妖魔施設~死亡率と重症率が高い仕事場に冤罪で左遷させられたけど、無事に仕事を全うして見せる!~
男は絶望している。
何故なら、彼は同僚のミスを擦り付けられ左遷されてしまった。
そして、その派遣先は……死亡率五割近く、重症率でいうならば九割前後と、まともで居られるのは一割いるかいないかだ。
その中には、身体的にと言うのも当然だが、精神的に死んだ者も居る。正に悪夢の仕事場である。
それだけ酷い仕事場なら辞めれば良いだろう? と思うかもしれないが、残念な事にそれは許されない。
もし逃げようものなら、地の果てまでも追いかけられ、他の仕事に付こうにも全て根回しが住んでいてコンビニのバイトにすら落ちてしまう。
正直な話、職業選択の自由はどうなったんだ? と思うかもしれないが、この左遷が決まった瞬間にそんなものは一切許されない。
さて、そんな男がこれから働く仕事場だが、実は仕事としては新しいタイプのモノだ。
話だけ聞くと内容は凄く簡単なもので、所謂〝お世話係〟だ。
では、何故そのようなモノで死亡者や精神を破壊されるような事になるかと言えば……。
お世話する存在が問題なのである。
そのお世話をするモノは、最近発見された〝妖魔〟と言われるモノ。
そして、その〝妖魔〟は全部で十二匹見つけられており、その一匹一匹にお世話係として食事の世話や部屋の掃除などの仕事をしなくてはいけない。
さて、その十二匹の〝妖魔〟だが、その姿はまるで干支の十二支と言った姿で、鼠から猪まで勢ぞろいだ。
そんな〝妖魔〟をお世話する理由。それは〝妖魔〟が溢れ出る〝妖力〟を取り込む技術を確立したためである。そして、その〝妖力〟を溢れ出させる為には……彼等の感情を揺れ動かさねばならない。
人で言う喜怒哀楽。これらのどれでも良いから引き出すことが出来れば、漏れる〝妖力〟が増える。となれば、お世話係の仕事の一つに彼等の感情を揺さぶると言う者が有るのも当然の話である。
しかし少し待って欲しい。
もし、この感情の揺さぶりが怒りに振り切れたらどうなるだろうか? 龍や寅といった〝妖魔〟が人に対してその怒りをぶつけたとなれば……そう、其れこそが死亡率や重症率の答えである。
そこまでして取り込む〝妖力〟は何に使うの? もしどうしようも無いのであれば、人が悪戯に死んでいるだけだろうと言う話だが……この〝妖力〟実に万能のエネルギーなのである。
例えば、電力に変換すれば、〝一匹〟の〝妖魔〟の〝妖力〟で、日本における一年分の電力が賄える。
他にも、ちょっと鉄が足らないな? と思った時、妖力を使いちょちょいと土やらスクラップの鉄など弄ればあら不思議、新品の鉄が誕生。と言った具合に、実に便利な不思議エネルギー。
更には医療などの世界でも使われており、もはや〝妖魔〟無しの世界は考えれなくなる程に及んでいる。
此処で話を戻そう。
そんな、全ての生活において必要不可欠になった〝妖力〟だが、その生産にはかなりの問題があり、その様な仕事場に好んで行く人間など居ない。
それ故に、この〝妖魔〟を見つけ利用法を発見した企業が、〝重大なミスをした社員〟を送る場所として、流刑地にしている訳だ。そして、其れを国も認めてしまっている。
そして、〝大したミス〟どころか〝ミスすらしておらず擦り付けられた〟男性が、何の抵抗も出来ず、遂にこの〝妖魔施設〟へと送られてきてしまった。
――初日――
「なんで俺が……」
と、ブツブツと文句を言いながらも、会社が辞令を出したのでは仕方ないと妖魔施設の内部へと入って行く男。
そして、受付まで来ると、にこやかな笑顔で受付の人間……にそっくりなロボットが挨拶をした。
「クロウ様、おまちしておりかした」
何とも流暢な言葉で話すロボット。まるで其処に生きた人が居るみたいではあるが……その姿は、人と言うには美人過ぎると言える。
