212、リースリング村 〜重い空気、ナイスな妹
僕は今、村長様の屋敷に戻ってきている。
畑で作ったぶどうのエリクサーは、まだ成分の確認ができていないので、とりあえず麻袋に入れて、手に持っている。
魔法袋の空きスペースに余裕で入る量しかないけど、出来が悪かったら、古い物との区別しておかないと困るもんな。
村長様の屋敷では、貴族の人達が、畑での出来事を話している。僕は、その隙に、薬師の目を使って成分の比較をしてみた。
二年前に初めて作ったぶどうのエリクサーは、もう残り少ない。これは、マルクにかなり助けてもらったんだよな。
今回は自分ひとりで作ったけど、あの頃よりも薬師のスキルレベルが上がったためか、尊色ない仕上がりだ。
ひとつ食べてみた。うん、味もほぼ同じだ。これなら、区別しなくても大丈夫だな。
だけど、木いちごのエリクサーよりは劣るか。
あれは、スキル『備え人』の予備タンクまで回復すると、レミーさんが言っていた。ボックス山脈の濃いマナに、マルクの力が加わると出来が違うんだよな。
ふと、視線を感じて顔をあげると、たくさんの目が僕を見ていた。まだ、デュラハンの加護は強めたままだ。なぜか、デュラハンが弱めないんだよな。
あっ、もしかしたら、デュラハンは、偽神獣が近寄ることを警戒しているのか。
「ヴァン、その姿は、どうした?」
口を開いたのは、父さんだ。貴族の人達から話を聞いていたんじゃないのか。うーん……デュラハンの加護が強いと、いろいろと考えが見えてしまう。覗き見をしているような罪悪感を感じるけど、仕方ないか。
そうか、何人かが、僕の姿を恐れているんだ。だから、父さんが、僕を問いただす役割か。
妹のミクは、きょとんとした顔で、僕の方を見ている。怖がってはいない。コイツ、めちゃくちゃ根性あるじゃないか。いや、まがまかしいオーラが見えないだけか。
「父さん、これは精霊師の技能のひとつだよ。僕は、邪に堕ちたわけじゃない。堕ちると精霊師ではいられなくなるよ」
そう説明すると、何人かが、ホッとしたようだ。このまがまがしいオーラがはっきり見える人は、怯えているんだよな。さすがに、デュラハンと契約関係にあるとは言えない。
「さっきの光は、その精霊師の技能なのか? そんなスキルをどうやって手に入れたんだ」
父さんには、何も話していなかったよな。だけど、そう言いつつ、父さんは、貴族の人達からだいたいの話は聞いたみたいだ。だけど、僕に直接確かめたいのか。
「精霊師の技能だよ。ボックス山脈で、精霊ブリリアント様を偶然助けたことがあって、そのときに、いただいたスキルなんだ」
「なぜ、そんな危険な場所に出入りしたんだ」
あちゃ……やっぱり父さんは怒っている。いや、不安なようだ。父さんはジョブ『農家』だし、冒険者登録はしているけど、あくまでも身分証としてしか使ってないんだっけ。
「ちょっと、いろいろあって……。もう二年も前のことだから、よく覚えてないよ」
適当に誤魔化してみる。だけど、父さんの心には疑惑しかない。僕が、変なことをしているのではないか、そう心配しているみたいだ。
重い空気になった。
父さんは、村長様の屋敷だからか、それ以上は何も言わない。だけど、僕と離れて暮らしていたことを後悔している。はぁ……父さんの頭の中では、僕はまだ十歳の子供なんだ。
知りたくないことが見えてしまう。いや、知っておくべきことなのかもしれないけど……。
極級ハンターになりたいからだなんて、絶対に言えないな。きっと、めちゃくちゃ心配をかけてしまう。
「まぁ、しばらく離れて暮らしていたんだから、知らないことも多いだろう。だけど、ヴァンは、もう大人だ。少しは信頼してあげなさい」
村長様の言葉に、父さんは複雑な笑みを浮かべている。
僕がこの村に、貴族の人達を招き入れたことも、父さんは知らなかったみたいだ。あまりにも知らないことが起こりすぎて、感情の整理がうまくできないみたいだな。
「にいちゃんは、すごいまほうがつかえるのっ。せんせいだもん」
妹のミクが、なぜか父さんに教えている。ミクがそう言うと、父さんの表情はやわらいだ。
「そうだな。ミクの兄ちゃんは、なぜか魔導学校の先生をしているんだったな。ジョブ『ソムリエ』だというのに……」
