21、山間の荒野 〜畑の主たる権限
「はい? 乗っ取る?」
マルクは、ポカンとしている。あ、そっか、意味がわからないよね。
「一時的に僕が支配するということだよ。畑の所有者なら、畑の改良ができるんだ。妖精さんに尋ねてからじゃないと、驚かせてしまうけど、仕方ない。勝手にやってみる」
そう、薬師のスキルを合わせて使えば、一気に改善できるはずだ。僕も、ぶどうのエリクサーを食べた。わっ、かなり魔力が減っていたみたいだ。体力も魔力も全回復。よし、やってみよう。
僕は、畑の土に触れた。
ここにも雑草がたくさん生えている。この雑草を素材にして、スキル『薬師』の改良と調合、そして新薬の創造を使って、土壌の回復薬を作ればいいんだ。そして、農家の技能、生育魔法を使う。うん、いける!
僕は、右手の軍手をはずし、畑の土に向けて魔力を放った。ジョブの印が、一瞬妖しく光った。増幅の印……魔法の効果が増幅されたのか。
まず、所有者としての宣言、そして、それから畑の改良だ。
「畑を司る精霊よ、ここは、今この時から我がものとする。畑の主たる権限を行使する!」
畑がふわっと風を起こし、僕の宣言に応えた。土に宿るチカラが弱いつむじ風として巻き上がったんだ。しかし、予想以上に弱い風だ……土壌はかなり弱っている。だけど、僕が何とかしてみせる!
「うわっ、何これ」
背後からマルクの叫び声が聞こえたけど、僕は生育魔法に集中した。いま、ちょっと手が離せない。
僕は、土壌にとって毒となるものを分解排除し、そしてぶどうの木の根を伸ばしていった。根は、かなりやられているけど、完全に腐ってはいない。養分を吸い取るための最低限の生育はできた。
よし、いけそうだな。
さらに雑草を引き抜き、数種類の薬草へと品種を改良、そして土壌にミネラルを与え活性化するための新薬を創造し、薬を調合。
うん、かなりいい感じだ。
これを再び土に戻し、浸透させた。見える範囲しか術は及んでいないけど、ここから放射線状に広げる。僕は、ぶどうのエリクサーを食べ、さらに魔力を放った。
ふわんと、ぶどうの木々が返事をしたような気配がした。すると、伸ばした根が波打つように土から養分を吸収し始めた。よし、成功だね。
「うぎゃ〜、ヴァン、動くキモい花が……キモいぞ」
「えっ?」
マルクが叫ぶので、振り向くと……確かに、バリケードのような動く植物の気味の悪さがパワーアップしている。
そして、取り囲んでいた犬のような精霊イーターに、次々と攻撃を仕掛けている。花粉じゃない。うねうねとした茎を、まるでムチのように振り回しているんだ。
まるで大きな植物の魔物のようだな。
「ヴァン、キモい植物が化け物になったよ。まさか、妖精が死んで、化けて出てきたんじゃないよな」
「マルク、何を言ってるの?」
あー、そっか。マルクは、こういう不気味なものにも弱いんだ。僕のそばに来て、ビクビクしている。
「なーなー、どうする? 捨て身で暴れてるんじゃないか。あんな痛そうなツタで殴られたら、下手すりゃ死ぬぞ」
マルクは、さっきまでとはまるで別人だ。植物の魔物みたいなヤツが怖くて、震えているみたいだ。
だけど、あの不気味な植物は、僕達に当たらないように気をつけているように感じる。そのせいで、精霊イーターが僕達の方に集まってきてしまった。
『おい、魔導士なら、追い払え!』
頭の中に直接響く声が聞こえた。この声は、あの男の子の声だ。あの子は、リースリング村に置いてきたから、この声は、ここにいるガメイの声だ。
よかった。無事なんだね。
マルクには、声は聞こえていないようだ。聞こえたら、幽霊だとか言い出しそう。
「マルク、こっちに集まってきた精霊イーターを追い払って」
「…………えっ、何か言った?」
「精霊イーターがこっちに集まってきてるよ。追い払ってよ」
「ど、どうやって?」
えっ? マルク、どうしたんだよ?
「雷撃でさ〜」
「俺が雷魔法を使えばいいのか」
マルクは、顔色が悪い。ジッと植物の魔物みたいなヤツを見ている。怖いなら見なければいいのに。いや、怖すぎて目が離せないのだろうか?
