208、商業の街スピカ 〜ドルチェ家が雇う不思議な種族
「ヴァン、お待ちかねの地下を案内するよ」
マルクは、ワクワクした表情で手招きしている。
「兄さん、ここの地下要塞は、スピカ一番ですぜ。あっしも、倉庫の地下化に協力したんですぜい」
地下要塞?
木工職人さんまで、自慢げな笑みを見せている。
「地下は、ドルチェ家の倉庫だからね。スピカをここまで発展させたのはドルチェ家だから、その象徴みたいなものになってるよ」
「マルク、でも地下要塞って、倉庫なのに防衛拠点?」
「あはは、もともとはこの広場にドルチェ家の倉庫が並んでいたんだ。俺の屋敷を造るために、倉庫を地下へ移して、地上は俺の屋敷になったんだ」
へぇ、すごいな、ドルチェ家。
「兄さん、こちらから下りて行けますぜ」
彼が床をずらすと、階段が現れた。
「木工職人さん、ここは、わかりやすく床の色を変えておいてもらえるかな? ヴァンは、サーチができないんだ」
「ルファスさん、それなら、開閉も魔道具を仕込みましょうか。ここから、店員のかわいい女の子が、間違って下りていかないようにする方がいいでしょう」
木工職人さんは、また、女の子とか言ってる。二階も女子が喜びそうな部屋にすると言ってたけど……。
「うん、そうだね。薬師学校の卒業生が地下へ迷い込むと危険だからね。多くは下級貴族の花嫁修行だもんな」
花嫁修行? なんだ、それ? 僕が不思議に思っていると、マルクは、それに気づいたみたいだ。
「あぁ、ヴァンって、薬師学校のことを知らない?」
「講師をしないかと言われたことはあるけど……あと、レミーさん達に出会ったときに、学生さんと少し話したことがあるくらいかな」
「学生は、ほとんどが若い女性だっただろ?」
「あの頃は、僕は十三歳だったから、年上が多いと思ったけど、確かに女性だらけだったかも」
薬草を引き抜いていたら、声をかけられたんだよな。
「卒業すると、薬師下級以上のスキルを与えられるから、家の力を上げたい下級貴族は、娘を薬師学校へ通わせるんだよ」
「ふぅん、政略結婚狙いなのかな。薬師のスキルがあると重宝されそうだもんな」
「まぁね。でも、薬師学校って、けっこう授業も大変みたいだから、卒業できずに退学する人が多いんだ。だから、卒業生は、もっと評価してあげたいってレミーさんが言っててね〜。中級以上のスキルを得られたら、特別な仕事に就けると、学生も頑張る動機付けになるだろ」
「それで、僕の店? いや、ドルチェ家の店か。店で薬を調合するなら、薬師スキル中級以上の人を雇う感じ?」
「うん、そのつもり。ここは俺の屋敷だけど、働く人達は、ドルチェ家の店だと思っている。ずっとドルチェ家の倉庫があった場所だしな。募集をかけると、スピカ以外の街や王都からも応募があるんだ」
マルクは、少し寂しそうに微笑んでいる。だよな、マルクの屋敷だけど、ドルチェ家の名で人が集まるんだから。
「ドルチェ家ってすごいんだな」
「取り入りたい人が、それだけ多いんだよ」
貴族って大変だな。あっ、それなら……。
「リースリング村にも、僕の小さな薬屋があるんだ。村を守ってくれる貴族の屋敷に預けられている子供達に、店を任せているんだけどね」
「スピカの学校に通ってる?」
「うん、隠れながらだけどね」
マルクは、僕の言いたいことがわかったみたいだ。あの屋敷に隠されている子達は、マルクと似た境遇だと思う。さらに酷いかもしれないけど。
「じゃあ、武術系の学校に通う子に、手伝ってもらおうか。変なお客さんが来たときの用心棒にね」
僕が頷くと、マルクはふっと笑った。
階段を下りて行くと、地下とは思えないほど、明るかった。店は露店に近いような感じか。階段を隠すように柱があり、柱の近くにカウンターが設置されているだけだ。
「店の大きさは自由に決めていいよ。向かいに見えるのが、レミーさんの店だよ」
向かいといっても、随分と離れている。右を見てみると、ガランとした空洞が続いている。左側には、石の壁がある。ここが地下通路の端なんだろうか。
「右の方ってすごくガランとしてるね」
「あぁ、ここは、仮置き場になってるからね。床が光ったら、すぐに避けてよ。転移してくる荷物の下敷きになるから気をつけて。左側の壁の先が倉庫だよ」
石の壁の先がドルチェ家の倉庫?
