15、リースリング村 〜マルクの決意
今、僕は、畑のあぜ道に突っ立って、マルクの百面相を見ている。というか、マルクが混乱しているだけなんだけど。
「ヴァン、頭大丈夫か? まさか、おまえはハンターになる気なのか?」
「ひどいなー。そうだよ、僕は、ゼクトさんの話を聞いたときからハンター志望だ」
僕がそう答えると、マルクは首を傾げた。何だよ、覚えてないわけ? ハンターの英雄伝を聞いて、みんな熱くなっていたじゃないか。
あっ……そういえば、マルクは関心なさそうにしてたかな。でもゼクトさんの名前も忘れたのかよ。伝説のハンターだよ? まさかの二十五歳で極級に到達したんだよ?
「ゼクトって、商業の街スピカにいる若いハンターか? 確か、まだ二十代後半の?」
「僕達の魔導学校の卒業生だよ。伝説のハンターだよ」
あれ? マルクが渋い顔をしている。
「あの人は、人間じゃないぞ」
「えっ? 何? まさかの魔族?」
「いや、種族は人間だけど……あの人には感情がない」
「マルク、知り合いなの?」
「まぁ、ちょっとな」
「すごい! 紹介して! 見回りでも何でも手伝うからさ」
「はい?」
「ゼクトさんと知り合いになりたい」
僕がそう言うと、マルクはまたポカンとしている。そんなにおかしなことは言ってないんだけど。
うーん、しかし、ささやき声が気になるな。
畑のあぜ道に突っ立っていても、風向きによって、微かな声が聞こえてくるんだ。
女性の声は、ぶどうの妖精さんの声に似ている。だけど、男性の声は聞き覚えがない。いや、そういえば、夢の中か何かで聞いたことがあるような気もする。
ポカン顔から復活したマルクが、真顔で僕を見た。
「ヴァン、やめとけ」
「どうしてだよ?」
「あの人に関わると死ぬぞ」
「えっ? どういうこと?」
「言わない」
「どうしてだよ」
「ヴァンが、キラッキラな目をしているから」
「意味わかんないんだけど」
「それより、俺がハンターになったら、なぜ兄貴達が後悔するんだよ?」
あ、もしかしてマルクに、家の名を名乗れなくさせたのは、マルクのお兄さんなのかな。
「凄腕のハンターになったら、カッコいいじゃないか。見返すことにもなるんじゃない?」
「ハンターでも何でも、とりあえず超級以上の何かを得ないと、俺……」
「もしかして、それが家の名を名乗れるようになる条件?」
「まぁな。ただし、兄貴達が認めるようなスキルじゃなきゃダメなんだ。『使える』スキルじゃないとね」
「ハンターは?」
「そうだな、種類にもよるかな。魔物ハンターなら認めるだろうけど、逆にトレジャーハンターなら駄目かもな」
「強くないとダメなんだね」
「戦闘狂なんだ、兄貴達は」
あれ? この村の見回りが最終試験みたいなものだと言っていたのは、何? なんだか、もう……。
「マルク、この村で、魔物を追い払えなかったらどうなるの? 最終試験みたいなものって言ってたよね」
「俺の自由がなくなる。ずっと自由なんてないんだけど……魔導学校も退学させられるし、目立たない田舎の教会に監禁されるんじゃないかな」
「えっ? どうして……あっ、隠されるってこと?」
僕がそう尋ねると、マルクは、力なく微笑んだ。
「じゃあ、無事に解決できたら?」
「次の試験がまたあるだろうな。とにかく兄貴達は、俺の存在が恥ずかしいらしいよ。あわよくば、どこかで死んでくれって思っていると思う」
「そんな……」
なんだか、想像できない世界だ。農家はみんな家族は助け合って必死に生きている。中には変な人もいるけど、それは個性だと考えて、別にそれを恥ずかしいからといって虐げたりしない。
村にも何人か変な人はいるけど、みんなはそれなりに受け入れている。あっ、なんだかマルクが変な人みたいだな。
マルクは、ちょっと自信がなくて、ちょっと人に頼りたがって、ちょっとダークなものが苦手で、ちょっと逃げ出す癖があるだけだ。他の人に危害を加えるわけでもない。この村の中だと、ごく普通の人なんだけどな。
「ヴァン、ヴァン! 泣き虫ヴァン」
目の前に妖精さんが数人現れた。夜なのに起きてるの?
