19、アスト平原 〜冒険者を誘導する策
僕は今、アスト平原を歩いている。マルクも一緒だ。
そして、僕達の前を歩いているのが、魔物ハンターと薬草ハンターの冒険者。どの人がどっちの役割かわからないけど、合わせて二十人ほどいる。
彼らは毒薬草を探すミッションと、その護衛ミッションで来ている。年齢はバラバラだ。若い人もいれば、年配の人もいる。でも全員、上級ハンターなのだそうだ。
アリアさんは、超薬草を見つけたら、ギルドより高く買い取ると、薬草ハンターに言っていたらしい。そして、魔物ハンターには、魔石持ちの魔物がいたら、小さな魔石でもギルドより高く買い取ると言ったようだ。
それだけが理由ではないかもしれないけど、彼らはテキパキと行動している。お金で釣って働かせるというのが、アリアさんのやり方なのかな。なんだか、ちょっと嫌な気分になるけど。
「ヴァン、冒険者をあの場所へ誘導しようぜ」
マルクが、他の冒険者に聞こえないように、小声でささやいた。何を言ってるんだろう?
「えっ? どこ?」
「荒野になったという場所だよ。これだけの戦力があれば、魔物に占拠されていたとしても何とかなる」
「あっ! 昨夜何かを利用しようって言ってたのは、このこと?」
「そうだよ。ヴァンは、全然わかってなかったけど」
「でも、こんな熟練のハンター達をどうやって誘導するんだよ。子供の言うことなんて、聞いてくれないよ」
僕は、出発時のことを思い出した。
アリアさんが彼らに、僕とマルクの同行を伝えると、彼らは露骨に嫌そうな顔をしたんだ。
彼女が僕のことを上級薬師だと言っても、鼻で笑っているような感じだった。マルクのことを上級魔導士だと紹介すると、一部の人の表情がちょっとだけ変わったんだけど。
「大丈夫だ。俺に任せてよ」
「う、うん」
僕が同意すると、マルクはケラケラと笑った。えっと、何がおかしいんだろう。僕が変な顔をしているのかな?
「皆さん!」
マルクが叫んだけど、近くにいた冒険者がチラッと見ただけでスルーしている。やっぱりね、子供だと思って無視されているんだ。
するとマルクは、手を上にあげ、ドカンと火の玉を打ち上げた。火魔法というより、バン! と派手な音を立てて爆発したから、重力魔法の一種なのかもしれない。
その派手な音に、付近にいた魔物も冒険者達も驚いたようだ。魔物は一斉に逃げていったし、冒険者達はその表情を引きつらせていた。
そして、マルクは、余裕のある笑みを浮かべている。ちょ、マルク、怖いよ? そんな笑い方……。
「呼び止めても気付いてもらえないので、ちょっと音を鳴らしただけですよ? 皆さん、なんて顔をしているんですか?」
わっ、マルクがさらに怖い。貼り付けたような笑顔が……めちゃくちゃ怒っているように見える。
「坊や、何の用だ? 俺達は忙しいんだ」
「こんな子供が……上級魔導士って、やはりジョブが魔導士なんじゃないのか」
「いまの魔法を見たか? あの子供は黒魔導士だ。しかも見たことのない魔法だぞ。魔術系の貴族かもしれない」
文句を言っているのは、魔物ハンターかな。コソコソ話をしているのは薬草ハンター?
貴族じゃないかと言っている人達は、明らかにマルクを見る目が変わった。家は名乗れなくても貴族だと言えば、話を聞いてくれそうな雰囲気だ。
そっか、ジョブが黒魔導士の人の多くは、魔術系の貴族だ。だから、アリアさんがマルクを上級魔導士だと紹介したとき、一部の人の様子が変わったんだ。
ジョブは、上級から始まるんだもんね。
でもそれなら、初めから上級黒魔導士と紹介すればよかったのにな。上級魔導士だと紹介したのは、アリアさんの意地悪なのだろうか。もしくは、マルクが貴族だと知られないようにという配慮なのかな。
「ちょっと、静かにしてもらえませんか? 皆さんに話があるんですけど」
マルクが冷ややかな表情で、そんなことを言った。いつもとは違って、威厳のある堂々とした雰囲気だ。貴族だと言われなくても肌で感じる。
魔物ハンターの冒険者達も黙り、そしてマルクの方を向いた。その表情は、めちゃくちゃ警戒している。うん、わかる。僕もマルクのこと、ちょっと怖い。
シーンと静かになったところで、マルクは口を開いた。
「皆さん、荒野に興味はありませんか?」
丁寧な口調が逆に怖い。
「突然、何なんだ?」
すぐに反論した冒険者に、マルクは冷ややかな視線を浴びせている。威圧感が半端ないよ、マルク。反論した冒険者も、目が泳いでいるじゃないか。
そして、マルクは、フッと笑った。ちょ、何? 怖いってば。僕もだけど、冒険者達も、すっかりマルクのペースに引き込まれていた。
次に何を言い出すのかと、緊張感が半端ない。
「昨夜、妙な噂を耳にしました。レイン川の上流の小さな村が、魔物に潰されたとね。村を潰してしまうほどの魔物だなんて、恐ろしいですよね〜。そして今、魔物がその地を占拠して荒野になっているなら、そこにはどんな草花が生えているのでしょうね」
マルクがそう言うと、冒険者達の目が輝いた。
「それはどこだ!?」
「さぁ? ただの噂かもしれませんが……レイン川に合流する支流のひとつ、東側の川沿いには妙な邪気が漂っているのが見えますね〜。ちょっと興味がわいてきたので、皆さんとは別行動をして見に行ってみますよ」
えっ? マルク、別行動するの?
