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205/574

205、商業の街スピカ 〜裏ギルド書類番号、彼女はR

 突然、目に映る景色が変わった。マルクの屋敷前の広場の噴水か。転移の揺れは感じなかったけどな。


 僕は、当然、まだ小さなビードロの姿をしている。それなのに、広場にいる人達は騒がない。どういうこと?


「ちょっと、キョロキョロしないで、ジッとしていてよ〜」


 そう言うと、クリスティさんは、僕の頭に触れた。ふわふわの毛を触りたかったのだろうか。でも彼女は、僕の頭を撫でながら、空を見上げている。変な行動だな。


「見つけたわ。ふぅん、なるほどね。だから、あんな依頼かぁ。もう人の姿に戻っていいよ。ってかすぐに戻って。自分以外の認識阻害は、魔力の消耗が激しいんだから」


 認識阻害? それで誰も騒がないのか。僕は、変化へんげを解除して、元の姿に戻った。


 噴水前に居た人が、ビクッと驚いている。いま僕達が転移してきたと思ったようだ。



 チリンと音が鳴った。


 何の音だろう? うん? あれ? 



「ヴァン、おかえり。何もされなかった?」


 目の前にマルクがいる。屋敷の食事の間か。また、転移した? いや、これがワープか?


「マルク、うん、大丈夫。チリンと音が鳴ったら、ここに移動したんだけど、ワープ?」


「あぁ、テトが魔道具を持ってるからね」


 テトさんは、軽く頭を下げている。マルクの前では黒服っぽい仕草だけど、裏ギルドでは、雰囲気が違っていたよな。


「そっか。テトさんって、ルファス家の黒服だよね?」


「いや、俺がここに引っ越すときに、フリージアさんが買い取る形になったんだ。黒服を引き抜くことは難しいから、ドルチェ家が地下倉庫の管理人として雇っている」


 黒服じゃないのか。黒服の引き抜きは難しい? よくわからないけど、マルクは説明する気はなさそうだな。


「それで私服なんだね。テトさんって、黒服一筋かと思ってた」


 あ、あれ? 変な雰囲気になった。失言した?



「その人は、ジョブ無しだったんでしょ? 今は、緑魔導士だけど」


 ジョブ無し?


 クリスティさんが興味なさそうに、そんなことを言った。彼女は、レミーさんの姿を捜しているようだ。ぐるりと見回し、静止した。サーチを始めたのだろうか。


「レミーさんなら、地下の店に行ってますよ。ヴァンの売り物を保管する魔法袋を探してくれるそうです」


「そう。闇市ね」


 レミーさんが帰っていないことで安心したのかな。クリスティさんは、近くの椅子に座り、クッキーに手を伸ばした。


 心配はいらないか。


 裏ギルドに行く前には、彼女がレミーさんにいらついて、殺してしまうのではないかと思ったけど……。先生と呼んで慕っているわけだし、大丈夫だよな。




「クリスティさん、いろいろ聞きたいことがあるんですけど」


 僕は、空いている席に座った。マルクも座っている。テトさんが、紅茶の用意を始めた。やはりマルクに対しては、黒服なんだよな。


「なぁに? 答えたら報酬はくれるの?」


 ちゃっかりしている。僕は、正方形のゼリー状ポーションを、ザーっと空き皿に出した。彼女は、すぐに一つ食べているが、何の感想もない。同じ物を持っているんだろうな。


「さっき、空を見て何か納得してましたけど、何を見ていたのですか」


 すると彼女は、マルクやテトさんに視線を移した。


「アナタ、この二人を信頼できるの? マルクさんはともかく、もう一人はジョブ無しだよ?」


 ジョブ無しの意味がわからない。


 あっ、魔物にはジョブがないから……テトさんは、人化している魔物なのかな。いや、でも、今は緑魔導士だと言ってたっけ。


「クリスティさん、ヴァンは、ジョブ無しの意味を知らないと思いますよ。テト、地下倉庫に戻っていいよ、ありがとう」


 マルクがそう言うと、テトさんは紅茶を置いて、スッと消えた。ワープの魔道具だよな? 発動がいらない分、転移魔法より速いかもしれない。



「うふふ、ジョブ無しの説明はしたくないみたいね。貴方達には、強い信頼関係がありそうだけど……」


 彼女が目を向けた先にいた黒服やメイドも、食事の間から出て行った。完全に人払いをしたのか。


 マルクの目つきが険しくなった。


「空を見ていたというのは、遠方のサーチですよね」


 遠方のサーチ?


