213、リースリング村 〜不思議な雰囲気を持つ人
「婆ちゃん、ちょっと貴族の屋敷に行ってくる」
「おや、ヴァンちゃん、また出かけるのかい? もう遅いから、ご迷惑じゃないかい」
「さっきは、ミクがついてきたから、大切な話ができなかったんだ」
本当は父さんが居たから、なんだけど。
「わかったよ、村からは出ないんだね」
僕が頷くと、婆ちゃんは、行っておいでと言ってくれた。母さんに見つかると、きっと止められる。僕は、そっと家を抜け出した。
婆ちゃんと話すために一時的に弱めてあったデュラハンの加護は、家を出ると、また強まった。僕がまとうデュラハンのまがまがしいオーラが、夜の闇に溶けていくようだ。
なんだか、父さんに話せないことが増えてきたな。スピカに部屋を借りた話は、大丈夫か。一階の薬屋の話もギリギリセーフかな。だけど、地下の闇市のことは、絶対に話せない。
『ヴァン、奴らは、村長の家に行く気だぜ?』
うん、何かあると貴族の屋敷に連絡が来るでしょ。手引きをしている人って、村長様の屋敷の人?
『いや、貴族の屋敷に出入りしているひとりみたいだな』
そっか。その人はいま、村長様の屋敷にいるのかな。
『あぁ、オレのオーラを警戒していたが、今は調子に乗ってるみたいだぜ』
何人かが、確かに警戒していたな。
『おまえが気づかないから、調子に乗ってるんじゃねーか』
そうかな? でも、デュラハンさんも僕に何も言わなかったでしょ。僕が気づかない方がいいと思ってたんじゃない?
『ククッ、ちょっとだけ賢くなってきたじゃねぇか』
ちょっとだけ? まぁ、いいけど。
「おや、ヴァン、どうした? そんな姿で」
貴族の屋敷の門番は、何か落ち着かない様子だ。
「こんばんは。ちょっと、仕事の依頼に来ました」
「それなら冒険者ギルドに言ってくれ。いま、至急確認しなければならないことができてな」
彼は、村長様の屋敷の方をチラチラと見ている。ちょうど、村長様の屋敷に数人の人が向かっていくのが見えた。
「やはり、クロか。チッ!」
門番は、屋敷の中へ駆け込んでいった。僕には、入るなとは言ってないよな。
開け放された屋敷の扉に近寄ると、焦った門番の声が聞こえてくる。
「村長さんの屋敷に残っているアイツら、やはり何かを知っている。仲間らしき奴らが村に入る手引きをしたぞ」
「まずいな。やはり、ルーミント様の指摘が正しかったか」
うん? ラスクさん?
ピカッと、外で何かが光った。
門に戻ってみると……村長様の屋敷が何かに覆われているのが見えた。結界だ。しかも、強い光を放っている。魔道具か。
「な、なんだよ、あれはまさか……」
いつの間にか戻ってきた門番が、その表情をひきつらせている。彼の焦りが伝わってきた。拘束結界か。そういえば、海竜の島でゼクトさんが捕らわれた檻のようなものと似ている。
「おい、マズイぞ。すぐに応援を呼べ!」
「もう、呼んである。だがなぜ、村長の屋敷を狙ったんだ?」
「人質か」
すると、村の入り口から、たくさんの人が駆け込んできた。武装している。こうなることを予測していたのか。
彼らは二手に別れ、武装した人達は村長様の屋敷に向かった。一部はこちらに来る。
「やはり、あの脅迫は本気だったか」
「だが、なぜ、捨てた子供を預かっているだけで、こんなことを……」
脅迫? 彼らの考えが見える。貴族の屋敷にかくまっている子供の関係者から、引き渡し依頼があったのか。それを突っぱねたことで、村ごと潰すと脅迫されたらしい。
だけど、それに違和感を感じたことから、ラスクさんが警戒を促していたようだ。リースリング村に滞在したことのない者は、決して村に入れるなと。
「なんだ? コイツは」
応援に来たひとりが僕の姿を見て、剣に手をかけた。デュラハンのまがまがしいオーラが見えるらしい。
「おい、やめろ。この村の子だ」
門番がそう言うと、彼は剣から手を離した。そして、何かに気づいたような表情を浮かべた。
「青ノレアの薬師か?」
僕は、軽く頷いた。精霊師だとは知られていないのか。
「脅迫って、どういうことですか?」
そう問いかけると、彼らの頭の中から僕の知りたい情報を知ることができた。
「とある貴族に、なぜか目をつけられてな。リースリング村が欲しいのかもしれない」
いや、違う。リースリング村から出て行けと脅されているようだ。奴らは、貴族の跡継ぎ争いに負けた子供が欲しいんだ。
なぜだろう?
