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第三節 家と人と土地と…… 2話目

「はぐっ、もぐもぐ……おいしー!」

「遠慮せずにどんどん食べてくださいね」


 ノインを連れ出してからほんの十分程度のことだった。ベルゴール近辺の土地を買おうと街中にある不動産店へと向かう途中、よほどお腹が空いていたのであろうか、ノインの腹の虫がぐう、と鳴り始めたのがきっかけだった。

 不動産店近くにある別の酒場にまで手塚はノインを連れ、そしてひとまずの昼食を取ることに。


「……けど、本当にいいの?」

「何がですか?」

「お腹いっぱい食べたら、お金……」

「気にする必要はありません。お金なら私が持っていますから」


 自らの食欲に負けながらも、ノインとしてはやはりお金のことが気になっていた。

 助けて貰ったことに加えて、こうしてお腹を満たしてくれる。ノインにとって手塚はまさに救世主であったが、同時に罪悪感の沸く相手でもあった。


「お金、稼がないと……」

「そんなこと、貴方のような子どもが気にする必要はありません。必要とあらば私が働けばよいのですから」


 人助けをするからには、最後まで面倒を見る。その面倒見の良さが、手塚が会社で仕事を押しつけられやすい原因の一つでもある。


「それにしても、本当に不思議なものですね……」

「……? 何が?」


 思えば馬車でグウェンドリーヌから途中食事としてパン等を貰った時からの疑問だった。

 どうしてゲーム内であるにも関わらず、こうして腹を満たすことができるのか。現実では一切ものを食べられるはずがないのにも関わらず、こうして味覚はおろか、満腹感まできっちりと感じ取ることができる。

「……最近のゲームは凄いですね」

「ゲーム? 何それ?」

「いえ、何でもありません」


 そしてグウェンドリーヌとの会話の中で、もう一つだけこの世界ゲームについて確認できたことがある。それはこの世界ゲームの住人は、メタ的な発言には理解を示さないということだ。

 ゲームの中でもたまにではあるが、「攻撃はAボタン、ジャンプはBボタンを使うんだ!」等というメタ的な発言があるゲームも存在する。しかしこの世界ゲームはあくまで世界観を重視してか、そういった類いの発言には反応が鈍いか、あるいは今のように理解を示さない。


「やはり、落ち着きませんね……」

 数少ないヒントから少しでもこの世界に溶け込もうとする手塚であったが、やはり先日聞かされた身(?)の安全が不確定な状況もあってか、この世界ゲームにおいてはまだまだ不安が拭えない。

 しかしそれでも目の前の少女がにぱぁっ、という効果音がつきそうな程に笑いながらパンをかじっている姿を目にしてしまえば、その不安もほんの少しだが和らいでしまう。


「おいしいですか?」

「うん! こんなにおいしいパンを食べたのは初めて! 前のお店は、パンが固かったんだよ?」

「フフッ、そうですか」


 悪態も出始めたとなれば精神的にも余裕が出てきたのだろう、彼女もまた不安を拭うべく他のことを考えているようにも見える。

 そうしたノインの仕草を見ている内に、スローライフのためのアイデアが手塚の頭に一つ浮かび上がる。


「そうですね……小麦畑を買い取って、パン工房を開くのもアリかもしれません」

「おじさん、パン屋さんになるの?」

「まだ決めかねていますが、ね」


 そうして二人で食事を楽しんでいると、やはり酒場ということもあってか泥酔した客同士の喧騒が手塚の耳に届き始める。


「てめえ何だってんだこの野郎! 剣っつったら重さがまず重要だろうが! 叩き斬る方がぜってえにつえぇんだよ!! 初代剣王もそんな感じだったからな!!」

「これだから脳筋野郎は困るんだよ! それこそ刀王の系譜を見れば分かる通り、切れ味が全てだっつってんだろ!」

「んだとお!!」

「やんのかコラァ!!」


 やれやれ、といった様子で手塚は食事を続けているが、ノインはというとやはり以前の記憶も呼び覚まされるのか、酒場での喧嘩という光景に目線を釘付けにして怯えている。


「……止めてきましょうか?」

「えっ!? で、でも――」

「ご心配なく」


 手塚はスッと立ち上がると、テーブルを挟んで今にも喧嘩しそうな二人の男の元へと地下より、仲裁のために割って入る。


「申し訳ありませんが、喧嘩なら外でやっていただけますか?」

「……何だこのやさ男は! 細っちょろい体して、そもそも剣持てるのかよ!!」


 確かに冷静になって見比べれば、いくら鍛えているとはいえ普通のサラリーマンより筋肉が盛り上がっていて体格が良い程度で、目の前の男二人のようなバキバキのボディビルダーレベルにまでは手塚の体は仕上がっていない。

