1、プロローグ
プロローグは、物語の後半の雰囲気を知っていただけたら面白いかなと思って書きました。
これから主人公が得る【スキル】の一部の紹介にもなっています(←ネタバレです)
何も知らない状態で読みたいという方は、プロローグはスルーして、次話から読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いします。
「ヴァン! 待ってよ。ねぇ、ヴァンってば!」
「お嬢様、今回の仕事は終わりました。これにて失礼致します」
「終わってないの。ほら見て! 赤い矢よ。きっとワインよ」
彼女はブロンドの巻き髪を振り乱して、必死な顔で僕の腕にしがみついている。いつもながら、困ったお嬢様だ。
確か、僕より八つ年下だったか。ということは、彼女はもう十五歳だ。こんな子供のような振る舞いは、そろそろ、改めていただかなければならないな。
「フロリス、ヴァンは昨夜までの契約だぞ。ヴァン、いつも悪いな。また頼む」
「旦那様、いえ、では失礼致します」
「ちょっと、ヴァン、見てみてみて〜。あれぇ? 腐ってるワイン?」
僕は、彼女が手に持つ細長いボトルに目を移した。へぇ、赤い矢は、貴腐ワインだったのか。しかも、なかなかの逸品だ。
「なんと! 神矢の行商人から購入したが、腐ったワインなのか?」
この屋敷の主人は、相変わらずだ。神矢の【富】が、腐っているわけないじゃないか。
「お嬢様、それは貴腐ワインという甘美な香りの高級ワインです。リースリング種の白ぶどうから作られているようですが、爽やかさはありません。蜜のように甘いワインです。フォアグラなどと合わせると、より引き立ちますよ」
「ヴァン、私、フォアグラは好きじゃないの。そんな難しい説明ではわからないわ。ねぇ、今夜、このワインを一緒に飲みながら教えてよ」
「では次の機会に、わかりやすく丁寧にご説明致します。私はこれから別の予定がありますので、失礼致します」
「じゃあ、ランチでもいいわ。ねぇ、ヴァン」
そんな風に、上目遣いで駄々をこねられても困る。今回は、かなり頑張っておられる。次の機会は、後の予定をいれないようにするべきか。
「ヴァン、もし時間があるなら、昼食を食べていきなさい。フロリスも気に入っていることだし、専属執事として雇ってもいいと考えているのだよ」
「旦那様、大変ありがたいお話ですが、私のような若輩者に、名家の専属執事は荷が重いです。今日は、申し訳ないのですが、これで失礼致します」
「あぁ、そうか」
屋敷の中庭で、僕はいつものように、スキル『道化師』の変化を使った。
「あ〜、もう、ヴァンってば〜。また、鳥に変身しちゃったぁ」
挨拶代わりに、彼らの上をゆっくりと旋回した後、僕は、街の繁華街へと向かった。
カランカラン
スキルを解除して、いつもの飲み屋の扉を開いた。
「遅いぜ、ヴァン。なんだ、まだ仕事中か?」
「終わったとこだよ。着替えようか?」
「いや、おまえは目立つからな。黒服でいいぜ」
目立つのはゼクトの方だと思うけど?
「ゼクト、今夜?」
「いや、夕方頃かな」
そう言うとゼクトは、ニヤッと、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。その顔は、もしや?
「もしかして、金?」
「あぁ。しかも、ボックス山脈に重点投下の確率大だ」
「マジか! ずっとそれを待っていたんだ。すぐに出よう。いい場所がなくなる」
「ふっ、そのつもりだ」
僕達はグータッチをして、店を出た。
そして店の裏手から、ゼクトのスキルを使って、ボックス山脈へと転移した。
なぜボックス山脈と呼ぶのかは定かではないが、宝箱、すなわちトレジャーボックスが多いからだというのが、ゼクトの持論だ。
しかし、あいにくの天気だな。
冷たい雨に体力を奪われる。
「ちょっと寒いな」
「ヴァン、そこの洞穴はどうだ?」
「雨をしのげるなら、洞穴でも何でもいいけど。あっ、ちょ、ちょっと待った!」
「待たねぇぜ、クフフ」
「ちょ、スキルを使ってなくても、ヤバイってわかるんだけど……」
「楽しみ、の間違いだろ?」
ゼクトは、ニヤッと笑った。
「仕方ないな。でも、僕は戦力外だってこと、忘れてないよな?」
「そうだっけ? プハハ」
僕は、嬉々として洞穴に駆け込むゼクトの、少し後ろをついていった。
案の定、一歩、足を踏み入れた瞬間、スキル『盗賊』の危機感知ベルが、頭の中に鳴り響いた。
「ゼクト、いるぞ!」
「マジ? 大物か?」
キシャァァァッ〜
ダーンと、どこからか飛び出してきた巨大なトカゲ……。だが、コイツではない。
「ザコじゃねぇか」
「コイツじゃない、奥にいる」
「じゃあ、コイツはヴァンに任せた!」
「ええっ? 僕は戦力外だって言っただろ」
ゼクトは、ニッと笑って奥へと駆けていった。はぁ、もう、仕方ないな。
キシャァァァ〜
大トカゲは、ゼクトにはザコでも、僕にとっては強敵だ。まともに戦って、無駄に体力を奪われたくはない。
ここは、どれを使うかな?