「脅迫してきた貴族って、有力貴族なんですか?」
「まぁ……それなりに、な」
彼の頭に浮かんだ貴族の名を僕は知らない。スピカには居ない貴族なのだろうか。
『ヴァン、その名に濁点をつけて、伸ばしてみろよ』
うん? ヘレン家を伸ばす? あっ……。
『貴族のフリをするときの偽名だ』
ベーレン家か。
『そもそも、貴族の後継争いが激化しているのは、あぶれた貴族の子供を教会が奪うためだ。おそらく、奴らが狙っているチカラのある子供がここにいるんだろ』
そうか。普通なら貴族の家で命を狙われた子供は、教会に預けられて、そこで下働きして暮らすもんな。
『そして、レピュールに加入する。幹部候補としてな。そうやって奴らは、レピュールに多大な影響を与えるようになったみたいだぜ』
さっきの蟲の件も、奴らの仕業?
『他に、あんな悪趣味な魔道具を作る奴がいるか?』
だよね。でも、狙っている貴族の子供が犠牲になるかもしれないのに……。
『だから、手引きする奴を潜入させていたんだろう。その子が貴族の屋敷から出ないようにな』
そっか。なんだか安心した。僕が居るせいで、村にあの魔道具を仕掛けられたのかと思ってたから。
『ふん、おまえは、つまらないことを気にしすぎだ』
「俺のことを引き渡せと言ってきたんだろ! 村から出て行けばいいんだろ!」
うん? 屋敷の中から、大きな声が聞こえてきた。子供というより、僕と同じくらいに見える銀髪の中性的な雰囲気の人だ。
「フリック、だめだ。村長も約束してくれている。ルーミント様からも必ず守れと……」
「俺がここに来てから、嫌がらせばかりじゃないか。他の子を巻き込んでまで隠れていたくない!」
あの子、なんだか不思議な感じがするな。神秘的な髪色のせいだろうか。
『そりゃそうだろ。竜神の子孫だからな』
ええっ! デュラハンさん、まじ? 竜神様の? 人間に見えるけど、半魔?
『人間のその呼び方は、わからねー。どこかの竜神と天兎の間に生まれた娘の子供だ。王都のガーシルド家だったか』
ガーシルド家といえば、ナイトの貴族の中でも最有力貴族だ。ファシルド家もナイトの家だけど、ガーシルド家の方が圧倒的に格上だ。
確か、いま、すべての貴族の中で首位だよな。魔導学校で、そんな話を聞いたことを思い出した。
「フリック! だめだ、おい!」
飛び出してきた銀髪の不思議な人は、僕にぶつかりそうになって足を止めた。
「なっ、何者だ!?」
彼は剣に手をかけた。デュラハンのオーラが見えるんだな。
「僕は、この村で生まれ育ったヴァンといいます」
「なんだ、そうか。悪い。妙なオーラに驚いた」
「これは、僕が契約している妖精の加護です。僕自身は弱すぎるので……」
「なるほど、危機を察知すると、姿を隠すのだな。そうか、キミがこの貴族達を動かした薬師か。トロッケン家に狙われていると聞いた」
「はい。ですが、今はトロッケン家以外にも狙われているんです」
彼は、納得したように頷いている。裏ギルドの情報を知っているのかな。幼さが残る顔立ちから、僕よりも年下だと感じた。
「フリックさん、僕は、スピカに薬屋を開くことになったんです。薬師学校の卒業生を店員として雇う予定なのですが、変なお客さんから店を守ってくれる人を募集していまして……」
「ヴァン、悪いが、俺では力になれない。もう、村を出て行く。俺のせいで、村長にも迷惑をかけた。俺が謝っていたと伝えてくれ」
彼は荷物は持っていないように見えるが、魔法袋は、一つ身につけている。
「フリック、だから、それはダメだと言っているだろう」
「ヴァン、悪いが取り込み中だ。それに、そんな依頼は、冒険者ギルドへ言ってくれ」
貴族の冒険者達は、彼を屋敷の中へ戻そうと必死だ。
「ドルチェ家から、近いうちに使者が来ます。僕は、この屋敷に隠されている子供達に、普通の暮らしをしてもらいたいんですよ」
ドルチェ家という名を出すと、彼らの態度が変わった。
「ヴァン、ドルチェ家の店を出すのか?」
「ドルチェ家の倉庫の跡地に店を出します。店の所有者は、マルク・ルファス。僕の親友です」