「どうしたの?」
「野菜畑で、野良の動物が騒いでいるの」
「村で飼っている家畜じゃなくて、入り込んだ動物?」
「そうなの、うるさいの」
「なんだか怖いの」
「わかった、見に行くよ」
「急いでね〜」
「マルク、あのさ……うん? 何?」
マルクは、僕を見て固まっている。あー、この顔って逃げ出す顔だ。幽霊だと思ってるんだな。
「ぶどうの妖精さんが教えに来てくれたんだ。野菜畑に外から動物が入り込んで騒いでいるって」
「へ? あ、あぁ、『ソムリエ』の技能か。びっくりした。一人で突然しゃべり始めるから……何かに取り憑かれたのかと思った」
やっぱりね。
「この村の人なら、妖精さんの声が聞こえるから気にしなかったけど、確かにマルクの言う通りだね。気をつけるよ」
そして、僕達は、野菜畑へと向かった。
「ヴァン、火を使ってもいいか?」
「火事にならない? 野菜を燃やしちゃダメだよ」
「気をつける」
「うん、それならいいよ。たいまつ?」
「いや、先手必勝、威嚇だ」
そう言うと、マルクは瞬時にたくさんの小さな火の玉を放った。畑が一気に明るくなった。うわぁ、畑の中に、たくさんの動物がいる。動物は火魔法に驚いて、一斉に逃げ出した。
「すごい! マルク、動物がいるって見えていたの?」
「はい? まさかヴァンには見えていなかったのか? たくさんの小動物の気配もあっただろ」
「全然わからなかった」
マルクは、またポカンとしてる。ちょ、ちょっと、何だよ、そんなに僕がおかしなことを言った?
「なるほどな、あはははっ」
なぜか、マルクは笑い出した。何? 壊れた?
「なんだよ、何を笑ってんの?」
「あはは、いや、さっきの逆だと思ったら……ぷははは」
「逆って何?」
「俺は、妖精の姿なんて見えないし、声も聞こえない。逆にヴァンは、こんなに鮮明に見える動物が見えないし、隠さずビンビン伝わる気配にも気づかない」
そう言って、マルクはまた笑ってる。
「ちょ、何がそんなに面白いわけ?」
「あはは、ヴァンのその顔! ぼけ〜っと呆けてるじゃないか」
「マルクだって、しょっちゅうポカンとしているよ」
「えっ? マジ? 俺はいつもキリッとして……」
「してないよー」
「あはは、ぷははははっ」
マルクが壊れた。
なぜか笑い続けるマルクをチラ見しつつ、畑の様子を確認した。もう火魔法は消えているけど、野菜が燃えている様子はない。大丈夫だったみたいだ。
「ヴァン、畑の野菜の中には、打ち込んでいないから大丈夫だ。当たっても軽い火傷程度の弱い火の玉だよ。暗い夜だから、強い火魔法に見えただけだ」
「それならいいけど。笑いすぎでしょ」
「あはは、だって、わかっちゃったんだから、笑うしかないだろ」
「意味がわかんない」
まだマルクの肩が揺れている。こんなに笑うタイプだっけ? ストレスで本当に壊れた?
「俺、視えないものが苦手なんだ、きっと。どこからか突然わいてくる種族は、姿を現すまで察知できないし、それがアイツらの特徴なんだよな」
「ん? そうなの?」
「あぁ、アンデッド系って、見つけた瞬間にビビってたら、恐怖心を何十倍にも増幅させる波動を使うだろ? だから、現れる前から視えていれば、嫌いだけど、なんとかなるような気がする」
「あー、魔導学校で何か習った気がする。特にリッチとかに遭遇したら、ビビると負けるって」
「まさしく、それが俺だな、あはは」
暗くてよくわからないけど、マルクは晴れやかな表情をしているような気がする。
「ヴァン、ハンターごっこに付き合ってやるよ」
「えっ? ごっこ遊びじゃないよ。どうしたの急に」
「ハンターの情報網を利用したい。アンデッドを事前に察知する技能が、いくつかのスキルにあるはずなんだ。みんなスキルのことは秘密にするから、あまり知られていないけど」
「なるほど、マルクはその技能を備えられるスキルを探すんだね。アンデッド系のハンターなら絶対にその技能あるよね」
「あぁ、確かにな。まずは情報収集だな」
マルクの声は明るい。よかった、ハンター仲間、ゲットだ。あ、まだ、ハンターじゃないけど。
「さっきの火魔法は、何かしら?」
うわっ、出た!
だけどマルクは驚いていない。気配でわかるんだ。アリアさんと一緒に、野菜畑の所有者、八百屋のおばさんが近寄ってきた。
「威嚇魔法です。畑には火が移らないように配慮しました」
マルクが凛として説明している。
「すっごい火だったね。おばさん、びっくりしちゃったよ」




