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101、商業の街スピカ 〜ヴァン、絡まれる

「ヴァン、おーい、ヴァン!」


 身体が揺れる。マルクが僕の腕を掴んで何か言ってるけど、騒がしくて聞こえない。マルクに、引っ張られる形で、僕は階段を下りた。


 二階も一階も、さっきと変わらず大混雑している。冒険者ギルドを出たところで、やっと声が聞こえるようになった。


「ヴァン、呆けてるけど、何を言ったかわかってる?」


 マルクは、心配そうにしている。何を心配しているんだろう? こんなに夢みたいな約束をしたのに。


「ゼクトさんを、僕が雇ってもいいみたいだ」


 そう答えると、マルクは頭を抱えた。


「ヴァン、あの人に近寄ると死ぬって言われてる。悪いことは言わない。変な夢をみたと思って、諦める方がいいよ」


 マルクは、変なことを言ってる。


「マルク、夢みたいだけど、事実なんだよ」


「いや、そうじゃなくて、やめとけってば。そもそも……」


 マルクは何かまだ言いたそうにしているけど、ギルドから僕達を追いかけてきた人達に囲まれ、口を閉ざした。




「おい、坊や、何を考えているんだ?」


 高そうな防具を身につけた男性が、僕の胸ぐらを掴んだ。怖い……な、何?


「乱暴はやめてください」


 僕が固まっていると、マルクが間に入ってくれた。男性は、手を離したけど、殺意にも似た異様な視線を僕にぶつけてくる。


 冒険者ギルドの前は、広場になっている。喧嘩だと思ったのか、野次馬も集まってきた。


 怖い……だけど、怖がっていると知られてはいけない。僕は、そう直感した。


 冒険者は、ダメな奴だというレッテルをはられると、受注できる仕事が制限されてしまう。それに、さっきゼクトさんは、僕にSSランクを目指せと言った。極級になるには、他の冒険者の協力が必要だって言ってたんだ。


 僕は、スキル『道化師』のポーカーフェイスを使った。そして、スゥハァと深呼吸。よし、いける!



「何を考えているのかとは、どういうことですか」


 僕は、その男性を真っ直ぐに見つめた。自分でも驚くほど、落ち着いた声だ。


 でも、怖い、逃げたい、頭がチリチリする。


 怖すぎるけど、ポーカーフェイスを使っているから大丈夫だ。それに、こんな場所では、剣は抜かない。僕には、戦うチカラはないけど、弱いと思われなければ、きっと大丈夫だ。


「坊やが、あの狂人と話していたことだ」


「狂人? 何のことでしょうか」


 うわぁ、嫌味な言い方になっている。きっと僕は、相手を見下すような目をしていると思う。男性が、怪訝な顔をしたんだ。


「あのハンターのことだ。奴は、坊やのことを薬師だと言っていたな。騙されて利用されるだけだ。奴に関わると死ぬぞ」


「ご心配ありがとうございます。僕が騙されていたとしても、貴方には迷惑はかけませんから」


「奴に金を渡すこと自体が迷惑なんだよ。仕事を回さないようにしているというのに……」


 ゼクトさんに仕事を回さない? どういうこと? でも、今、それを尋ねると、相手に主導権を握られるか。


 僕は、ふわりとやわらかな笑顔を浮かべた。すると男性は、警戒したみたいだ。


「お話は、それだけでしょうか?」


「は? 何だと?」


「僕は行くところがあるので、失礼します。マルク、行こう」


 マルクは、ボーっとしていた。久しぶりに見たポカン顔だ。あー、マルクの前でポーカーフェイスを使ったことはなかったっけ。


「ちょっと、待て!」


 そう言うと、その男性は剣を抜いた。そして、僕に剣先を向けた。ちょ、嘘だろ? 街の中だよ?


 その次の瞬間、僕の身体から光が飛び出して、その男性の剣を弾き飛ばした。


 えっ? 何?


『ヴァン、その男は、おまえを殺す気だ』


 精霊ブリリアント様!?