マルクは、僕に何か合図をしたけど、わからない。すると、また苦笑いしている。
「ヴァン、行ってみようぜ。皆さんは興味がなさそうなので、アスト平原で遊んでいてください。では」
そう言うと、マルクは僕の腕を掴み、転移魔法を唱えた。ちょ、ハンターを利用するんじゃないの?
マルクの転移魔法で移動した場所は、まさしく荒野だった。ここに村があったとは思えない。
川の流れる音が聞こえる。そして、水の音がする方向には、確かにぶどう畑が広がっていた。距離があるからか、ぶどうの妖精の声は聞こえない。
「マルク、冒険者達を利用するんじゃないの?」
「あははっ、面白かった〜。あの人達、いま、必死にここに向かっているよ」
「えっ? どういうこと?」
「彼らは、俺の転移魔法の跡を追ってくるよ。そういう魔道具があるんだ。ハンターなら、だいたい持っているからね」
「もしかして、道案内をしたの?」
「正解! 冒険者は、頭ごなしに命じてもダメなんだ。興味をくすぐらないと動かない。権力を嫌っている人が多いんだよ」
「だから、貴族だと言わなかったの? でも、バレてたと思うけど」
「うん、そう誘導したんだ。あの人達は、自分の勘しか信用しないと思う。特に討伐系のハンターって、自分に自信がありすぎる人が多いからな」
「へぇ、なんかマルク、すごい! いつもと全然違う」
僕がそう言うと、マルクは一瞬、辛そうな顔をした。ほんの一瞬の変化だけど……褒めたつもりなのに失敗した?
「いつもの俺が本当の俺だよ。魔導学校では、一切何も取り繕っていないから」
あっ、そうか。だからマルクは、お兄さん達に家の名を名乗ることを禁じられたり、理不尽ないじめを受けているんだ。でもマルクは、変わろうと決意したみたいだから、きっと大丈夫だよね。
「ヴァン、この付近に、ぶどうの木はあるか?」
「あ、うん、川の音がする方向に、ぶどう畑が広がっているよ。でも、距離があるからか、妖精の声は聞こえない」
「行ってみようぜ」
「うん、でも、魔物はいないの?」
「たくさんいる。でも、ザコばかりだよ」
「僕、戦えないからね」
「はいはい」
マルクがいつもより頼もしく見える。
川に近づくと、そこには牛みたいな魔物が、うじゃうじゃといた。川の中に入って眠っているのだろうか。
「マルク、ちょ……」
「ヴァン、慌てなくても大丈夫。ザコだよ。川から湯気が出ているな。これが温泉なのか」
「魔物が温泉に入っているの?」
「そうらしいな。寝ている個体が多いから、気持ちいいんじゃないか?」
確かに、気持ち良さそうにしているかもしれないけど、こんなにたくさんの魔物がいたら、ぶどう畑に近づけないよ。
「マルク、ぶどう畑は川の向こう側なんだけど、どうしよう」
「じゃあ、飛べばいいよ」
「へ? 飛べな……うわぁ」
マルクは僕の腕をつかんで、ふわりと浮かび上がった。嘘! こんなことできるの?
「あー、なるほどね。そういうことか。空から見ればよくわかるよな」
マルクは、ぶどう畑の方を向いて、何か納得している。
だけど、僕は、足が宙に浮いているこの感覚が怖くて、それどころじゃなかった。