社員の中には初見でロボット相手にガチで告白をした強者もいるそうだが……その者は相手が人で無いと解ると、絶望したそうだ。……なお、新しい世界の扉をその後開いた模様。
「社員証の提出をお願いします」
言われる儘に男……クロウは社員証を提出し一通りの説明を受けた。
「……と言う事で、クロウ様の担当は〝卯〟となります。こちらは〝比較的〟怪我の少ない〝妖魔〟となっていますので、長期間働けることを期待しています」
気休めも良い所である。
相手は〝妖魔〟だ。例え温厚そうな小型のモノでも安心など出来ない。現にクロウが聞いた事のある話には〝齧歯類に全身齧られた社員が居る〟と言う内容があった。
他にも〝解毒薬の無い毒〟を受けただの、〝眠りについてから一切目を覚まさない〟等と言ったものまで。
とは言え、クロウは思う。残りの一割あるか無いかだが無事に過ごしている者も居るのだ! と。そして、その一割になって見せる! と。
しかし、その決意は……脆くも崩れ去る事となった。
それぞれの〝妖魔〟が居る施設はと言うと、全てバラバラに配置されている。
これは、もし〝妖魔〟が暴れ出した時、他の〝妖魔〟に被害が出ない為である。むしろ、一緒になって暴れられでもしたら施設は崩壊。〝妖力〟の依存度が高い社会は崩壊してしまうだろう。
実は、お世話係とされる人は決して一人では無い。それは、実際にお世話をする者とソレをサポートする者や補欠と言った者達がいるからだ。
そして、その怪我をしない一割とは……そう、そのサポート要員である。そう、クロウが考えているのはそのサポート要員になる事だ。
「えー、新しく配属されるクロウです。本日より宜しくお願いします」
「おー! 良いタイミング出来たな! 私は此処でリーダーをしているサポート要員だ。短い間になると思うがよろしく頼むぞ!」
「えっと、短い間ですか?」
「うむ。間違いなく短い間だな。君に頼む仕事は直接お世話をする係だ! 何、ちょうど担当が怪我をして入院したからな……丁度良かった!」
ドーン! とでも効果音がなりそうなポーズでリーダーがそう宣言した。
そして、それはクロウにとって死刑宣告でも有る。まさか、此処に来て初日から直接の担当になるとは誰が思うだろうか。
それに関しては、本当に間が悪いと言える。何せ、クロウが来る前日に〝妖魔〟の〝怒り〟を買った担当が〝大怪我〟をして入院したのだから。
本来であれば、直接の担当になる前に、色々と仕事を覚えて貰う為にも予備の位置に配属されるはずだ。……まぁ、クロウはサポート要員になる気だったのだが、本来それは有り得ない。なぜかと言えば、リーダーがその地位を独占するから。とは言え、リーダー一人だけがサポート要員では無い。他にも居るのだが……まぁ、リーダーのお気に入りや古参がサポート要員になるので、新人にその椅子が回るはずも無い。
では! 予備担当だった者が繰り上げで良いでは無いか! と言う話になるが、新しく来た特徴もつかめない人間と、予備として少しでも居た人間であれば、リーダーからすれば後者を予備にするだろう。どんな相手かも解って居るし、多少なりと時間を共にしたのだから新人相手より情もあるというものだ。
そう、クロウは運が悪かった。ただそれだけだ。
「ま、そういう事だから。やる事は其処のファイルに書いてある。読んでおきたまえ。後は……まぁ、適当にサポートはしよう。ただ、まぁ、怪我をして入院するだろうから……名前はどうでも良いな」
実に酷い扱いである。
リーダーは名乗らないし、クロウの名前すら覚える気が無いと言っている。そして、それはリーダーだけでなく周囲の人間もまた同じ反応。
これはある意味仕方の無い話でもある。何せ名前を知れば情が生まれる。そして、情が生まれてしまえば……怪我をした時、いや、最悪死亡すらある仕事だ。正直やって居られないだろう。
