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215/574

215、商業の街スピカ 〜ファシルド家、裏庭の異変

 この姿は……アマピュラス。


 昔、神官家の戦争を止めたと言われている、天からの使いだ。その怒りに触れると、人間なんてひとたまりもない。その視線だけで、何万という人間を瞬時に消し去る。そう、魔導学校で習った。


 僕は、何というモノに変化へんげしてしまったんだ。


 だけどアマピュラスは、実在しない架空の獣かと思っていた。まさか、天兎の戦闘形だったなんて……。


 村全体に意識を向けてぐるりと見回すと、すべての状況が瞬時に情報として頭に入ってくる。もう、危険はなさそうだな。僕は、変化を解除した。



「ヴァンか……。はぁぁあ、死ぬかと思った」


「村長様、すみません。過激なスキルを使ってしまいました」


「い、いや、助かった。まさかの神獣人アマピュラスが現れるなんてな。伝説上の生物かと思っていたが……」


「僕も、驚きました。イメージだけで変化へんげを使っているので……あはは」


「姿が変わっただけじゃないだろう? 圧倒的な威圧感というか、畏怖で……胸が締め付けられるように苦しくなったぞ」


「それは、すみません。でも本物じゃないですから、安心してください」


「あ、あぁ……」


 説得力のないことを言ってしまった。村長様は、苦笑いだ。さすがにマズかったよな。


「じゃあ、僕は失礼します」


 僕は、軽く挨拶をして、村長様の屋敷を出た。




 逃げた奴らは、上層部にどんな報告をするのだろう。手引きをしていた男は、僕が化ける瞬間を見ている。さらに、僕を捕まえようとする依頼が増えるか。


 いや、そんなことより……ノレア様が、正式に僕の暗殺依頼を出すかもしれない。どうしよう……。



『ノレアの坊やのことなら、気にしなくていい』


 えっ? デュラハンさん、どういうこと?


『天兎は、精霊より格下だからな。アイツが怖れているのは、精霊を滅ぼす可能性のある偽神獣だ。オレに闇の神獣の悪霊をぶつけて、両方を消し去ろうと考えている』


 はい? なぜ、そんな……デュラハンさんは妖精じゃないか。ノレア様は、精霊を束ねる役割が……。


『そう、精霊がこの世界の支配者でいたいらしい。アイツは、格下の妖精のことなんて、ただの道具としか考えてねーんだよ』


 そんな、ひどい!


『そこで、だ。オレは当然、消えるつもりはない。だが、ノレアの坊やが危惧している神官家の愚行には、オレとしてもこれ以上黙っていられない』


 う、うん。嫌な予感しかしないんだけど、何?


『ヴァン、さっさとオレを精霊にしろ。そうすれば、闇の神獣の悪霊くらい、オレなら倒せる』


 はい? どうやって?


『おまえなー。オレは首を見つければ精霊になれると、話しただろ? 忘れたのかよ』


 あー、そんなことを言ってたね。でも、どうやって探すの?


『はぁ? 海竜の島で、オレが妖精の印を付けていたのを忘れたか?』


 涙形の印だよね。覚えてるけど? あっ、オレの首を探せー、とか言ってたっけ。見つかったの?


『あぁ、見つかったというか……やはりな、という感じだ』


 うん? どういうこと?


『王宮にある。ノレアの坊やが、隠しているんだ』


 えっ、ノレア様が?


『オレを自由に操りたいんじゃねーか?』


 それって、デュラハンさんが危険だからだよね。


『は? こんなかよわい妖精に向かって、何を言ってんだ? ノレアの坊やは、自分のせいで世界の秩序が崩れてしまうと焦っている。アイツが王宮の神殿教会の神父になってからは、神官家が舐めたことばかりしているからな』


 世界の秩序?


『ただの傲慢だぜ。いや、器が小さいんだよ。坊やでは無理だってことだ』


 デュラハンさん、毒舌だね。まぁ、そうなるか。





 僕は、こっそりと家に戻ると、そのまま私室へと入った。


「ヴァン、どこへ行っていた!?」


「うげっ、父さん、なぜ僕の部屋にいるんだよ」


「ここで待っていないと、戻ってきても気づかないだろ」


 まぁ、ごもっとも。


「ちょっと、仕事の件で、貴族の屋敷に行っていただけだよ。伝言を頼まれていたからね」


「じゃあ、なぜ、コソコソする?」


 それを怒っているのか。今はもう、デュラハンの加護は強めていない。だけど、父さんの考えはだいたいわかる。


「父さんも母さんも、僕のことを十歳の子供だと思ってるよね? 父さん達がスピカに移り住んで、もう五年以上も経ったんだよ? もっと僕のことを、信用してくれてもいいじゃないか」


