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214、リースリング村 〜まさかの天兎?

「ドルチェ家の倉庫跡地……もしかして、そのドルチェ家の人間というのは、太ったオバサンのことか?」


 貴族の屋敷で隠れ住むフリックさんは、マルクの奥さんのことを知っているようだ。だけど、太ったオバサンかと尋ねられて、そうだとは答えにくい。


「えーっと……大柄な女性だったと思います。僕は、チラッとしかお目にかかっていないのですけど」


「チラッと見れば、わかるだろ。ふふん、フリージアとかいう名前だったか。若い男が好きらしいな」


 僕は、返す言葉が見つからない。


 だけど、言葉とは裏腹で、彼は、フリージアさんに悪い感情は持っていないみたいだ。逆に、親しみに近い感覚があるようだな。


 デュラハンは、彼が王都の最有力貴族ガーシルド家の生まれだと言っていた。同じ王都の大商人貴族ドルチェ家とは、交流があるのかもしれない。


 だけど、この屋敷の冒険者貴族は、フリックさんの素性を知らないみたいだ。僕も、デュラハンからしか聞いていないしな。


「フリック、そういう嫌味な言い方は、やめなさい。ヴァン、それは、子供達をドルチェ家が守ってくれるということか?」


「それについては、近いうちに来るドルチェ家の使者に尋ねてください。この屋敷で預かっている子供達で、剣術が得意な数人に、お願いしたいんです」


「それなら、フリックが適任だ。ヴァンも引き止めてくれ」


 フリックさんの方を見ると、彼は複雑な表情を浮かべている。デュラハンの加護を強めているけど、彼の頭の中は、見えにくい。竜神様の娘の息子……つまり孫か。竜神様のチカラの何かを受け継いでいるんだろうな。


 だけど、自分の存在がまわりに迷惑をかけていると感じているようだ。憎まれ口を叩くのは、その素直な感情を隠すためか。


 僕は、好感を抱いた。理由なんてない、ただの直感なんだけど。この人に、店の護衛を任せたい。



「フリックさん、お願いします。あの、ジョブの印は、もう出ていますか?」


「俺は、老けて見られるみたいだけど、まだ成人していない」


「そうですか。じゃあ、僕は成人しているので、フリックさんに、ひとりの大人として言います。僕の店を手伝って、人との接し方を学んでください」


「は? 何を……」


「それに、フリックさんが村を出て行っても、奴らは追ってきますよ。ここにいる方が安全です」


「俺が居ると、こんな田舎の村なんて、皆殺しにされるぞ」


 そうか、彼は、それを怖れているのか。


「何を言ってるんですか? そんなこと、させるわけないじゃないですか」


 デュラハンの加護を強めた状態で、こんな風に言うと冷たく感じるのか。貴族の冒険者が、ゴクリと喉を鳴らした。


「おまえは、弱いくせに……」


 わざと悪態をついているから、言葉が続かないみたいだな。


「ジョブの印が現れていない子供よりは、マシだと思いますよ」


 少し挑発すると、カチンときたらしい。ふふっ、なんだか可愛いな。だが、もうひと押しか。


「招かれざる客は、僕が追い払いますよ。坊やは、おとなしくしていてください」


「俺を子供扱いするなよ! せっかく、村に被害が出る前に、奴らを引きはがしてやろうと思ったのに」


 子供なら、守られていればいい。


 おそらく、彼はずっと命を狙われてきたんだろう。貴族の後継争いは、異常すぎる。




『ヴァン、手引きしていた奴が来るぜ』


 うん、わかった。


 応援の人達は、村長様の屋敷を取り囲んでいる。こちらに走ってくる男の姿が見えた。アイツが手引きしていたのか。



「大変だ! 村長さんの屋敷に妙な結界が張られた。銀髪の子供を引き渡せと要求されているぞ」


 下手な芝居だな。


 彼は、僕が居ることに少し驚いたようだが、気にせず、フリックさんの腕をつかんだ。デュラハンが言っていたように、確かに調子に乗っている。貴族の屋敷で、大胆すぎる行動だ。


「おまえが、妙な奴らを手引きしたんだろ!」


 貴族の冒険者がそう言って、彼の手を振り払おうとした。だが、フリックさんの腕には、いつの間にか拘束具がはめられている。


「ふん、バレていたか。だが、もう遅い」


 その男は、ニヤッと笑った。転移する気か。


 僕は、フリックさんの手を握った。驚いた表情で、彼は僕を見ている。


「転移の魔道具を発動すると、僕も連れていくことになりますよ?」



 そう言いつつ、僕は、スキル『道化師』のなりきり変化へんげを使った。彼らが怖れるモノ、そしてフリックさんが怖がらないモノ。


 ボンッと音がして、僕の姿が変わった。うん? ドラゴンではないのか。目線が少し低くなった。全身に白い毛が生えている?