「へぇ、地下に荷物が転移してくるんだ。お客さんも危ないね」
「地下通路を利用する人は、わかってるから大丈夫だよ。ここは地下の端だし、右側の通路の先には検問所があるから、ドルチェ家に納品に来る人と、地下の店を利用する人しか通れないんだ」
なるほど。あっ、だから、薬師学校の卒業生が、うっかり地下へ迷い込むと危ないと言っていたのか。転移してきた荷物の下敷きになると大変だ。
すると突然、床に巨大な魔法陣が現れた。
「光っている部分に荷物が移動してくるから、ヴァン、少し下がって」
慌てて下がると、それから少ししてから荷物が転移してきた。転移の直前、魔法陣の光が強くなった。光ってから移動してくるまでに、それなりに時間はあるようだ。
ガガガガガ
すごい音と共に、壁が動いた。こんなに大きな石の壁を動かしているのは、魔道具だろうか。僕の想像をはるかに超える。
中からは、数人の人が出てきた。荷物の回収だろうな。検品でもしているのか、大量の荷物に魔道具を当てている。
「あっ、ルファス様、こんなところで、どうしました?」
何、この人? 見たことのない種族だ。人間の倍ほどの背丈に、頭が二つ。ひとつの頭は、荷物の方を向いている。
「紹介するね。彼は、ララン。地下倉庫の門番なんだ。彼は、ヴァン。ここに薬屋を出すよ」
「おぉ〜、伝説のエリクサーの作り手ですね。これは嬉しい。私も、買いに行きますね。もう一つの首の失礼をお許しください。早く倉庫へ収納しなければなりませんので」
話をしている頭が申し訳なさそうにしている。
「いえ、お気遣いなく……」
「あっ、作業が終わりました。私は、失礼します」
そう言うと、二つ頭のラランさんは、荷物と共に、左側へスーッと移動していった。どうやって運んでいるのだろう?
「ヴァン、倉庫も見学する?」
「えっ? うん」
マルクは、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、僕の手をつかむと、閉まりかけている壁の中へと駆け込んだ。
「うわぁ! 何、ここ?」
壁の先は、まさに要塞と呼ぶにふさわしい場所だった。さらに地下深くへ広がっている巨大すぎる穴。その穴には、黒いガラス張りの巨大な円形の建物が建っている。
しかし、すごいな。建物はガラス張りだからか、キラキラと光っていて、無機質な化け物みたいだ。
「ここから見下ろすと、ちょっと怖いよな。地下10階まであるらしいよ。王都の倉庫が狭くなったから、スピカは、以前より大きくしたんだって」
柵はあるけど、建物とこの場所との間には数メールの距離がある。下を見下ろすと、底が見えなくて確かに怖い。
「ルファスさん、また、見学ですか」
急に目の前に、人が現れた。えっ? 浮かんでいる? とても色が白い中性的な人だ。声の感じからすると男性かな。ずっと地下にいるから白いのだろうか。
「ヴァンに見せようと思ったんだよ。通路横で、薬屋をするからね。ヴァン、彼は、倉庫の防衛担当のスキャットさんだよ」
僕は軽く会釈をしておいた。マルクのことを様呼びする人と、さん呼びの人がいる。地位とか立場の違いだろうけど、よくわからない。
「ほう、噂の少年ですな。ヴァンさんのポーションは、いつも携帯していますよ」
そう言うと、スキャットさんは、正方形のゼリー状ポーションを僕に見せた。
「お客様ですね。毎度ありがとうございます」
「あはは、そんな素直な反応をされると、調子を狂わされますね。なるほど、悪くない」
「じゃあ、ヴァンの店も、守ってあげてね。裏ギルドには、彼の暗殺依頼まで出ているらしいよ」
「かしこまりました。通路の検問所を強行突破してくる奴らは、倉庫を守るためにも、排除しますからね。ヴァンさんの店も含めて、妙な動きを見せる者は、ドルチェ家への敵対者とみなしますよ」
マルクは満足げに頷いている。
「よろしくお願いします。スキャットさん」
「こちらこそ。噂の少年とは一度話してみたかったから、嬉しいですよ。しかし、ヴァンさんには、すごいモノが憑いていますね。面白い」
えっ? あ、マルクがダメな顔をしている。闇属性の偽神獣の悪霊のことか。
「スキャットさんには視えるのですか?」
「ええ、私は、異界の住人ですからね」




