211、リースリング村 〜あの魔道具が……
「うぐっ」
駆け込んできた貴族が、屋敷の床に倒れた。
デュラハンさん!
もう一度、デュラハンの名を強く念じると、彼の加護が強くなった。僕は、まがまがしいオーラを放っている。
「きゃー!」
怯えさせたか……。
振り返ると、村長様の奥さんの視線は、倒れた貴族に向いていた。彼の腰から赤いものが床に広がっている。僕のまがまがしいオーラには気づいていないらしい。
「父さん、ミクと離れて!」
「わかっている。ヴァン、なんだ? その姿は」
「後で説明する。時間がない」
僕は、倒れた貴族の左腰に触れた。ドクドクと血が流れている。毒だと思って、彼は自分で患部を切ったようだ。さすが冒険者、適切な判断だ。だが、これは毒ではない。しかも屋敷の部屋なのにな。
流れ出た血の中にもいるようだ。デュラハンの闇のオーラを広げると、床に広がった血の中にいた奴らも、悲鳴をあげて消えていった。
倒れた貴族に、りんごのエリクサーを気化して吸収させた。よし、ここは、これで大丈夫か。
「ヴァンさん、対処法を知っているんだな。何かよくわからないものが飛び散って、他の奴らが次々と倒れたんだ。畑が血に染まっていって……」
この人には、蟲は見えているんだな。
「貴方は、もう大丈夫ですね」
そう尋ねると、血を流していた貴族は、腰を押さえながらも、頷いた。
「これは一体……」
「蟲ですよ。ボックス山脈にも同じ魔道具が仕掛けられていました。破壊すると蟲が飛び出すんです。その蟲は、触れるモノを侵食して腐らせる……人工的に創り出された、いわゆる生物兵器です」
「なんと恐ろしい……じゃあ、村は、もう……」
集まっていた人達に悲壮感が漂っている。
「大丈夫、僕は、精霊師ですから」
僕は、やわらかな笑顔を浮かべ、外へと飛び出した。
村長様の屋敷の中庭で、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅を使った。僕の足元に、大きな魔法陣が現れた。そして、ものすごい勢いで辺りに広がっていく。
『邪霊、分解!』
頭の中に言葉が響いた瞬間、魔法陣が強く光った。
蟲たちの悲鳴が聞こえる。あっ、デュラハンの加護を強めたままだけど、大丈夫だよね?
『当たり前だろ。オレは悪霊じゃねーって。それに、何度も言っているが、オレはおまえの近くには居ない』
一応、確認しておかないと不安なんだよね。
『ふん、しかし妙な奴が、干渉してきやがったな』
何? どういうこと?
『おまえに、動くなと警告したり、直接、映像を送りつけやがった』
畑の様子が見えた気がしたけど? 誰?
『例の悪霊だ。おまえがこの技能を使うとわかると、逃げやがったがな』
えっ……もしかして、闇属性の偽神獣の悪霊? 本当に僕を守ろうとしているの?
『奴が何を考えているかは、わからねー。ただ、オレには、こんなことが起こるとは予知できなかった。奴は、この近くに居て、畑を見ていたんだろうな』
そうなんだ。奴は、近くに居たのか。気づかなかったよ。
『加護を強めたら、察知できるけどな。おまえ、さっきまでは、ブリリアントの加護を使ってただろ?』
それは、僕にはわからない。
「ヴァンさん、一体、何を? 下から湧き上がる光の粒は、治癒魔法ですか」
「邪霊をマナに分解しているんです。蟲は、偽神獣の犠牲になった精霊や妖精の怨念のようなものから生まれていますから」
僕は、簡単に説明し、そして村長様の畑へと急いだ。
村長様の畑のあぜ道に、彼らは居た。水路との死角になる場所に、魔道具の残骸が散らばっている。
「な、何者だ!?」
あ、この人達は、デュラハンの加護を強めた僕の姿を知らないのか。
「ヴァンです。いま、精霊師の力を使っています。怪我の治療をしますね」
「えっ? ヴァンさん? 何か得体の知れないことが次々と……」
「大丈夫ですよ。ちょっと診せてもらいますね」
貴族の人達は、ヨロヨロと立ち上がっているが、みんな服が血で汚れているようだ。
畑にも、いや、村の外まで魔法陣が広がり、光の粒が空へとゆらゆらと昇っていく。その光は、空の薄暗さによって引き立てられ、付近一体が、淡く輝いているように見える。
ボックス山脈では、淡い光だと思ってたけど、光はわりと強い。そのおかげで、薄暗い畑でも、よく見える。