なので、彼等はお互いの名前を極力覚えない様にしている。
しかし、それをクロウが知るはずも無く……実に冷たい奴等だ! と内心怒りを覚え、それならば此処で長い事生き残って奴等に目にものみせてやる! と意気込むのだった。
ペラリとクロウがファイルを読む。
今時アナログファイルかよ。パソコンにデータとして居れておけよ! と思わなくも無いが、これはかなりの機密なので外に出す訳には行かない。
と言う事で、このファイルは部屋から持ち出した瞬間燃えてしまう処理がされていたりするし、この部屋にはパソコンのパの字すら見当たらない。電子機器何ソレ美味しいの? と、いう事だ。
そして、クロウが書類を読んでいくと有る事が発覚する。
そう、これまでの担当者が怪我をした理由だ。
よくよく読んでみると、やはりと言うべきか怪我をした彼等は〝妖魔〟の〝怒り〟を買っている。
そして、その前後の状況が掛かれている内容を読んでみると……彼等は部屋に入った瞬間に〝妖魔〟に攻撃されているのだ。
これはどういう事だろうか? とクロウは思考する。
普通に考えて、お世話係なのだから部屋に入るのは当然だ。部屋に入らねば掃除も食事も与えることが出来ないのだから。
だと言うのにも拘らず部屋に入った瞬間と言う事は、〝妖魔〟は問答無用でお世話係を攻撃したと言う事になる。
と言う事は、〝部屋に入ること自体〟が〝妖魔〟の〝怒り〟を買う事に繋がったとしか思えない。そして、クロウはその事について、もしかしたら……〝妖魔〟と言う存在は思った以上に知性が有るのでは? という考えに至った。
そして、そうなればやる事は一つだ。そう、人間相手に行う様に行動すれば良い。
そう考えたクロウは早速行動を始める。何せ昨日お世話係が部屋に入ろうとした瞬間に怪我人を出したと言う事は、その後〝妖魔〟の部屋は放置されていた可能性が高いからだ。
基本的に〝妖魔〟のお世話は毎日する事。これは感情の揺れもそうだが、彼等は綺麗好きだ。そして美味しいモノが好きだ。一日でも欠かせば機嫌を損ねるだろう。しかし、既に一日放置されている状態である。
かなり危険だな……と、クロウはドキドキしながら〝妖魔〟の部屋へと向かうのだった。
コンコン。
クロウが部屋の扉をノックする。するのだが、中からは反応など無い。しかし、そんな事はクロウにとって予想済みだ。
一呼吸置いてからゆっくりと扉を開け「失礼します」と一言声を掛けてから部屋へと入ってく。
ただ、その姿をみたリーダー達はと言えば……アイツ何してるんだ? 馬鹿なのか? と言った目で見ていたのだが……まぁ、クロウにとっては実験でも有るのでそんな視線など一切気にしない。
入って行った〝妖魔〟の居る部屋では、部屋の片隅で〝卯〟とつけられたのが解る姿が視界に入った。
白くてもふもふとした〝うさぎ〟だ。
その姿は、普通のうさぎと何ら変わりも無い。ただのうさぎちゃんです! と紹介されれば、可愛いね! と返していただろう。
しかし、この施設に居る時点で、このうさぎの姿をした生き物は獰猛と言える〝妖魔〟である。
さて、約一日餌も無く掃除も無かった為に機嫌が悪いはずの〝妖魔〟だが、今は部屋の片隅で新しく来たクロウをチラっと確認し、後はフイっと顔をそむけるだけで終わった。奇跡である。
「今日から担当になったクロウだ。えっと……まず、水とごはんを変えるから少し待っててほしい」
そう告げ、返事も帰ってこないが作業を淡々と進めるクロウ。
偶に背中へ視線を感じるものの、嫌な雰囲気を感じる事が無かったクロウは精神を乱す事無く最初の作業を終えた。
「ご飯と水は此処に置いておくから……次は寝床のシーツを換えたいけど良いだろうか?」