キシャァァァ〜
考えている余裕がなくなった。
いつものでいいか。
僕は、スキル『魔獣使い』の通訳と従属、ついでに覇王を唱えた。ふわりと淡い光が、僕の身体から放たれた。
奴はその光を浴び、フリーズしている。効きすぎたかな。
「はわわわわわ」
「私に何か用事か?」
「いえいえいえいえいえいえ〜、あ、あの、なぜここに降臨されたのでぇぇ?」
「雨宿りに立ち寄っただけだ」
「そ、そそ、それは大変でしたねぇぇ。この季節は、雨は止まないのですぅぅ」
「今夜までには止むぞ」
「はわわわわ、か、神のお告げぇぇ」
錯乱状態の大トカゲは、どこかへ走り去った。
覇王まで使う必要はなかったな。効きすぎたせいで、神格化されてしまったらしい。
ドドーン!
洞穴が大きく揺れた。
ゼクトは、もう倒したのか。さすが、極級ハンターだな。だが、怪我をしたらしい。スキル『救命士』のヘルプベルが、僕の頭の中で派手に鳴っている。急ぎだな。
奥へと向かうと、彼はポーションを飲んで怪我と体力を回復しているところだった。だが、ヘルプベルは鳴り止まない。
「ゼクト、毒か?」
「あぁ、魔石持ちのドラゴンだったんだよ。単騎では厳しかったぜ」
「えっ? そんな奴を、なぜ倒せるんだよ」
だけど近くには、あるはずのドラゴンの屍はない。
「倒せてねぇよ。すぐに蘇生して逃げやがった。そんときに不意をつかれた。ヴァン、毒消し持ってるだろ?」
「魔石持ちの毒を消せる毒消し薬なんて、持ってないよ。作るから、ちょっと待って」
外は雨だから出たくないけど、仕方ないな。
魔石持ちの毒か……その素材となる超薬草は持っていない。だが確か、この付近に自生する木の実で、使えそうなものがあったはずだ。
「はわわわわわ〜、お、お食事を、あ、あの、お口に合うかは、あうあわわ〜」
僕が立ち上がると、突然、ドカドカと、大トカゲから貢ぎ物が届いた。へぇ、奴はワープを使うのか。
「ありがとう、助かる」
「はわわわわわ〜」
奴は奇声をあげながら、洞穴の外へと走り去った。
「ヴァン、またお友達が増えたのか? アハハ」
「友達じゃないよ。ちょっとスキルが、効きすぎただけだから」
「それでプレゼント攻撃か。フハハハ、いいじゃねぇか、美味そうな果物もある」
「まぁね。あぁ、この木の実が使えそうだな」
僕は、木の実と相性の良い薬草を、魔法袋から取り出した。そして、スキル『薬師』の調合と改良を使って、ゼクトに効く毒消し薬を作った。
「はい、飲んで」
「おう、助かるぜ」
ゼクトは、うげぇ〜と派手に騒ぎながら、毒消し薬を飲み干した。いい歳をした伝説のハンターが、苦い薬が苦手だなんて、誰も信じないだろうな。
効果は、まぁまぁのようだ。頭の中で鳴っていたヘルプベルの音も消えた。
「ヴァン、不味かったぞ」
「良薬は口に苦しっていうだろ?」
「知らねぇな。それより、おまえのお友達が、洞穴の入り口で、キシャーキシャーと飛び跳ねているようだぜ?」
「雨が止んで、嬉しいんじゃないか」
奴は、神のお告げ通り、雨が止んだと騒いでいる。妙に懐かれてしまっても面倒だ。無視しておくか。
「予測より、だいぶ早かったな」
そう言いつつ、ゼクトは貢ぎ物の果物を食べている。口直しだろうか。
「まだ、厚い雲が覆っているようだけど、あと5分かな。食べるなら、急いでよ」
僕がそう言うと、ゼクトは、目を細めて、フッと笑った。
「何? 遠い目をして」
「あの頃は、あんなに素朴でかわいい坊やだったのに……いつのまにか、生意気な二重人格に育っちまったと思ってな。あれは何年前だっけ? 俺が二十八歳くらいだったか?」
「ゼクトと初めて会ってから、もうすぐ十年かな? ちょっ、二重人格ってひどくない?」
「アハハ、俺は正直なんだよ。おっと、そろそろだな。いくぜ、相棒!」
僕が返事をする前に、ゼクトはスキルを使った。
次の瞬間、僕達は、晴れ渡る青空の下にいた。まるで十年前のあの日のような、雲ひとつない青空だった。
次話から、物語が始まります。
このプロローグの、十年前の世界、主人公の純朴な少年期です。
しばらくは毎日更新予定です。
どうぞよろしくお願いします。