 そして、僕が手を繋いでいるフリックさんの腕の拘束具が、パッと砕け散った。僕は何もしていないつもりだけど、彼の様子から見て、この変化へんげした魔物の力のようだ。


「なっ!? 天の使い……」


 その男は、突然、ひれ伏した。ちょ、どういう状況?


『あははは、まさかの天兎かよ。ヴァン、そんなもんに化けてどうする気だ?』


 天兎? デュラハンさん、天兎の成体は、こんなに毛はなかったよ? 人間とほとんど変わらなかった。


 ゼクトさんの荷物置き場にいた天兎は、自分達を獣人だと言っていた。こんな、魔物っぽい姿ではない。


『それは、天兎の戦闘形だろ? オレの加護でよくわからねーんだよ』


 デュラハンの加護が弱まった。すると白い毛が、まるで逆毛をたてているかのように、ぶわっと広がった。黄色味を帯びた光をまとっている。


「ヒッ! お、お許しください」


 その男は、ものすごい勢いで逃げていった。



「ヴァン、その姿は何だ?」


 そう声をかけられた方を見ると、なぜか貴族の冒険者までが、ひざまずいた。はい? どういうこと?


「こっちを見ないでくれ。心が痛い。懺悔でもなんでもするから……」


 懺悔? 何を言っているんだろう。



「フリックさんは、ここに居てください」


「あ、あぁ、あの……神殿の人……」


 神殿の人? あぁ、天兎は、神殿跡に棲んでいるからか。彼のお婆さんが天兎だから、この姿の天兎を見たことがあるんだな。


「僕は、ヴァンです。この姿は、スキルを使って、ちょっと借りているだけですよ」


 僕は、やわらかく微笑んだつもりだが、この姿では上手く笑えているかはわからない。だけど、フリックさんがホッとした顔をしているから、まぁ、大丈夫か。


 貴族の冒険者達も、僕から逃げるように避けていく。なんだかよくわからないけど、これでいけるんだろう。




 村長様の屋敷に意識を向けると、スッと移動していた。な、何? 勝手に転移した?


 屋敷に仕掛けられた魔道具による結界を破ろうとしていた武装した人達は、僕に気づき、ハッと息をのんだ。そして固まってしまっている。


 どんな姿なのか、イマイチわからないけど、光ってるもんな。そりゃ、誰でも警戒する。


 僕が結界の光に触れると、バチッと音を立てて、檻のような結界は砕け消えた。魔道具が燃えている。僕は、何をしたのかはわからない。


 そのまま、村長様の屋敷の中に意識を向けると、また瞬時に移動した。闇の精霊様の動きに似ているけど、移動による空気抵抗を全く感じない。



 僕の姿を見て、村長様を拘束していた奴らの表情は、凍りついている。まるで時が止まったかのように、誰も動かない。


「あの子を狙うのは誰ですか」


「ヒッ! ま、まさか……申し訳ございません! 人間の血が混ざった卑しい子供だからと……ハッ、いえ、あの、お、お許しください」


「あの子を利用するつもりですか」


「と、とんでもない。あ、あわわわ、ひぇ……」


「この村に、趣味の悪い魔道具を仕掛けたのは誰ですか」


 彼らをジッと見ていると、泡を吹いて転がる男、胸を押さえる男……。この天兎の視線が苦しいのか?


 僕が近寄ると、奴らはジリジリと後退する。だんだん、呼吸さえ出来なくなってるきたのか、顔色もおかしくなってきている。


「この地から立ち去りなさい。再び、あの子に近づこうとするなら……」


 ここで言葉を止めた。奴らは苦しそうにしている。これ以上見ていると、死んでしまうのではないだろうか。


 ダン! と、床を鳴らした。


 すると、その音に怯えたのか、僕の意思が伝わったのかは不明だけど、奴らは逃げ出した。誰も振り返らず、全力疾走だ。村から出ると、奴らの気配が消えた。転移で逃げたか。



 村長様や使用人達に目を向けると、彼らも、貴族の冒険者と同じように、ひざまずいた。


「僕は、ヴァンです。すぐに拘束具を外しますね」


 触れようと考えただけで、拘束具は砕けた。


 ふと、ガラス窓に映った自分の姿に気づいた。えっ? この姿は……。




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