「うん、弱い雷撃でいいから」
「わかった」
マルクは、手に魔力を集めて……うねうね植物を狙っている。ち、違うってば。
「マルク、狙うのは、植物じゃなくて、精霊イーターだよ。犬みたいなやつ!」
「わかった」
マルクの手の向きが変わった。そして……。
チュドーン!!!
畑に、特大の雷が落ちた。
◇◆◇◆◇
「なんだ? 一体これは……」
へなへなと畑に座り込んでいるマルクを介抱していると、何人かの人が近寄ってきた。すると、マルクが、ヒッと低い悲鳴をもらした。
いやいや、幽霊じゃないからね。
「勝手に入り込んですみません。僕は、リースリング村のヴァンといいます。あの、もしかして、この村の方ですか?」
「あぁ、そうだ。村は魔物に襲われてしまってな……。えっと、リースリング村の子がなぜ?」
「ガメイの妖精さんが、助けを求めにリースリング村に来たんです。村の人は全滅したと聞いていたんですが」
「あぁそうか、確かに温泉村の者は、全員魔物に喰われてしまったよ。俺達は、畑仕事をするために、この小屋に住んでいたから助かった。だが、妙な植物に囲まれてしまってな」
うねうねとした植物バリケードは、いつの間にか姿を消している。その場所には、大きめの山小屋が建っていた。そうか、妖精さんは、この小屋を守っていたんだね。
さっきの特大の雷で、精霊イーターはどこかへ逃げ去っていった。ガメイの妖精さん達は、追撃しているみたいだ。完全に追い払いたいらしい。
「妖精さんの声は、聞こえなかったのですか?」
「姿なき導きか? 聞こえる男がひとり居たが、魔物に喰われちまった」
この人達は、ジョブ『農家』ではないのか。だったら、妖精の声は聞こえないね。『農家』は超級にならないと、妖精の声は聞こえないんだから。
「そうですか。その植物は、この畑のぶどうの妖精さんが作っていたもののようです」
「は? 妖精が? なぜ」
「おそらく、小屋の中に、妖精さん達も同居していたんだと思います。世話をしてくれていた人達を守っていてくれたんですよ」
「俺達を守る? こんなところには魔物なんて来ないぞ」
「いえ、今さっきまで、この畑は、数百体の精霊イーターという魔物に取り囲まれていました。でも、奴らがいたから、逆にここに人間がいるとは、他の魔物に知られなかったのだと思います」
僕がそう説明しても、その男性は首を傾げている。
すると、やっと復活したマルクが口を開いた。
「おじさん、妖精のバリケードが消えたから、魔物に嗅ぎつけられたみたいですよ」
えっ? 嘘!
「マルク、何か近寄ってきてるの?」
「獣系の魔物が二体ほど」
「ちょ、何とかしてよ。僕、戦えないし」
「わかってる。追っ払うよ」
そう言うと、マルクは、川の方へ向けて、火の玉を飛ばした。ちょ、ぶどう畑なんだけど……。
グゥォオオ!!
ちょ、ちょっと、ちょっと! 怒らせたんじゃないの? 僕だけじゃなく、小屋から出てきた人達も、震え上がった。
だけどマルクは、なんだか楽しそうな顔をしている。
人の倍以上、いやもっとかな? とても大きな魔物の姿が見えた。二体いる。ちょ、ちょ……こっちに向かってきて……。
カッ……キィン!
えっ? カッキィンって、凍ったの?
「マルク、何したの?」
「足止め。トドメをさしてくる〜」
そう言うとマルクは、二体の魔物のそばにワープした。そして、魔法で作った槍のようなものをブスリと刺した。
うっわぁ、何、マルクって、戦闘狂?
なんだか、魔物の額あたりを突いている。何してるんだろ? ちゃんとトドメをさしたのかな? まだ、今にも動き出しそうに見えるんだけど。
マルクは、こっちを向いて、拳を突き上げている。何?
「もう、ヴァンって鈍いよな。魔石だよ、ほら」
マルクは、ワープで戻ってきた。その手のひらには、小さなキラキラした粒が乗っている。
「これが魔石? こんなに小さいのに、めちゃくちゃキラキラしてるね」
「魔力の結晶だからな。これが報酬代わりだな」
「アリアさんが買い取ってくれるんだっけ?」
そう話すと、マルクは、ハッとした顔をして僕の腰を指差した。あっ……盗聴……。
「これは、記念に持っておくよ」
マルクは、何か合図をしている。うーん? とりあえず、同意しておこうか。
「うん、一緒に戦った記念だね」
僕がそう返すとマルクは、親指を立てて、ニッと笑った。ふっ、いつものマルクだね。