『あぁ、私の恩人を不意打ちで刺し殺そうとするなんて、許さない。その男には、こないだの奴と同じく、堕ちた精霊が取り憑いているよ』


 あ、ファシルド家のあの黒い影の……。


『そうだ。マルクは自分の能力を隠せるが、ヴァンはそれができない。だから、ヴァンだけが狙われている。キミがまとう淡き光には、私の気配があるからな。あの男は、キミに殺意を抱く自分に驚いているようだけどね』


 どうしましょうか。取り憑いている堕ちた精霊……呪霊を引き剥がすには……。


『いや、こんな人目のある場所では、やめておこう。キミが街に居づらくなる。それに、呪霊は取り憑いてはいるが、その男は、まだ完全には乗っ取られていない。神官の力で回復できる』


 わかりました。


 チラッとマルクを見ると、この声はマルクにも聞こえていたみたいだ。彼は軽く頷いた。



「今のチカラは一体……」


 混乱から立ち直ったのか、男性は剣を拾った。だが、鞘には入れずに、ダラリと右手に持っている。


「貴方は人を呼び止めるために、街の中で剣を抜き、剣先を向けるのですか?」


 僕は、たぶん冷たい目をしているんだと思う。男性の表情には焦りが見える。そして首をひねっている。


 こんな弱い子供が、自分の剣を弾き飛ばしたから混乱しているのか。


「いや、待て。おまえこそ、妙な魔法を使っただろう」


「正当防衛ですよ」


「街の中で、攻撃魔法を使うことのどこが、正当防衛なんだ? おまえのような子供は殺して……うん? 殺す?」


 なるほど、取り憑いている黒い呪霊が、この男性を動かしているんだ。だけど、確かに、乗っ取られてはいない。



「意味もなく剣を先に抜いたのは、兄さんの方だろ」


「坊やが魔法を使ったのか? 何も見えなかったぞ。弾き飛ばされたのは、防御の魔道具じゃないのか?」


「とりあえず、剣を収めろよ」


 僕をギルドから追いかけてきた他の人達が、仲裁をしようとしてくれている。この男性の仲間というわけでもないのか。


「うるさい! こんな子供は殺さなければ……」


「は? 何を言っている。どうしたんだよ、おまえ、最近おかしな言動が目立つぜ」


 ギルドから出てきた職員さんらしき人が、男性から剣を取り上げた。


「こんな子供は……いや、何だったか」


「しばらく休む方がいいんじゃないか。レベルを上げようと無茶をしすぎだぜ」


 男性は頷いている。よかった。堕ちた精霊が取り憑いている人には、僕は敵に見えるのかもしれないな。気をつけよう……どう気をつければいいかわからないけど。


「ヴァン、とりあえず、ここを離れよう」


「うん、そうだね」


 マルクが転移魔法を使おうとしたとき、また、僕の身体から光が飛び出した。


 ハッとして振り返ると、地面には、投げられたらしき短剣が転がっていた。さっきの男性の左手には、別の剣が握られている。


「今のを見ただろ? あの子供は、街の中で攻撃魔法を使ったぞ。あんな子供は……」


「おい! なぜ、背後から短剣を投げたんだ。おまえ、あの子を殺す気か? 知り合いでも何でもないだろう。どうしたんだよ」


 ギルドの職員さんらしき人が、男性を咎めている。 


「あの子供は、狂人と話していたんだぞ。それだけでも、殺されて当然だろう!?」


 ゼクトさんと話すと、殺されて当然? だから、関わると死ぬってみんなが言っているのか? 意味がわからない。


 まるで、ゼクトさんが罪人かのような言い方だ。いや、罪人なら、こんな場所をウロウロできるわけないよな。というか、そもそも誰かと話したから殺すというのも、ありえない理由だ。黒い呪霊の仕業なのかな。




「その言葉、私の前で、もう一度言ってくださるかしら」


 あっ、神官様が、目の前に突然、現れた。


「その子供は殺す……えっ? フランちゃん?」


 神官様は、何かの術をかけた。すると、その男性を覆っていた黒い影が消えた。


「変なモノに取り憑かれたみたいですわね。今ならまだ間に合うわ。街の教会に行って、除霊してもらいなさい」


 彼女は、冒険者がたくさんいる前なのに、神官の顔をしている。キャピッとしていない彼女には、近寄り難い神々しさがある。


「俺は、そんな……。その子供は、頭がおかしいんだ!」


「そうね、彼は、かなりおかしいわね。貴方がこの子を殺そうとするから、彼の守護精霊に呼び出されてしまったわ。貴方には、堕ちた精霊が取り憑いている。早くしないと、乗っ取られてしまうわよ!」


 神官様、かなりおかしいって何ですか。


「は? 薬師のくせに守護精霊? それを言うなら支配精霊だろ?」


 神官様は、一瞬チラッと僕の顔を見て、片眉を上げた。ちょ、どういう意味なんだ?



「彼はね、精霊師だよ」


 背後から、聞いたことのある声がした。すると、冒険者達の空気感が変わった。


「ルーミント様だ!」


 なんだか、英雄に向けるような恍惚とした表情……。ラスクさんって、そうか、SSランクだと言っていたっけ。



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