「そむりえより、せんせいのほうがいいよっ」
「ミク、兄ちゃんに与えられた仕事はソムリエなんだよ。それをサボって遊んでいてはいけないんだ」
父さんはジョブ『農家』なのに、酒屋の手伝いをしているじゃないか。ここ数年、ほとんど農家の仕事をしていないくせに……。
「うん? せんせいは、あそんでるの?」
妹は、首を傾げている。
「いや、ボックス山脈に何をしに行ったか知らんが、ヴァンは、神様から与えられた仕事をサボっているんだよ」
「うん? せんせいをしてたんだよ、ねー? しらないおじさんが、おしらせにきたもん」
ミクは昨日の話をしているらしい。魔導学校から、家に連絡が入ったときに、妹も聞いていたようだ。
父さんは、酒屋の手伝いをしているから、僕の『ソムリエ』というジョブが誇らしいみたいだ。お客さんから、僕がどこのレストランで働いているのかと、尋ねられることもあるようだ。
それなのに、僕がフラフラしていると感じて、怒っているんだよな。はぁ……しばらく離れて暮らしていたから、いろいろとすれ違っている気がする。
やはり、ハンターの話はできないな。
「あっ、すみません。おすそ分けしますね」
僕は、雰囲気を変えようと、貴族の冒険者達に笑顔を向けた。
「嬉しいね。でも、買い取らせてもらう方がいいかな。相場がよくわからないんだが」
「そもそも、闇市じゃなきゃ、手に入らないだろ」
「いつもお世話になっているので、お金はいりませんよ。さっきのような魔道具を見つけたら、触れずに冒険者ギルドに連絡してくださいね」
僕は、麻袋のぶどうのエリクサーの半分ほどは、魔法袋へ収納し、残りをテーブルに置いた。
「村の人で、必要な人もいるでしょうから、村長様、お願いしてもいいですか?」
「おぉ、わかった。では、皆で分けるとしようか」
村長様に渡して正解だったな。貴族の人達にも、村の人達にも、上手く分けてくれている。
「ふわぁぁあ」
ミクが、大あくびをした。コイツ、いい根性してるな。だが、複雑な顔をしていた父さんには、いいキッカケになったようだ。
「娘が寝てしまいそうなので、そろそろ失礼しますね。ヴァンも、帰るぞ」
「えっ、あ、うん」
ここは従う方が良さそうだな。僕も、一緒に家へと戻った。
「ヴァン、いつまで、そんな姿をしているつもりだ?」
家に帰ると、父さんはいきなり説教モードだ。僕がふざけていると感じているのか。デュラハンがまだ加護を強めたままにしているのは、きっと理由がある。だけど、そんなことを、父さんが理解できるとは思えない。
「僕は、まだ未熟だから、上手く制御できないんだ。そのうち、元に戻るよ」
「は? おまえ、そんないい加減なことをしているのか? 妙なスキルは危険を伴う。遊び半分で使っていいものじゃないんだぞ!」
むちゃくちゃだな。僕は、カチンときたが、それと同時に、父さんの頭の中が見えてしまった。くっ、反論できない。
「父さんが心配するようなことはないよ」
「制御できないスキルを使うなどと……」
「とうさん、みく、おふろ」
妹は、ふわぁぁとあくびをしながら、父さんのシャツをぎゅっと握っている。
「そうだな。ミクは、もう寝る時間だ。お風呂に入ろうな」
なんてナイスなんだ、妹よ!
父さんは、チラッと僕を睨んで、ミクを抱きかかえて風呂へ向かった。助かった〜。
デュラハンの加護を強めていなければ、絶対にケンカになっていた。言いたくないようなことまで言ってしまったかもしれない。
父さんは、とんでもなく不安なんだ。僕のことを心配している。僕に妙なスキルがあるから、村に災いを呼び寄せるのではないかと恐れている。
確かに……その心配は、当たりだ。
僕が超級薬師だから、トロッケン家に狙われている。そのために、貴族の冒険者が、村を守りに来てくれているんだ。
だが、しかし……。
なぜ、蟲が飛び出す魔道具が仕掛けられたんだろう?
まさか、僕を暗殺するために、村全体を狙ったのか。デュラハンが加護を弱めないのは……。
『ヴァン、どうやら、奴らが来たようだぜ』
えっ? デュラハンさん、奴らって、何?
『気づかなかったのか? 手引きをしている奴がいる。悪趣味な魔道具の関係者だな』




