11、リースリング村 〜妖精が嫌がる臭いの謎
「ヴァン、やっと解放されたのか」
「爺ちゃん、ただいま。もう、ぶどうの収穫は終わったんだ」
「あぁ、魔導士の人達は夕方までの契約じゃからな。アリアさんに、無茶なことを依頼されなかったか?」
僕は、爺ちゃんに、村長様の家でアリアさんとリーフさんに言われたことを話した。アリアさんがトロッケン家の神官だということも、爺ちゃんは気付いていたみたいだ。
「やはり彼女は、ヴァンの『薬師』スキルが中級だとは思っていなかったのじゃな。村長にヴァンのジョブやスキルの話をしに行ったときに、彼女は、すぐそばに来て、作り笑いを浮かべて話を聞いていたからのぉ」
「神官様だからわかるんだよね。あ、リーフさんからこれをもらったんだ」
僕は、装備していた魔法袋を外して、爺ちゃんに見せた。
「装備すると消える魔法袋か! すごい物を頂いたものじゃ。行商人は、このような物は扱っておらぬ。街に行っても、露店にも、工業ギルドでも見たことはないぞ」
「リーフさんが布袋を改造したと言っていたよ。アリアさんが超薬草を見つけないと報酬は出せないと言ったら、リーフさんが、これを報酬代わりに受け取ってくれって」
「ほう、リーフさんという方は、ワシは知らぬが、優しいお方なのじゃな。ヴァン、大切にするんだぞ」
「うん、リーフさんは、山歩きのときに食料や水を入れておけば安心だと言ってたよ。でも、容量が少ないらしくて、アリアさんは粗末な魔法袋だって言ってた」
「どれくらい入るのじゃ? ぶどうの運搬に使っている魔法袋は、10トンの袋じゃぞ?」
「これは、1000キロだから、1トンだよね。そっか、そう言われてみれば容量は少ないのかな」
「いや、使いやすい容量じゃ。それに見えなくなるのは、とてもありがたい。魔法袋の存在を隠すことができて安心じゃ。しかし、そんなすごい物を、毒薬草探しに同行するくらいでくださるものなのか? おそらく神官の特殊な技能を使って作られた物じゃ。買うと、金貨1枚くらいするぞ」
「ええ〜っ? 金貨1枚って、銀貨100枚だよね? アイスワインが100本!?」
「ヴァンにとっては、とんでもない値段じゃな。じゃが、1本のワインが金貨1枚で取引されることもあるのじゃ」
「へぇ、す、すごい」
そっか。確か、年代物の赤ワインは、高額だっけ。あっ、頭の中に、高いワインの銘柄の知識がズラリと出てきた。へぇ、こんなにたくさんの高価なワインがあるのか。赤ワインが多いな。
「もしや、ヴァンが『薬師』超級だと知られたのではないか? 過度な贈り物には、大抵、裏があるものじゃ」
「たぶん大丈夫だよ。アリアさんの誘導には引っ掛からなかったから。だから、毒薬を作るのは、別の上級薬師を雇うんだと思うよ」
「それなら良いが……心配じゃのぅ。トロッケン家は武術に優れた神官じゃ。魔術に優れたアウスレーゼ家との対立がひどい。治癒魔法が得意でないトロッケン家は、もし戦争になったら、薬師を戦いの駒に使うからの」
「それって50年前くらいの戦争のこと?」
「あぁ、そうじゃ。あれがキッカケとなり、冒険者ギルドが設立されたのじゃ。神官だけが力を持つことを、神は危惧されたのだろう」
「そっか。でも、もう戦争は起こらないんだよ。そのための神矢なんだから」
「ヴァンは、魔導学校でよく学んでおるのぉ。偉いぞ」
「爺ちゃん、当然だよ」
僕は、褒められると嬉しい反面、少し複雑だった。
爺ちゃんは、僕のことを子供扱いしているんだよね。婆ちゃんは、僕は大人だから自分で考えなさいって言うし……。どっちなんだよ〜。
僕は自室に戻り、リーフさんの魔法袋を、壁にかけた。うん、小さな布袋だけど、こうしておけば失くすことはないよね。
外から、僕を呼ぶ声がする。
「ヴァン、出てきなさーい。泣き虫ヴァン〜」
はぁ、また、泣き虫って言ってるよ。ぶどうの妖精さんは、家の中には入ってこないんだな。何か決まりごとがあるのだろうか。
僕は、服を作業着に着替えた。こっちの方が楽だし落ち着く。農家がよかったのに、どうして『ソムリエ』なんだよ。
「婆ちゃん、ちょっと畑に行ってくる。僕の部屋の壁の布袋には触らないでね。神官様からの頂き物なんだ」
「はいはい、触りませんよ」
