10、リースリング村 〜断れない依頼とリーフさんの魔法袋
「えっ!? なぜ毒薬なんて」
「魔物を効率良く狩るためよ」
アリアさんは平然とした表情で、まるで何でもないことのように、そんな言葉を口にした。
確かに魔物は、動物を襲うし、人も襲う。でも、温厚な魔物もいる。人に懐く魔物もいる。魔物を一掃するということは、無差別に殺すという意味なのだろうか。
「でも、僕は『薬師』のスキルを得たばかりで、使ったことがないですし、うまく作れるかどうか……」
「大丈夫よ。初めてでも作れるわ。それがスキルだもの」
アリアさんは、絶対僕に断らせないつもりのようだ。でも、そんな……。
「姉さん、新成人にそんなことを強いるのは、さすがにかわいそうだよ。そもそも、上級薬師を雇う予定だったじゃないか。ヴァンくんが『薬師』のスキルを得たことで、薬草探しの人手が増えたことは助かるけどさ」
リーフさんが、アリアさんをたしなめるようなことを言ってくれた。いい人だな。でも、トロッケン家の人だから、裏があるのかもしれない。
ん? 薬草探しの人手が増えた?
魔導学校の友達は、神官の中でも特にトロッケン家の神官は、血も涙もないと言っていたっけ。街にある教会の神官様とは、全然違う人種だと思っておく方がいいんだって。
「そうね、おととい十三歳になったばかりの子供だものね。確かに『薬師』としての初仕事が毒薬作りでは、かわいそうかしら」
「姉さん、初仕事が毒薬作りだなんて、純粋な彼にとって、トラウマになってしまうよ」
なんだか、僕は違和感を感じた。二人が互いに目で合図をしている。今までの僕なら気づかないほどの些細な変化だけど、今の僕には、よくわかるんだ。これはお芝居だ。
アリアさんは、始めから僕に毒薬を作らせる気はない。だけど、毒薬草探しをさせたいんだ。
僕は、どう返事をするべきか迷った。お芝居だと指摘する勇気はない。それに、二人は僕が何も気づいていないと思っている。それなら、きっと、気づかないフリをしておく方がいい。
「ヴァン、毒薬草を探してくれるかしら? 調合は、別の『薬師』に依頼するわ。この村のためでもあるのよ。これ以上、付近の魔物が増えてしまうと、この村も襲われかねないわ」
「えっ……」
「既に人のいない夜間には、ぶどう畑にまで入り込んでいるのよ。私が見回りをして、見つけ次第追い払っているから、たいした被害はないでしょう? でも私がこの村を去ると、たちまち魔物が押し寄せるわよ」
確かに、動物の骨らしきゴミは、畑にたくさん落ちていたけど……。僕に断らせないために、こんな言い方をするんだ。爺ちゃんが言っていた悪い大人って……。
「姉さん、また、そんな脅すような言い方をして。ヴァンくんが怯えているじゃないか」
二人は芝居を続けている。そして、二人とも僕の味方ではない。だけど、僕には断るという選択肢はない。それなら、より良い条件を引き出そう。
黙って言いなりになると、ますます酷い要求をされるかもしれない。魔導学校の友達が、そう警告していたっけ。
そもそも、金色の神矢を求めて、たくさんの人が集まっているなら、もうかなりの魔物が、討伐されているんじゃないのかな? 今更、毒薬が必要なのだろうか。
「あの、アリアさん、僕は魔導学校に通っていますけど、正直なところ、小さな弱い魔物と遭遇しても、逃げられるかどうかが不安です。毒薬草なら、山か森に行かないと生えていません」
僕がそう言うのを予想していたのか、アリアさんはフッと笑った。なんだか勝ち誇ったような笑みだ。
「それは大丈夫よ。冒険者ギルドに、魔物ハンターの派遣を依頼してあるもの。それに、ヴァンが一人で毒薬草を探すわけじゃないわ。薬草ハンターも依頼したの。ただ、薬草ハンターの知識レベルは低いから、毒薬草を探すとなると、上級薬師の同行が必要なのよ」
えっ!? 魔物ハンターと薬草ハンター!?
