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16、リースリング村 〜犬のような精霊イーター

「野良の動物がたくさん入り込んでいたので、威嚇して追い払いました。これを何度か繰り返せば、ここには寄り付かなくなると思います」


 マルクは、野菜畑の所有者である八百屋のおばさんに、丁寧に説明をしている。


「いつもアリアさんが、棒で追い払ってくれるんだけど、何度追い払ってもらっても、毎日やって来るんだよ。その動物を狙って、最近は魔物までが入り込むことがあってね、困ってたんだよ」


 アリアさんの方をチラッと見ると、彼女はマルクの方を見ている。暗くてはっきりとはわからないけど、きっと睨んでいるよね。


 マルクもそれに気づいているみたいだけど、無視しているようだ。


「ほとんどの野良の動物は、火が苦手です。だから、火魔法を使いました。きっと本能的に命の危険を察したはずです」


「あっ、だから、あんなに一斉に逃げていったんだ」


 僕がそう言うと、アリアさんの顔がこちらに向いた。よく見えないけど……たぶん睨まれているような気がする。背筋がゾワゾワっとした。


「へぇ、魔導士さんってすごいんだねぇ。おばさん、驚いたよ。しばらく村に居てくれるんだってね。いい冒険者さんが来てくれて、おばさんは嬉しいよ」


 野菜畑の所有者のおばさんは、声を弾ませて嬉しそうだ。魔導士と話す機会なんてあまりないから、テンションも高くなっているようだ。


 マルクは、そんなおばさんに笑顔で対応している。こういうところって貴族っぽいな。社交的な雰囲気というか、年配の女性の扱いに慣れている感じがする。


「はい、ひと月ほどの契約になっています。と言っても、夜間の見回りの依頼なので、昼間は街に戻っているかもしれませんけど」


「そうかい、そうかい。昼間は大丈夫だよ」


 あっ、そうだ。話しておく方がいいよね。


「おばさん、マルクは僕と魔導学校で同じクラスなんだ。だから、学校へ行くこともあると思う。あっ、でも、もうすぐ長期休みに入るけど」


「へぇ、すごい偶然だねぇ。ヴァン、こんなすごいお友達がいるなんて幸せだよ。ヴァンも見回りかい?」


「うん、あ、僕は、暗いから道案内だよ。マルクが畑に落ちたらいけないから」


「ふふっ、ヴァンは、小さい頃、よく畑に落ちて泣いていたね。朝でも昼間でも夕方でも」


 それをここで言うかな。


「あははは、だから、ヴァンは畑に落ちるからって言っていたんですね。あははは」


「マルク、笑いすぎ」



 マルクは、突然ハッとした顔をして、動物が逃げていった方をチラッと見た。そして、僕に何か合図をしてきたんだけど、意味がわからない。でも、とりあえず、見に行きたそうにしていることだけはわかった。