 見た目的には一目瞭然、この後の喧嘩の怒りの矛先的に手塚は二人にのされるのが世の常だろう。

 ――そう、見た目上では。


「壁とでも話してろ、この野郎!!」


 男二人からほぼ同時に殴りかかられ、それぞれの拳が真っ直ぐに手塚の顔面に向かっていく――筈だった。


「――ッ!?」

「何ッ!?」


 ――筋力(STR)評価 SSが、ここにて如実に意味を成してくる。手塚は二人の行動に眉一つ動かすことなく、それぞれ放たれた拳を片手で止めてみせたのである。

 更にあろうことか二人の拳を上から握りつぶすように握力を加えてみせつつ、再度手塚は男二人に忠告を述べる。


「これ以上の喧嘩は無意味です、と言ったのが聞こえませんでしたか?」

「ヒッ、ヒィッ!」


 握った拳を力を込めて押し戻し、その勢いで二人をその場に転がせば、その場は完全に手塚によって支配されたに等しい。


「ち、畜生!」

「別のところで飲み直すぞ! こんな化け物がいるところに、これ以上いられるか!」

「化け物とは失敬な」


 困り顔を見せながら布巾で手を拭きつつ、手塚は二人の背中を見送って再度椅子へと座りなおした。すると辺りからはよくやったという意味なのであろうか、パチパチとまばらな拍手が手塚に送られる。

 そんな中で店主も二人には困らせられていたのか、注文をしていないはずのローストビーフがテーブルの上にのせられる。


「兄ちゃん、これは店からの奢りだ」

「いえ、私は何も――」

「いいから、食ってくれ」


 そういうつもりではないにも関わらず思いがけないお礼を受けた手塚は、軽い会釈を交わした後、ノインにこれも食べてみるようにと料理を勧めた。


「えぇっ、そんな。おじさんが食べないと」

「私も頂きますから、貴方もどうぞ」

「うーん……」


 ノインとしてはこれまで受け取ってしまうことはできなかったのだろう、できたてほやほやの肉を前に涎を垂らしながらも、困ったような表情を浮かべている。

 そうして手を出さないまま、しばらくしていると――


「じゃ、あたしが貰ってもいい?」

「えっ?」


 ノインが顔を上げるとそこには、手塚のような革の装備に身を包んだ一人の女性が立っていた。


「あたしが貰ってあげようか?」

「えっ、えぇっと……」


 年齢的には、丁度二十歳前後といったところであろうか。大人びた美女、という単語が思い浮かぶような端正な顔立ちと、それに似合う肩までのロングヘア。少なくともこういったVRMMOをするような出で立ちには思えない。


「じゃ、もーらい――」


 そんな女性が手を伸ばそうとしたその時、手塚は反射的にその手を睨みつけていた。

 それにおぞましい程の何かを感じ取ったのか、目を合わせていないにも関わらず女性の手が止まり、そしてゆっくりと顔が手塚の方へと向けられる。


「い、今のは何……?」

「座りなさい」


 手塚が冷たい声で女性に声をかけると、流石にそれはと反論の声を発そうとした。


「えっ、ちょっと待って――」

「いいから座りなさい」


 先程以上の威圧感を感じ取ったのか、女性は身近な椅子を一つ持ってきて、同じテーブルへと席につく。


「……悪いことしたのなら謝るよ。だから――」


 ばつの悪そうな表情で謝ろうとする女性の前に手塚は皿を一つ分けると、壁に掲げられたメニュー表に指を差した。


「お腹が空いているのなら、最初から注文をしなさい」

「は、はぁ……」


 怒られるかと思いきや、何故か食事の席に同席が出来ることに、女性はただただ息を漏らすしか無かった。

 プレイヤー一人追加でーす(回転寿司店員風)。


 小説を楽しんでいただけた際には、恐縮ですが評価等いただければ幸いです(作者の励みになります)。(・ω・´)

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