そうクロウが聞くと、何の返事も無くすっと〝妖魔〟は立ち上がった。まさか攻撃されるか!? とクロウは身構えるが、そんな事は無く、〝妖魔〟はシーツの上から移動し黙々と餌を食べ始めた。
「美味しければいいのだが……それではシーツを持って行くな。ゆっくり食事を楽しんでくれ」
そう言ってクロウはシーツを埃などが舞わない様に回収し、〝妖魔〟の部屋を後にするのだった。
クロウが出て来た後、リーダー達はクロウが怪我もしていない事に驚愕を覚えた。が、それも一瞬の事で、〝妖魔〟の機嫌が其処まで悪くなかったのだろうと判断。
「よう新人。怪我も無かった様で……命拾いしたな!」
「運が良かった様で何よりだ」
怪我有りきの会話である。
しかし、ある意味死線を超えて来たクロウにとって、そんな少し悪意の籠った言葉など何ら気にする様な事でもない。
「そうですね。どうやら悪運の女神とダンスを踊った後なので、幸運の女神が様子を見に来てくれたようです」
そうにこやかに告げるクロウ。当然だが悪運の女神とは同僚の擦り付けと言う所業である。
とは言え、その様な事を知らないリーダー達からすれば、実に面白くない新人が入って来た物だと言った気分。
「ふん。お前もどうせ何かやらかして此処に来たんだろ。このまま怪我をしないと良いけどな?」
「おや、心配してくださっているようで。なるべく長く働けるよう頑張らせていただきますね」
実に可愛くない後輩だと感じるリーダー達。だが、此処で怪我をされるのは本来なら避けたいのも事実。何故なら、補充要因など中々来ないのだから。
当然、クロウが怪我をしたら次は予備の男の出番であり、その彼も怪我をすれば……と、まぁ、自分達の安全の為には頑張ってほしいのである。
だが、こっそりと裏で怪我をするかどうか賭けていたリーダー達。そして、全員が少しは怪我をするだろうと思っていた為に、その予想が外された事で面白く無い訳だ。実に馬鹿なリーダー達である。
そして、そのようなリーダー達の考えなど知る術もないクロウは……リーダー達に嫌われ喧嘩を売られている物だと早とちりをしてしまう。
そして、こいつら絶対に頭を下げさせてやる! その為には、絶対に怪我をする事無く仕事をこなすしかない! と、謎の対抗心を燃やしていた。
――二日目――
前日、〝妖魔〟が食事を終わっただろうタイミングで再度部屋に向かい、部屋の掃除とシーツを寝床に設置したクロウ。
その際も、何ら〝妖魔〟は反応すること無く、クロウのやる事をただただ受け入れていた。
そして、そんなクロウは今回も前日と同じ手法で〝妖魔〟の部屋へと入って行く。
当然だが、リーダー達の目は冷たい。
「昨日ぶり。先ず朝食を置いておくな」
そう告げて、クロウは朝食と水の準備をした。
その間、やはりと言うか背中に視線を感じるのだが、攻撃的な意思までは感じないクロウは準備を淡々とこなし、〝妖魔〟に一声かけてから部屋を後にした。
そして、部屋から出て来た後はリーダー達の視線に晒されるクロウ。
リーダー達はと言えば「おい、また無傷だぞ?」と誰かが言うと、「かすり傷やら痣やらが出来るのが当然だったよな?」と、傷一つないクロウに対して疑問を覚えるばかり。
とは言え、彼等は結局の処「奴の機嫌が良いんだろう。連日と続いて運が良い奴め」と、全てを運のお蔭と言う事にした。
もしこの時、色々と考えることが出来て居れば……彼等の往く道は変わっただろう。
さて、その様な〝運の良い男〟と思われているクロウだが。彼は〝妖魔〟について必死に考えていた。当然だろう、自分の命や健康体が掛かって居るのだから。
さて、先ず〝妖魔〟の姿はうさぎである。と言う事は、その性質はうさぎに準ずるのではないか? とクロウは考えた。
そして、うさぎについてだが……〝うさぎは寂しいと死んでしまう〟これは嘘だ。むしろ、人間が構えば構う程彼等はストレスを感じて最悪死に至る事も有る。