「マルク、山の方を見に行く?」


「そうだな。また気配を感じるからね」


「えっ? 僕、全然わからない」


 こんな話をしていると、畑のおばさんは困った顔をしている。動物が舞い戻ってきたなら、追い払ってくれと言いたそう。


「とりあえず行こう、ヴァン。では、失礼します」


 おばさんは、にこやかに手を振ってくれた。アリアさんは少し離れているから表情はわからない。でも、なんか怖いな。




 アリアさんから離れると、マルクはホッとした顔をしている。僕も、マルクほどではないけど、少しだけホッとした。


「マルク、さっきの合図がわからなかったんだけど」


「この村って、山の方の柵が壊れているだろ? そこから、侵入しているっていう合図だよ」


「えっ? そうなの? あー、そういえば、ここしばらく強い雨風の日が続いたからかな。もうすぐ雨季だから、それが過ぎたら直すんじゃないかな」


「山側の方は、危険だから早く直す方がいいよ。今さっき、魔物が入ってきたから」


「ええっ!? マジ?」


「だから向かっているんだけど」


 マルクは、なんだかすっかり立ち直っている。思いっきり笑って、吹っ切れたのかな。いつもの不安そうなマルクとは、まるで別人だ。



「ちょ、入ってこないでよ!」


「リースリング村なんだから〜」


「うっせーな。農家のソムリエに用があるんだよ」


「ダメよ、まだ赤ん坊だもの」


「そうよ、すぐに泣いちゃうの」


「赤ん坊がジョブを得るかよ、バーカ」



 ちょ、もしかして、この声って、ぶどうの妖精さん? 男性の声も、別の品種のぶどうの妖精さんなのかな。


 僕を訪ねてきたんだ。それなら、話を聞かなきゃいけないよね。リースリングの妖精さんが阻止しようとしているみたいだけど。


 もしかして、マルクは、男性の声の主を魔物だと勘違いしたのかな。向かっている方向から、声が聞こえる気がするんだけど。でも、彼が妖精さんなら見えないはずだよね。



「ヴァン、ちょっと聞くけど……おまえ、戦えたっけ?」


「僕の魔術の成績、覚えてないの? 魔導士じゃないし剣士でもないよ」


「……だよな」


「どうしたの? 魔物がたくさんいるの?」


「魔物は二体だ。でもなぁ……俺、ちょっと苦手だな。魔法がほとんど効かないんだ。しかし、こんなところに何を追ってきたんだろ?」


「変な魔物?」


「精霊イーターだ。魔物というより、半分精霊かもな」


 何それ? 初耳だけど。


「動物を狙ってきたんじゃないの? ぶどうの妖精を狙ってる?」


「あぁ、そうか。ぶどうの妖精がいるんだったな。だけど、ぶどうの木がある近くでは、その妖精の力は強いはずだ。精霊イーターは、弱った精霊しか喰わないと思うけど」


 マルクは何かを探しているみたいだ。狙われている獲物かな。あっ、もしかしてさっきの声の主?


「マルク、さっき言っていた声がまた聞こえてるんだ。この村のリースリングの妖精が、誰かとケンカしている。その誰かも、ぶどうの妖精かもしれないんだ」


「はい? どこにいるんだよ。俺には、ぶどうの妖精なんて見えないぜ」


「僕も暗くて見えない」


「仕方ないやつだな」


 マルクは、空に向かって何かを放った。おぉー、すごい。照明弾のような魔法だ。まわりが一気に明るくなった。



 すると、大型の犬のような魔物が二体、わりと近くに居るのがわかった。つるんとしていて毛がないから、ちょっと気持ち悪い。目がギョロリと大きいのも不気味だ。


「ヴァンは、そのぶどうの妖精を探して。俺は、コイツらの弱点サーチをする。たぶん、ほとんどの魔法が効かないけど、何か弱点はあるはずだ」


「わかった」



 明るさに驚いたのか、魔物は固まっている。そして、妖精さんも驚いたのだろう。声が聞こえなくなった。呼んだら返事をしてくれるかな?


「妖精さん、どこ?」


 すると彼女達は、僕の目の前に現れた。呼んだら来てくれるんだ。


「泣き虫ヴァン、何してるの?」


「また、迷い子?」


「その子は、だぁれ?」


「夜遊びしちゃダメなの」


 また、一斉にしゃべるんだから……。でも、いつものような余裕はなさそうだ。僕を気遣ってくれているけど、ピリピリしている。


 精霊イーターが近くにいるからかな?


 いやでも、それなら隠れて出てこないよね。じゃあ、なぜ、ピリピリしているのかな。あっ、男性の声の主を僕に会わせたくないのか。


「彼は、僕の魔導学校の友達だよ。それに、僕は赤ん坊じゃないんだからね」


「お友達〜、おっともだちー」


「えっ、赤ん坊って……聞いてたの?」


「知らないふりしなさいよ〜」


 ふぅん、やっぱり、隠しておきたいんだ。でも、その男性の声の主が、精霊イーターに狙われている気がする。


「妖精さんって男の人もいるんだね」


「男の人じゃないよ、クソガキなの」


「言っちゃダメなのー」


「ハッ、な、なんでもないの」


 目の前で、妖精さん達がケンカしている。見た目は同じなのに、少し性格が違うんだな。


「妖精さん、そこにいる魔物、見えてる? もしかしたら、その男の人を狙って村に入ってきたのかもしれない」


 僕がそう言うと、妖精さん達は辺りを見回している。その仕草は、明らかにお芝居だね。見えないふりなのかな?


 あっ、不自然に妖精さんが集まる場所を見つけた。僕がそちらに向かうと、彼女達は焦り始めた。


「ヴァン、そっちは危ないの」


「泣いちゃうよ〜」


「僕は、もう十三歳だから、泣かないよ」


 やっぱりいた。


 休憩用に置いてある長椅子の上に、小さな見慣れない人がいた。確かに男の人というより、やんちゃそうな男の子だね。妖精さん達に囲まれて、ぶすっとしている。


 あ、そっか。妖精さん達がガードしてあげているんだね。精霊イーターから隠しているみたい。


「こんばんは。お兄さんも妖精さん?」


 僕が声をかけると、その男の子は、ゆっくりと僕を見上げた。その表情は、怯えている。


「ヴァン、この子は、ガメイの妖精なの」



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