「ふふっ、マルクさんは、せっかちね。そんなに、ヴァンさんの暗殺依頼が気になるの?」


「えっ? 暗殺依頼?」


 マルクは、トロッケン家の捕獲依頼のことだと思っていたのだろう。僕も驚いたもんな。


「マルク、裏ギルドには、トロッケン家や貴族からの捕獲依頼だけじゃなくて、僕の暗殺依頼も出ていたよ。神獣を討とうとする背神者を暗殺せよ、って。背神者って何だよ」


「依頼主は、レピュールか。いや、ベーレン家だよな」


 すると、クリスティさんは、ケラケラと笑った。


「へぇ、ビードロに化けて、オバサン達にチヤホヤされていても、しっかり見てたのね」


「ビードロ?」


 マルクがキョトンとしている。上手く説明できる気がしないから、笑ってごまかしておこう。


「ビードロなら、跳躍力もあるし、視力もいいからね」


 マルクが首を傾げているけど、まぁ、いっか。


「でも、貴方達、何もわかってないよ。あの依頼主は、王宮の誰かだよ。それに、あれは予告よ。まだ、正規の依頼ではないもの」


「王宮!? 僕、王都になんて行ったことないし、王宮の人との関わりなんて……」


 あっ! 王宮……。


 ノレア様の顔が浮かんだ。地上に降りたノレア様の息子、王城にある小さな神殿教会の神父様だ。精霊師を集めていると言っていたっけ。


 それにジョブ『王』の人達が、リースリング村にまで、ノレア様の言葉を伝えに来たんだよな。


 僕がガメイ村で、偽神獣と戦った件について警告された。闇の偽神獣に変化へんげしたことを咎められた。いや、心配されたのか。



「なぜ、予告だとわかるんですか。そんなことは書いてませんでしたよ」


 僕が、闇の偽神獣に乗っ取られたら、暗殺しろということか。でも予告じゃなくて、暗殺せよって書いてたよな。


「クリスティさん、裏ギルドでは、依頼主はわからないようになっている。それなのに、なぜ王宮の関係者だと言えるんですか」


 マルクは、苛立ちを隠さない、強い言い方をしている。


「ふふっ、表の人にはわからないよ」


 するとマルクは、木いちごのエリクサーの白い包みを彼女の前に置いた。そして、包みを開けている。


 彼女は、その一つを口に放り込んで、目を見開いた。


「こんな……伝説のぶどうのエリクサーのさらに上級品ね! これは、市場には出してないよね? あっ、これを売るための闇市かぁ。これほどの数を、よく作り溜めたね」


 いや、ほんの一部なんだけどな。上級品なのか?


 マルクは、ニヤッと笑った。


「なぜ、王宮が、ヴァンの暗殺依頼を出したと思ったのか、説明してくれますね」


「いいよ。これ、全部くれるならね」


「話次第です」


 マルクが断らなかったことが意外だったのか、彼女は、一瞬、固まっていた。だが、すぐに、その口は弧を描いた。


「王都の裏ギルドが受け付けたら、書類番号の数字の前にはアルファベットが2つ並ぶの。他は3つよ。そして、Zが付くのは、王宮関係からの依頼。依頼主情報を完全に守るための識別だよ」


「やはり、書類番号に暗号が隠されていたんですね」


「ふふっ。あれは、FZだったからね。最初の文字は指名。後ろの文字は依頼主。Fは、誰も指定していない。つまり予告だよ。ちなみに私を指名するときは、Rだからね。指名料として、金貨100枚を上乗せしてよ」


 いや、暗殺なんて頼まないから。


「でも、知らずに受注する人もいますよね? ギルド側が断るんですか」


「断らないでしょ。でも失敗に終わるだけよ。力のある人なら、書類番号を見なくても予告だとわかるから、受注しない」


 確かに書類番号は、壁に貼ってあった依頼票には書いてなかったよな。


「依頼文に、予告だとわかる何かが隠れていたのですか」


「ヴァン、たぶん、背神者、という言葉だ。神に背く者を討つだなんておかしいだろ。神はすべてを許す存在だよ」


 そうだっけ?


「へぇ、マルクさんはわかってるね。普通の依頼なら、背信者だもの」


 間違い探しかよ。でも、何のために予告をするのだろう。あっ、下調べの指示? そう考えると怖くなってくる。今、僕は、何人に見張られているんだ?



「そうですね。それで貴女は、何をサーチしていたのですか」


 マルクは、木いちごのエリクサーを、ズイっと彼女の方へ押しやった。


「ふふっ、ありがとう。ヴァンさんを暗殺しなければならない理由を探していたのよ。触らないと捜せない存在だなんてね……ふぅ、驚いたわ」



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