更に〝妖魔〟は狂暴だ。ではうさぎが狂暴で無いかと言えば……必ずしもそうとは言えない。これは、先ほどの構いすぎてストレスを感じると言うモノも関わってくるが、構いすぎるとうさぎというのは、暴れたり噛んで来たりする事だっていある。そう、実は割と狂暴だったりする。まぁ、突然豹変する感じなので、人間からしてみれば吃驚ではあるだろう。
「普通のうさぎとて、決して癒しの可愛いもふもふでは無いと言う事だな」
であれば、〝妖魔〟ともなれば、しかも知性を持ち合わせている可能性があるならば……更に気を付けるべき行為だろう。
決して可愛い! と抱き上げたりしようとしてはいけない。
そこでクロウはふと思った。これまでの怪我をした者達はどんな怪我だったのか? と。
そしてファイルを漁って行く。
ファイルに書かれている物、それは大体のモノが恐らく蹴られたのだろうと思われる内容だ。
首の骨を折った、腕を骨折した、足を骨折した、内臓が破裂した。などなど、打撃による怪我と思わしきものだらけ。
しかし、実に可笑しな記述も書かれている。
「……手や足に五百円ほどの穴が開いた?」
もし噛まれたとしても、其処までの巨大な穴はあのサイズからは考えられない。そして、蹴りで穴が空くはずも無い。
では何が有ったのか? 〝妖魔〟ならではの何かで無ないだろうか。
「これは……かなり気を引き締めないと行けないな」
蹴りだけでも問題が有る。だが、それに加えて胸を抉られたら確実に死ぬだろうサイズの穴を空ける力。
調べた事により、クロウはこの仕事に対して死と言うモノを更に実感する事となった。そして決意する。絶対に〝妖魔〟を怒らせる真似はしないでおこう……っと。
――七日目――
クロウの仕事ぶりは順調で、この一週間無傷だ。
これにはリーダー達も目を剥いている。何せ、今まで此処までの快挙を成し遂げた者は居なかったのだから。
だが、逆にクロウは思う。何故〝妖魔〟を知性の無い存在だと思って関わって居たのか……と。
一週間も真面目に〝妖魔〟と付き合えば理解出来るのではないだろうか。彼等が此方をしっかりと見て判断していると言う事ぐらいは。
しかし、どういう訳か、今までそれに気が付いた者は居らず、クロウが初めてその事に気が付いた。
そして、クロウはただ実践しているだけだ。入室のマナーと敵意を抱かせない様にする声掛けを。
そもそも、動物と相対する時もしっかりと声掛けはする物だ。馬などは良い例だろう。
彼らに対して、ゆっくりとした動作で声を掛けながら近づかなければ……彼等は恐怖から人を蹴ってしまう。そして大怪我をしてしまうのだ……人が。
他にも、犬にモノを覚えさせる時に語りかけない者は居るだろうか? そう考えれば、当然此方から声を掛けるのは当然の話である。
だが、どういう訳か。〝妖魔〟相手にそういった行動を取ったモノは居なかったのだろう。居たとしても……もしかしたら、癇に障る話し方をしていたのかもしれない。
そして、攻撃された者は死亡か大怪我か精神の崩壊という結果だ。当然、何をして怒らせたかなど知る術など無い。そう、情報が一切残っていない。
これに関しては、怪我をしたくないサポート要員が仕事をしていないと言う事になるのだが、其れを指摘する者はこの場に居ない。実に問題だらけの職場である。
そして、その職場体質が悲劇を生む。
「おう、えっと……名前はなんだったか。まぁ良いや。今日お前休みな」
突如リーダーから告げられるクロウ。一体何故? と思うのだが、休み事態はありがたい。何せ毎日ドキドキと精神をすり減らしていたのだから……とは言え、後半は随分とマシにはなっていたのだが。
「では、幾つか引継ぎを……」
「大丈夫大丈夫! 此処の所あいつ機嫌が良さそうだからな!」
