206、商業の街スピカ 〜クリスティの必須条件
「触らないと捜せない存在?」
マルクは首を傾げている。
クリスティさんが空を見上げて、僕の……ビードロの頭を撫でていたのは、そのためか。
「ヴァンさんの暗殺依頼が出たのが、王都の神獣討伐作戦のすぐ後だったのよね〜。首謀者の一人かと思って調べ始めたら……違った、むしろ逆だった。ヴァンさんは討伐者だよね。水属性の神獣にトドメをさしたでしょ」
あの直後? ノレア様からの伝言で警告された頃に、暗殺依頼が出たってことか。僕が、使者の対応を失敗した?
背中を嫌な汗が流れた。
「僕が遭遇したときには、偽神獣は、随分と弱ってましたから、たまたまですよ」
クリスティさんは、僕の顔をジッと見ている。なんだか、吸い込まれそうな眼力だな。冷たい目ではない。興味深そうな表情に見える。
マルクには簡単に報告したけど、具体的なことは話していない。でも、たぶんマルクは、精霊様を通じて詳しく聞いているんだと思う。あのとき、僕は、水の精霊様を危険にさらしてしまったんだから。
「ふぅん、ヴァンさんの村にも行ってみたけど、わからなかったのよね〜。王宮がアナタの暗殺依頼を出す理由がないもの」
リースリング村に来た!?
「ええっ!? ちょ、やめてくださいよ。ウチの村は、農家ばかりなんですから」
「下級貴族のたまり場だったよ。貴族の子供の隠れ場所に使われてるみたい。あの子達にとっては、最高の隠れ家ね。教会だと、使用人のようにこき使われるもの」
そういえば最近、子供達が増えてきたよな。
「彼らは、村を、魔物から守ってくれてるんですよ」
「村の人達の方が、利用されているよ。まぁ、私には関係ないけど。でも……あの依頼を受注した人って、なぜか、ヴァンさんに近づく前に死ぬのよね〜。あの村に何か仕掛けがあると思ってたんだけど」
「はい? 知らないですよ、そんなことは」
「うん、ヴァンさんは気づいてなさそうだけど、それが、アナタを暗殺する理由かなって思って、調べてたの。でも村は関係ないね。やっとわかったよ〜」
ちょ、何だよ。
マルクが、警戒したのが伝わってきた。それほどクリスティさんの動きは速いのだろう。
「マルクさん、言っておくけど、私は誰かの命令だけでは動かないよ。自分の頭で判断するもの。だけど、私が殺さなきゃって納得したら、誰にも邪魔できないよ?」
怖いよな、この自信。そういえば裏ギルドで、レジェンドって言われてたな。
「クリスティさん、予告じゃなくて正規の依頼が出たら、僕を暗殺する気ですか」
「うん? だから、私には殺せないって、言わなかったっけ?」
えっ? あぁ、裏ギルドに行く前の話か。
「でも、誰にも邪魔できないって」
「うん、不思議だったんだけど、その理由がわかったよ。びっくりしちゃった。ヴァンさんの波長を使わないとサーチできないんだもの。まぁ、正体がわかれば納得だけどね」
何を言ってるんだよ。あれ? マルクがダメな顔をしている。もしかして、僕に幽霊が憑いているのか?
「それって、目に見えない感じの……?」
「なぁんだ。ヴァンさん、気づいてるんじゃない。そうだよ。なぜか、闇属性の神獣になるはずだったバケモノが、ヴァンさんを守っているみたい。水属性の神獣だったバケモノは、ヴァンさんを殺そうとしてるし……ふふっ、面白〜い」
「えっ……水属性の偽神獣も、僕の近くにいるんですか」
「いやいや、近づけないんだってば。闇属性の神獣が近寄らせないようにしてる。縄張り意識なのかも。気に入られちゃってるみたい。バケモノに何かしたの?」
「その討伐に関わったんですけどね」
クリスティさんは、うーむと考え込んでいる。奴は、僕を守っているわけじゃない。僕が、奴に……偽神獣に化けたから、奴は僕を、乗っ取る隙を狙っているんだ。
あれ? なぜ化けると、乗っ取られるんだ?
