2020-08-27
昼休み、早々に昼食を食べ終えた真紅と僕は、図書室で図書委員の担当の教師から、文化祭で図書委員がやる予定の企画についての説明を受けていた。
「というわけで、今回の文化祭では、図書委員会としてはビブリオバトルを開催する予定でな、図書委員のみんなにも参加してもらう。もちろん一般の生徒からも参加を募って、チャンプ本を決めるけど。賞品として図書カードを用意するつもりや。みんな、協力よろしくな」
椅子に座っている図書委員の生徒たちに、少し小太りの中年の男性教師が軽く頭を下げるのを僕はその教師から一番遠いところの席で見ていた。
ビブリオバトルというのは簡単に説明すれば、各人が自分のおすすめの本を紹介して、参加者それぞれが、どの本が一番読みたくなったかを投票して、もっとも多くの人が読みたいと思った本--これをチャンプ本という--を決めるというもので、全国大会なども開催されているらしい。近頃、多くの学校で教育の一環として行われているらしく、僕が通うこの森月高校でもその波にのかってやってみようというのがその教師の考えらしかった。
個人的には、文化祭中は部活の出し物の店番をしなければいけないし、あんまり参加したくはないけど、図書委員の仕事といえば仕事だし仕方がない。誰にもバレない程度に僕はため息をついた。
「今の説明で何か不明点とか質問とかあるか?」
誰も何も言わないだろうとたかをくくっていたところ、前に座っていた真紅が立ち上がって声が出そうになった。
「そのビブリオバトルには参加しなくても大丈夫でしょうか?」
「いやいや、これも図書委員の仕事やで。なんや、クラスでの出し物とか、部活での企画とかがあるんか?」
「別にそういう訳じゃありませんが……」
「なら参加せえや」
教師は明らかに不快そうに顔を顰めていた。対する真紅の顔はこちらからは見えない。でもたぶんブチギれそうになっているのは拳を握り締めているのを見て分かった。
「なんで俺が不特定多数の人間に自分のおすすめの本を紹介しなくちゃいけねえんだよぉぉ。おかしいだろうぉぉ。本ってのはなぁぁ、人の心を映すもんなんだよぉぉ。それを他人に見せろだとおぅぅぅ?お前は自分の内面をなんもしらないどこぞの誰かに見せるのかよぉぉ。頭狂ってんだろう。俺は絶対ぇぇぇ参加しねぇぇからな」
立ち上がって怒気を吐いていた真紅はそのまま歩きだす。僕もそれにつられて立ち上がって真紅の後ろをついて図書室から出ていった。
図書室から出ていくまでの間に見たほかの図書委員たちは、皆一様に口を開いてあっけにとられている感じだった。一人だけその教師はぷるぷると体を震わせてて、こめかみの血管が盛り上がっていた。
真紅の魂の思いは、本好きの僕としてはよくわかった。僕だって、好きな本をたいして親しくもない誰かに紹介したくなどない。本というの非常に個人的なものだ。自分の性質そのものと言ってもいい。よほど親しくない限り、わざわざそれを誰かに言うことなどない。
でも、僕なら適当に本を見繕って、読んだこともないような本の紹介をすることだろう。でも、真紅は僕みたいに投げやりでずる賢くない。彼は僕みたいに本に対してそんな失礼なことは出来ない。彼は、僕の知る他の誰よりも、本に対して真摯だった。
階段を飛び降りるように降りていく真紅を追いながら、僕は自然と頬を緩ませた。
読んでくださりありがとうございました。