ガハハ! と笑いながら大丈夫と豪語するリーダー。だが、其処には新人でも出来るのだから自分に出来ないハズは無いと言う、謎の自信とプライドから来る言葉であり、物語的にいうならフラグを立てまくっているとでも言った方が良いだろう。
「ですが……」
「あぁん? 俺はお前より此処に長く居るんだぞ? 奴の機嫌ぐらいわかるってもんだ」
「は、はぁ……そうですか」
リーダーの考えと言えば、其処にはここらでこの無傷の新人のマウントを取りたい。それだけだ。
その為に、新人からの引継ぎというアドバイスなど彼にとっては屈辱以外なにものでもない。
「解ったらお前は部屋で寝てろ」
「了解です」
そう告げられ、クロウは部屋へと戻り久方ぶりの二度寝を楽しんだ。
しかしてそれは、クロウ以外にとっての悪夢の始まりであった。
リーダーは何気ない動作で〝妖魔〟の部屋にある扉を開ける。そう、いつもクロウがやるような行為などせずに。
突如開けられた扉。それに吃驚するのは〝妖魔〟だ。
何時もであれば、ノックが有る。そして、その後しばらくしてから〝彼〟が入ってくる。だが、今日に限っては突如として扉が明けられた。
これは何かあったのか!? と〝妖魔〟は思ったが、そこに居る姿は何やら気持ち悪い笑顔を浮かべた男。
瞬間。〝妖魔〟は男に対する嫌悪感から攻勢へと移る。
人の目にもとまらぬ速さで動く〝妖魔〟は、一瞬の内にリーダーの足元へ。
そして、其処からお得意とも言える蹴撃が放たれた。
ドゴン! と、施設内に打撃音が響く。
他の物にとっては一週間以上ぶりの音であり、クロウにとっては初めての音……であるが、クロウは現在睡眠中。打撃音など聞こえてはいない。
「グアァァァァァァァァ!」
「リ、リーダー!?」
慌てる職員たちだが、リーダーがいる場所に近づくことが出来ない。何故なら其処には〝妖魔〟と言われるに相応しい姿となったうさぎが居る。
頭……所謂オデコの当たりから長い一本角を生やし、むき出しの巨大な牙。目は赤く血走っており実に鋭い。
この姿をクロウが見れば、「何時ものかわいらしいうさぎじゃない!?」と驚いただろう。
そして、職員達を睨みつける〝妖魔〟と、蛇に睨まれたカエルの様に動くことが出来ない職員。
更に、〝妖魔〟の足元には足を蹴られた事で粉砕骨折でもしたのか、立つ事すら許されないリーダーが転がっている。
一体どれぐらいの時間、〝妖魔〟に職員達は睨まれていたのだろうか? 十分? いや一時間? 彼等は長い事睨まれていたように思えた。
だが、実際にはそんなに時間は立っていない。彼らの恐怖がそう感じさせただけに過ぎない。
そして、そんな職員達を見る〝妖魔〟は、興味が失せたのか職員達から視線を逸らし、彼にとって諸悪の根源と言えるリーダーに視線を移した。
そして、その角が徐に天を仰いだ後、リーダーに向かって振り下ろされた。
グサリ! と、肉を刺す音が職員達に聞こえ、その音がした場所へと視線を移すと、〝妖魔〟がリーダーの肩を角で貫いている姿。
ここで、勇気ある職員ならば即座に動いていただろう。クロウを呼びに行くなり、救急車を呼ぶなりとやれる事はある。
しかし、彼等はあまりにもの恐怖で一切動くことが出来ない。
ただ、〝妖魔〟は自らの悪を滅ぼし気分が戻ったのか、チラリと職員達を再度見た後、何事も無かったかのように姿を元のうさぎに戻し……何を思ったのか、自らの部屋から脱走してしまった。
すやすやと眠るクロウ。きっといい夢でも見ているのだろうか、その顔はにやけ切っている。
しかし、そんなクロウの腹にずしり! と、何かが伸し掛かった。
「ぐぉ……な、なんだ?」
お腹への攻撃に対してクロウは何一つ思い当たる節など無い。何故ならこの場に理想の幼馴染や可愛い妹など居るはずも無い。そして、彼女だって……。いや、居たとしてもこのような施設に左遷された彼についてくるはずも無いだろう。