変化中に魔力切れを起こすと戻れなくなるという知識があったから、ノレア様からの伝言で、乗っ取られると思い込んでた。でも、魔力切れを起こさなければ大丈夫じゃないのかな。
「ねぇ、ヴァンさんって、魔獣使いのスキル持ちだよね?」
「いきなり、何ですか?」
「もしかして、ビードロを従属にしてる?」
「へ? は、はい」
「やっぱりね。変化系の技能って、自分より弱いモノにしか化けられないじゃない? どう考えても、ヴァンさんより、ビードロの方が強いもんね」
へぇ、そうなのか……ん? いや、竜神様の姿に化けられるし、闇の偽神獣にも化けられるんだけど。
「そもそも従属って、自分より弱い相手にしか使えないのに、そこもおかしいよね。ヴァンさん、何か変だよね〜」
いや、そう言われても……。
クリスティさんは、ジッと僕の何かを見ている。スキルサーチだろうか。難しい顔をしているけど……。
「何か、変わった従属がいるでしょ?」
「いや、別に……」
さらに、見つめられて……穴が開きそうだ。
クリスティさんは、話さなければ、ほんわかとした天然っぽいお嬢様だ。そんな人に見つめられると、なんだか落ち着かない。サーチだとはわかっているけど……。
「私ね〜、結婚するなら、私が殺せない人じゃないと困るの。私ってば、すぐにカチンときちゃうから、うっかり夫を殺すと後悔するじゃない?」
「はぁ、なるほど」
何だよ? 突然。
「でねー、私より背が高い人がいいの。それとね〜、私が偉そうにしていたいから、ちょっとだけ年下がいいかな。だけど、私より強い人は嫌なの。殺したくなっちゃう。でも、私に殺されるような情けない人はダメ」
なんだか、むちゃくちゃだな。
「はぁ、そうなんですね」
「それから、プライドの高い生意気な人は嫌なの。でも、自分に自信がなくて頼りない人も嫌だな。うじうじされると、殺したくなっちゃうもの。だけど、私に殺されるような無能な人は絶対に無理なの」
殺されないことが必須条件らしい。三度目だ。
「そう、ですか」
「ねぇ、ヴァンさんって、合格よね?」
「はい?」
「歳、いくつ? 私は21歳になったよ」
「へぇ、若く見えますね。僕は……うん?」
あれ? 睨まれてる? 若く見えるというのは失言だったか。暗殺貴族だから、年上に見られたいのかもしれない。
「答えなくても知ってる。それに、私が19歳って、なぜ知っているのよ!?」
サバを読んでいた?
「あ、いや、何歳かはわからなかったですけど……」
クリスティさんは、僕より四つ年上……神官様と同い年か。
「21歳ってことにしてあるから、覚えておきなさいよ」
「は、はぁ……」
意味がわからない。年齢の話は、するなってことかな。
「マルクくん、あまり手頃な大きさがなかったんだけど……あら、戻ってたのね」
レミーさんが、手に魔法袋を持って現れた。クリスティさんの姿を見つけ、ちょっと動揺している。
「先生、ヴァンさんってば、鈍感すぎるの〜。ガキんちょなのかしら。どうしたらいいの?」
はい? 何が?
クリスティさんが、お嬢様っぽい雰囲気で話しかけてる。レミーさんは、ホッとした表情だ。うん、大丈夫そうだな。
「あらあら、後で話を聞くわ。今は商売が先よ」
レミーさんがそう言うと、彼女はおとなしく頷いている。クリスティさんは、気分でコロコロと雰囲気が変わるんだな。ジョブ『暗殺者』って、みんなこんな感じなのかな。
マルクは、レミーさんから魔法袋を受け取り、何かを確認しているようだ。僕はわからないから任せておこう。
「これは容量が10キロだけど、使用者設定ができるから、使いやすそうだね」
「場所固定もできるよ。闇市のような店に置いておくには、盗難対策が大事だから、この機能が必須だもんね」
場所固定? 魔法袋って身につけるものじゃないのか?
「じゃあ地下の店の分は、これでいこう。お代は?」
するとクリスティさんが、レミーさんに、木いちごのエリクサーの包みを見せた。
「先生、さっき、マルクさんから情報料としてこれをもらったんだけど、はんぶんこしようよ。さすがに情報料としては、もらいすぎだもの」
彼女はレミーさんの口に、木いちごのエリクサーを一つ放り込んだ。レミーさんは目をパチクリさせている。
「これ、伝説のエリクサーの新作よね? 体力も魔力も完全に全回復どころか、予備タンクまで満タンになったわ」
予備タンク? あ、備え人のスキルだな。
「でしょ? ぶどうのエリクサーの上級品よ。これを闇市で売るみたい」
レミーさんの目が輝いた。
「半分でも、金貨数千枚どころじゃないわね。マルクさん、魔法袋が手に入ったら、優先的に渡すわ」