「じゃあ、行きます!」
あっ、まずい。喜んでいるのがバレる。落ち着かなきゃ。もともと準備されていたんだったら、アリアさんの手の上で転がされているようなものだ。言いなりにはなっちゃいけない。
「そう? ふふっ、助かるわ」
「でもアリアさん、ひとつ条件があります」
僕がそう言うと、彼女は面白そうな顔をした。
「わかっているわよ。報酬でしょ? そうね、誰でも見つけられる毒薬草には払えないわね。ヴァンは、村のために行くんだもの。でも、超薬草を見つけてくれたら、これくらいの量で銀貨1枚を払うわ。どう?」
超薬草って、たったこれだけで銀貨1枚? 高級なアイスワインと同じ価値があるんだ。たぶん、アリアさんは買い叩いている。商業ギルドに持っていけば、もっと高い値がつくかもしれない。
それに、アリアさんは、妖しい目で僕を見ている。何か、また試しているのだろうか。
「僕は、超薬草なんて見つけられないと思います。目の前に出されたものはわかるけど、山や森の中で探すだなんて、かなり難易度が上がると思うんです」
「あら、まぁ、そうね。超薬草を見つけるのは、上級では厳しいわね。残念ねー、ヴァンには報酬は払えないわ」
やっぱり……アリアさんは、僕が上級かどうかを確認したんだ。危なかったな。超級だとバレたら、めちゃくちゃ利用されそうだ。
「おやおや、姉さん、また酷いことを言って。ヴァンくん、そうだ! これをキミにあげるよ。報酬代わりに受け取ってくれ」
リーフさんは、布袋を僕に差し出した。ぶどうなら2房くらいしか入らない小さな布袋だ。
「ありがとうございます。えっと、何ですか? これ」
「知らないのかな? これは魔法袋というんだ」
「あっ! 知っています。たくさんの物を入れておける不思議な袋ですよね」
「あぁ、とは言っても、これはそれほどの容量はないんだけどね。装備して食料品や水を入れておけば、山歩きには安心だよ。さっき俺がこの超薬草を出したのも、魔法袋からなんだ。操作方法は知っているかな?」
「はい。魔導学校で習いました。でも、こんな普通の布袋じゃなくて、黒光りしている皮袋でしたけど」
「へぇ、それは工業ギルドが扱っている魔法袋だね。これは、僕が布袋を改造して作ったんだよ」
「リーフ様の手作りですか!?」
「あはは、手作りというほどでもないけどね。それと、俺も様呼びは遠慮しておこうかな。姉さんがアリアさんなんだから、ね」
「あ、はい、かしこまりました、リーフさん」
僕は、魔法袋を装備してみた。と言ってもたいしたことじゃない。腰のベルトに引っかけるだけなんだ。すると、魔法袋は、僕の魔力を吸って、わっ、消えた!?
嘘、消えるの?
だけど、魔法袋があるあたりに触れると、目の前に画面が現れた。中身を表示する画面だ。残り容量だけが表示されている。えっ? 残り1000? これって単位は……グラム?
「リーフさん、残り容量の単位って、グラムですか?」
「あはは、まさか。キログラムだよ。俺は、あまり大きな魔法袋は好きじゃないんだ。小袋の方が整理しやすいだろう?」
「魔導学校の授業で使っていたのは、100キロの魔法袋だったから、その十倍です!」
「リーフの魔法袋って、そんなに容量が少ないの? 余計な機能をつけているからよ」
アリアさんが呆れ顔だ。これは芝居ではない。リーフさんに冷ややかな目を向けている。この人、怖いな。
「腰にぶらぶらと下げているのは、見た目がちょっとね。見えない方がスマートでしょう?」
リーフさんって貴族っぽいし、なんだか、服装に対するこだわりが強そうだ。僕は、見た目よりも、消えることがすごいと思った。盗賊に狙われずに済みそうだ。
「リーフさん、大切にします」
「あら、ヴァン。そんな粗末な魔法袋を大切にするだなんて、言わない方がいいわ。貴方のジョブは『ソムリエ』でしょう? そんな調子では、肥えた貴族どもに舐められるわ。赤い矢の【富】がワインだったんだから、貴方は貴重な存在なのよ」
アリアさんは、僕を、自分の使用人かのように思っているんだろうか。なんだか、妖しい笑みが怖い。
「姉さん、そんな貴重な彼に、毒薬草を探させようとするのは、矛盾しているんじゃない? ヴァンくん、姉さんは怖い人だから、気をつけるんだよ」
「えっ? あ、えっと……」
これも芝居っぽい。やはり、二人で僕を懐柔しようとしているんだ。悪い大人……まさしく、この二人のことだよね。
「ヴァン、今日はもう農作業に戻ってくれて構わないわ」
帰れということかな。
僕は挨拶をして、村長様の家から出ていった。