「何を言っている? 子供が間違った方向に進もうとしているのを正すのが、親の役目だ。おまえは、まだまだ子供じゃないか」


「成人の儀は二年以上前に終わったし、仕事もしている。父さんこそ、何を言ってるんだよ」


「それなら、なぜ、裏ギルドに……」


 そこまで言って、父さんは口を閉ざした。そっか、知ってるんだ……僕の暗殺依頼が裏ギルドに出ていることを。


 だから、こんなに噛み合わないんだ。僕が人に恨まれるようなことをしていると、心配しているのか。




『ヴァンくん、起きていますか?』


 ファシルド家からの呼び出しの魔道具だ。僕は、父さんをチラッと見て、手で制した。


「はい、起きています。バトラーさん、急患ですか?」


『おぉ、よかった。すぐに来られますか? ノワさんの手に負えないみたいで』


「はい、ちょっと一瞬、待ってください」


 そして、父さんの顔を見ると、父さんは部屋から出て行った。ちょ、伝言を頼みたいのに。


 僕は、食卓でくつろいでいる爺ちゃんに声をかけた。


「爺ちゃん、ファシルド家から、急患の呼び出しなんだ。出かけてくるね」


「こんな夜遅くにかい? わかった、気をつけてな」


 僕は頷き、呼び出しの魔道具に触れた。


「バトラーさん、大丈夫です」


『夜遅くにすみません。転移しますよ』


 僕は、爺ちゃんに手を振り、スッとその場から消えた。




 ◇◆◇◆◇



「はぁ、ヴァンのやることが、俺には全く理解できないよ」


 ヴァンの父ケビンは、ポツリと呟いた。


「おまえは、これまで、ヴァンのことを見ていなかったからな。それに、珍しいジョブじゃ。ワシらと生き方が違うのは、当たり前だろう」


「でも、父さん……ヴァンは、何かに巻き込まれているようなんだ。裏ギルドに出入りする人から、ヴァンらしき少年の暗殺依頼が出ていると聞かされたよ」


「あぁ、そんなことを、導きの声も言っていたな」


「なっ? 父さんは、それを知っていて、ヴァンを自由にさせているのか」


「ケビン、おまえよりもヴァンの方が大人じゃぞ? 何を焦っているのだ。あの子には、精霊様の強き加護がある。おそらく、神様から、何かの使命を与えられて生まれてきたのじゃろう」


「ただの農家の子供なのに」


 ケビンは、寂しげに呟いた。


「何か、大きな変化の時期にきているのかもしれん。村で預かるフリックにも、不思議なチカラがあるようじゃ。ワシらは、若い子供達を信じて見守ってやるべきだろう」


「はぁ……ヴァンには、そんな力なんて……」


「ふっふっ、いい加減に子離れするのじゃ、ケビン」



 ◇◆◇◆◇




「ヴァンくん、夜遅くにすみませんね」


 僕は、ファシルド家の屋敷裏の畑に、移動していた。暗くてあまり何も見えない。ノワ先生の姿も見当たらないんだけどな。


「大丈夫です。えっと、急患じゃないんですか?」


「怪我人ではないんです。ノワさんには、全くわからないらしくて」


 そう言いながら、バトラーさんは、畑のあぜ道を歩いていく。この先は、フロリスちゃんの部屋の裏の泉跡に繋がっている。


「畑で、何か異変でも?」


 もしかして、こんな場所にも、あの趣味の悪い魔道具が隠されているのか? だとしたら、大変だ。


「畑ではなく、泉の方なんですよ。この先は、何かの力で進めなくなるので、ノワさんは、屋敷の横から様子を見てくれているんですが……」


「フロリス様の部屋の裏の泉跡ですか?」


 バトラーさんは、頷いた。まさか、フロリスちゃんが狙われている? 最近は、かなりマシになっていたはずなのに……あっ、あの黒服か。


「まさか、あの黒服が……」


「いえ、レンくんではありませんよ。彼は、あれ以来、いろいろと清算したようです。今では、フロリス様の盾となっていますよ」


「そう、ですか」


 僕は、なんだか少し寂しさを感じた。もう、フロリスちゃんの黒服は、アイツなのにな。



「ここからでも見えますよ。私はこの先へは、進めないのですが……」


 バトラーさんが指差した先には、たくさんの妖精が集まっていた。ほぼ枯れていたはずの泉が復活している。


 急に、マナが濃くなったように感じる。


「あの泉付近から、ずっと歌声のようなものが聞こえているんですよ。気味が悪くて、奥様方から眠れないと……」



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