薬師の目を使って、貴族の人達を診ていくと、この光で分解したマナを、傷口が吸収しているようだ。いや、傷口の中にいた蟲がマナに分解され、そのまま吸収されるのか。
この光では、蟲によって腐った傷は治っていない。
僕は、魔法袋から薬草を取り出し、人数分の治療薬を作った。そして、彼ら全体に撒くようにして吸収させた。
「あとは、ポーションでいけると思います。食べてください」
「あぁ、助かった」
「何がなんだか……突然、身体が焼けるように熱く、苦しくなったんだよ」
「この光を浴びると痛みが消えたが……何なんだ?」
正方形のゼリー状ポーションを配り、ホッとひと息だな。幸い対処が早く、また蟲も、この人数に分散したから、マルクのような瀕死の状態の人はいない。
「これは蟲です。妖精を見る力のある人には見えると思いますが……人工的に創り出されたものです。魔道具を破壊すると、中から蟲が飛び出す仕掛けになっているんです」
「ええっ……蟲?」
「僕の親友が、これで死にかけました。ボックス山脈だけじゃないのか……」
デュラハンの加護を強めているからか、僕の怒りが彼らに過剰に伝わってしまうようだ。まがまがしいオーラのせいか。彼らが少し身構えるのを感じた。
しばらくすると、魔法陣の光が消えた。だけど、まだ、デュラハンは、加護を強めたままだな。付近の察知をしたいのだろうか。
「キミ達、大丈夫か?」
村長様が、貴族の冒険者の人達に守られるようにして、恐る恐る畑にやってきた。彼らが、もう大丈夫だと判断したのだろう。いや、リースリングの妖精達が呼んだのかな。
上空には、リースリングの妖精達が集まっている。この距離だと、声は聞こえないな。
「ヴァンさんが、治療してくれましたよ。いや、しかし、驚いた。変な箱を見つけて、中身を確認しようとしたら、腹に激痛が走ったんですよ」
この人は、服が下腹部が裂けて血で汚れている。蟲が飛び込んだのか。
蟲は一種類ではないのかもしれない。ただ貼り付いて侵食するタイプと、身体の中に突入するタイプがいるのか?
「ヴァンが? そうか、さっきの魔法陣も、ヴァンの術だそうだが」
村長様は、なんだか僕を見る目が……まぁ、この姿は怖いよな。
「ヴァンさんは、青ノレアの冒険者ですからね」
貴族の冒険者がそう言うと、村長様は余計に緊張したみたいだ。そういえば、村ではこんな話はしたことがなかったっけ。
「とりあえず、もう暗い。屋敷へ来てくれ。あっ、ヴァン、悪いが、導きの声が畑が臭いと言っているんだが……」
「マナは正常化したと思うんですけど、濃いのかな。村長様、選別してゴミにしたぶどうをもらってもいいですか」
「未成熟なものや、破裂したものだぞ?」
僕が頷くと、村長様は、ハッとした顔をしている。気づいたみたいだ。
「ヴァンさん、作るんだね。見学させてもらうよ」
僕は、微妙な笑みを浮かべてみたが、引き下がる気はなさそうだな。デュラハンの加護を強めた姿でも、彼らは平気なのか。
僕は、ゴミ捨て場の未熟な実や傷で裂けた実に、改良しようと念じながら右手をかざした。
僕の手から放たれた魔力によって、ぶどうは、小さな熟す前の青い実に変わった。そして僕の手には、ぶどうからエネルギーが集まってくる。
僕は、ヒート魔法を使って、ぶどうの青い実を乾燥させ、次に風魔法を使い、空高く巻き上げた。そして、手に集まっていたエネルギーを変換し、そこに合流させるように放つ。
キラキラとした風が、マナを吸収していく。もう四度目だから、もう少し効率よく作れるようになりたいよな。
ポト、ポトポト
地面に落ちてきたぶどうを農家の技能を使って、一気に近くに引き寄せた。うーむ、思ったほどの数はできなかったな。空気中のマナは、それほど濃くはなかったんだろう。
「へ、へぇ……これは、真似できないな」
「薬師と黒魔導士のスキルはあるが……最初のぶどうから何かを奪う技能がわからない。農家の技能か?」
「たぶんそうだと思います」
「一度に、こんなにたくさん作れるんだな」
これは、くれってことだよな。
「はい、濃いマナがあったので。村長様の屋敷で、おすそ分けしますね」
僕がそう言うと、彼らはいそいそと、村長様の屋敷へと戻っていった。