あれ? いつもなら婆ちゃんは、夕方だからダメだと言うのに、今日は言わないんだ。やっぱり、大人扱いなのかな。
外に出ると、そこには大量の妖精さんが集まっていた。
「ヴァン、土が臭いの」
「嫌な臭いなの、なんとかしてほしいの」
「イライラしちゃうよー」
「ちょ、ちょっと、待って。畑の土?」
「そう、あちこち臭いの」
そんな臭いは感じなかったけどな。別に肥料も使ってないし、今日はぶどうの収穫をしただけのはずだ。ぶどうの果実の匂いを臭いとは言わないだろうし……。
「とにかく、来て!」
「早く早く〜」
「眠れないもの」
「わかったよ。そんなに一斉に喋らないで」
僕は、畑に向かった。
魔導士の人達もすべて引き上げ、何人かの人が片付けをしているだけだった。別に、変な臭いはしない。
「ね? すんごく嫌な臭いでしょ」
「息ができないよね」
妖精さん達は、鼻をつまんで大げさに騒いでいる。嘘をついているわけではなさそうだ。
「僕には、臭いはわからないよ。どんな感じなの?」
「ピリピリするの」
「イライラするよね」
「畑を新しく作ったときみたいな嫌な臭い」
「うるさい感じの臭いだよ」
彼女達の感覚は、全然理解できないなぁ。
「いつからその臭いがしてるの?」
「たくさんの知らない人が来てからだよ」
「臭いから、空の上に逃げていたの」
あー、そう言えば、昼間に上空で集まっていたよね。あのときは、畑では、農家が生育魔法を使って、魔導士が収穫魔法を使っていたっけ。
新しく畑を作るときは、開墾魔法を使う。
「もしかして、空気中のマナが乱れているのかな? たくさんの人が魔法を使ったから」
「わかんないけど臭いの」
「ヴァン、なんとかしてほしいの」
「泣き虫ヴァンは、できるこなの」
期待されているのか、けなされているのかわからない。でも、彼女達の表情は必死なんだよね。
「よくわかんないけど、わかった」
とりあえず消臭しなきゃいけないんだよね。でも、マナの臭いなんて、僕にはわからない。彼女達が好きな香りでごまかせないかな?
僕は、収穫時に潰れて駄目になったゴミ捨て場へと移動した。その付近に、彼女達がたくさん集まっているからだ。
「はぁ、ここは、ちょっとだけマシね」
「でも臭いの」
うーん、マシなだけなのか。
「ヴァン、どうしたんだよ?」
「あれ? マルクこそどうしたの? 魔導士はみんな帰ったんじゃないの?」
なぜかゴミ捨て場には、魔導学校で同じクラスのマルクがいた。彼は、既にジョブの印が現れていたから、最近は学校に来ていなかったんだ。久しぶりだな。
「俺は、ここの村長さんの依頼で来たんだ。まさか、ヴァンの村なのか?」
「うん、そうだよ。僕の家は、ぶどう農家だって言ったでしょ。マルク、めちゃくちゃポカンとしてたけど」
「だって、みんなは魔導士だと思ってたからさ。ヴァンが農家だって言うから、俺、ヴァンに頼れなくなったじゃないか」
あはは、また、こんなことばっかり。
「マルクは、何の仕事?」
「ウチの兄貴が受けた依頼なんだけど、来られなくなったから代わりに来たんだ。この村に魔物が出るからって。兄貴は、勘違いだろうから適当にって言ってたけど」
「あー、魔物ね〜、夜間にうろついてるみたい。だから、夜は畑にも出られないんだ」
「えっ…………俺、帰る」
「ちょ、ちょっと待ってよ。村を守ってくれるんでしょ」
「ヴァン、俺にそんなこと、できるわけないだろ」
「マルクは、ジョブ『黒魔導士』じゃないか。上級黒魔導士なんだから、余裕だよ」
「無理!」
「どうしてだよ。ジョブの印が現れてから、全然学校に来てなかったのは、仕事が忙しかったからなんじゃ……」
「無理!」
うーん? マルクは、ぶるぶると震えている。寒いのかな? 夕方になると少し冷えるか。
「早く、早く〜」
「泣き虫ヴァン、夜になっちゃう」
「臭いの〜」
あっ、そうだった。
「マルク、ちょっと手伝って」
「だから、無理!」
「魔物じゃなくて、臭いんだって」
「はい?」
「えっと、ぶどうの妖精さんが……」
「妖精、さん? はい?」
「ぶどうの木に宿る妖精だよ。たぶんマナが乱れているんだと思う。臭くて眠れないって、僕を呼びに来たんだ」
「ヴァン、何を言ってんだ? 頭大丈夫か?」