そう、一切思い当たる事が無いクロウは、もしや先輩たちの苛めか!? とお腹に置かれただろう物体を見る。
すると其処には、白く丸いもふもふとしたモノ。
「え……?」
疑問に満ちた声を上げるクロウ。そして、それに反応したのか、白い物体はモゾりと動いた。
「え、え、え……何でここに居るんだ?」
「キュ!」
〝部屋〟の外、其れもクロウの部屋に来た〝妖魔〟は、クロウに向かい一鳴き。それはまるで、自分のお世話係はお前だろう! 何で今日は来ていないんだ! と言わんばかりだ。
「えっと、おはよう? ごはんは食べたか?」
「キュゥ!」
まだだと告げる〝妖魔〟に対して、クロウもそうかまだだったか、と朝食の準備を始めようとし……そこで気が付く。
「あれぇ!? お前、鳴けたのか! てか、何を言ってるか何となくわかるけど何でだ!?」
「キュゥ?」
当然だろう? それより早くご飯をくれよ。と〝妖魔〟が呟くが、クロウは混乱の中。
だが、一週間死ぬかもしれないと気合を入れて行ってきた行動は、無意識でも動くもので……クロウは混乱しながらも適格に〝妖魔〟のご飯と水の準備を済ませた。
そして、その事に満足した〝妖魔〟は、自らの寝床に戻り……すやすやと眠り始めるのだった。
さて、その様なまったりとした〝妖魔〟はさておき、彼の機嫌を損ねたリーダーはと言えば……何とか無事? に病院へと運ばれた。
彼はうわ言で「なぜ俺が……」「新人のくせに……」と呟いていたらしい。が、彼がクロウのマウントを取る処か見返す事が出るのは二度と来ないだろう。
何故なら、妖魔の攻撃によってつけられた傷は治りが悪い。しかも、この特殊な角で刺されて出来た穴は、現在治ったモノが一人として居ない。
このリーダー……いや、リーダーだった男の肩が治る見込みは現在皆無と言う訳だ。となれば……彼が職場に戻って来る事は無いだろう。そしてそれが幸運かどうかは何とも言えない。
たとえ奇跡的に戻れたとしても、其処にはトラウマとなる〝妖魔〟が居る。
しかし、戻ることのできない現状……彼に残されているのは、この角によって出来た穴の調査と言うモルモットな日々。
もし、彼がプライドを捨てる事さえできていれば。
もし、彼が運だけと決めつけず考える事をしていればこのような事に放っていなかっただろう。全ては自業自得である。
さて、そんな元リーダーの話は良いとして、話はクロウへと戻る。
クロウはこの事により、〝卯チーム〟のリーダーへとなった。と言うよりも、他の職員達は恐怖に負け日々ビクビクと過ごしている。
それは何故か? 直接〝妖魔〟が人を害した姿を初めて見たからだ。そして、その事で完全に心が折られてしまい……行ってしまえば使い物にならなくなった。
とは言え、軽作業は出来るので〝妖魔〟が関わらないところで動いて貰っている。例えば、外部から来る餌を受け取ったりなどがソレに当たる。
そして、クロウはと言えば……。
「何か不満は無いか?」
「キュ!」
着々と〝妖魔〟との関係を良好にしている。
「全く、〝妖魔〟も知性や感情が有るんだから、ソレを考えて行動したらいいのになー」
「キュー」
一人と一匹。実に似たような行動をするが、一週間と少しで此処まで関係を改善出来たのはクロウの努力の賜物だろう。
この後、様々な事にクロウとこのうさぎの〝妖魔〟は巻き込まれる。
例えば、クロウを陥れた社員がこの〝妖魔施設〟の何処かに配属されたり、異常なほど怪我をしないクロウに気が付いた会社の上役が色々とちょっかいを掛けて来たり、他の〝妖魔〟達が自分達のお世話係もクロウにしろと暴れ出したりと……まぁ、実に大変な事が起きるのだが、それはまた別のお話。
ただ言えるのは、このクロウとうさぎの〝妖魔〟は、しっかりと絆を作り上げて行き決してクロウを〝妖魔〟が害した事は無いと言う事だろうか。