈だね。
「坊や、行くぞ」
「はーい」
僕は、従属のビードロの後ろを駆け出した。僕のスピードを見ながら、道も走りやすい場所を選んでくれている。
疲れるかと思ったけど、全然疲れないな。これよりも、もっと速くても走れそうだ。だけど、初めてビードロに乗ったアラン様やマーサさんは、このスピードに、少しビビっているみたいだ。
しばらく走ると、嫌な臭いがしてきた。何だ?
すると、先導していた従属のビードロは、進む方向を変えた。そして、うっそうとした木々が茂る場所で立ち止まった。
「坊や、少しまわり道になるが、この森を抜けていくぞ」
「ビードロさん、道を変更しました?」
「あぁ、あの先の草原には、たくさんの箱が撒かれたみたいだ。人間が人間を殺す箱だ」
「えっ……」
「ヴァン、ここで少し休憩しよう」
マルクは、どこかを見ながら苦笑いだ。あっ……アラン様とマーサさんは、顔面蒼白だな。
「うん、わかった。ビードロさん、ここで少し休憩してもいいですか」
「あぁ、構わない。この森は、ワシらの森だからな」
「マルク、僕、解除するけど……」
「うん、解除していいよ」
フロリスちゃんを下ろす気はないのかな。
僕は、変化を解除した。すると……。
「ぎゃっ」
僕は、そのまま、べちゃりと地面に突っ伏した。意外に重いんだよね。フロリスちゃんと天兎。
「きゃはは、ヴァンが、ぺったんこ〜」




