第二節 出会い 2話目
「ひとまず今日のところは家と土地を揃えてログアウトをしたいところですが……」
ストラード以外の町へと移動を試みることを決めた手塚は、早速足下に伸びる野道をとぼとぼと歩いていた。
「移動手段として徒歩を選んだのはミスとしか言い様がありませんね……」
森の中、辺りを見回したところで小鳥のさえずる声と小動物がちらほらと見えるくらいで人の姿など見当たらない。
「うーむ、今どこまで自分が歩いているか、さっぱりと分かりません」
地図を見ながらではあるものの、ついさっきと同じような光景が広がるばかりで段々と自信が無くなってくる。
手塚は一旦ここで諦めようかと溜息をついたが――
「馬の走る音……?」
それとともに車輪が地面の小石を弾く音が、段々と大きくなってくる。
「これは丁度いい。同乗させて貰いましょう」
音のする方を振り向けば、既に近くまで馬車は迫ってきている。手塚が手を振ることで馬車に向かってアピールすると、幸運にも馬車は目の前で停止し、騎手が話しかけてきた。
「一体なんなんだ? 我々は急いでいるんだが――」
「申し訳ありません、近くの町まででいいので連れて行っていただけますでしょうか?」
謝礼も支払うことを言おうとしたが、その前に騎手の方からばつが悪そうな表情とともに断られてしまう。
「はぁ……悪いがこっちは既に客人を乗せているんだ。普段なら断ることもないが、今回は――」
「別に構わなくてよ」
半ば諦め駆けていたその時、馬車の中から凜々しい少女の声が聞こえてくる。
「そこのお方。私達はベルゴールまで向かう途中なのだけれど、道中ご一緒してもよろしくてよ?」
開いた馬車の扉から、色白の足がのぞきでる。続いて全身が露わになったところで、手塚は少しばかり緊張してしまった。
貴族の令嬢のお手本とでもいわんばかりの金髪に縦ロールのロングヘア。そして両親からは蝶よ花よと育てられてきたのだろう、血色の良い艶やか肌を日の下にさらし、豊かに育まれた胸を突き出して、青く澄んだ瞳で手塚の姿を捉えている。言葉尻が少々高飛車似思えなくもないが、それもどこかのご令嬢としてはある意味正解なのだろう。
「ありがとうございます。とにかく町にさえ向かうことができればいいので――」
「あらそうなの? でしたら、その間暇つぶしとして私の話し相手になってくださるかしら?」
話し相手くらいならばと手塚が馬車の足場に足をかけたところで、令嬢の言っている意味が理解できたと同時に別の疑問が湧いてきた。
――何故令嬢の父親なり護衛なりがついていないのか。あのやる気がいまいち感じられない騎手が護衛として戦えるとでもいうのだろうか。
「一人だけなんですね」
「あら? 別に護衛なんてつける必要はなくてよ? 私にはこれがあるもの」
そう言って令嬢がくるっと人差し指を回すと、人差し指の先にろうそくのように炎が灯される。
「私の家は魔法を使える一族なの。だ・か・ら、護衛なんてお金ばっかりかかる役立たずを雇う必要なんて無いのよ」
「それは凄いですね」
手塚は素直に賞賛するとともに、ある意味ではここでようやくこの世界がゲームなのだという実感が沸いてきた。流石にアーノルドの一件についてはあまりにもかけ離れすぎているため、ここではノーカウントとするべきなのだろう。
「それより貴方、わざわざ一人なのを確認したってことは相手次第では強盗でもはたらくつもりだったの?」
「いえいえ、まさか。そんなことはないですよ」
ということは今までは何度かあったのだろうかと、手塚はふと思ってしまう。しかしこの様子だとそのいずれも彼女の魔法の前には太刀打ちができなかったと推測できる。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。グウェンドリーヌ=パスクよ。ベルゴールでパスク家の人間を知らない人間なんていないわ」
「となると相当有名な貴族の方、ということですか?」
「だからそう言っているのだけれど……まっ、貴方のようなぱっと見庶民としか思えないはそもそも貴族の違いなんて分かるわけないかしら? オーッホッホッホッホ!!」
見事に貴族がやりかねない高笑いを目の前で見せつけられた手塚はというと、馬鹿にされたというより本当にこういう笑い方をするのかという感動の方が大きかった。そのおかげで特にムッとした表情を浮かべることもなくジッとグウェンドリーヌを見つめていると、彼女の方もまた予想外にも不機嫌にならなかった手塚を不思議そうにしている。
「……貴方、もしかして皮肉が分からない程庶民なのかしら?」
「……まあ、そういうことにしておいてください」
本当は皮肉などとっくに分かっていたが、それよりも目の前の令嬢が令嬢らしく振る舞う様をもっと見ていたいからというのが本音である。
「それで貴方、名前は?」
名前と聞かれた手塚は、しばらく黙り込んだ後、やはりあの名前の方を言わなければならないのかと諦め気味に自分の登録ネームを答える。
「……ミッチーといいます」
「ミッチーというのね。それでミッチーは、どうして近くの町まで乗せて貰いたいなんていうのかしら?」
「そうですね……何と言えば良いのでしょうか」
こことは違う別世界の暮らしに疲れたので、この世界ではのんびり過ごしたい――なんて言ったところで理解はされないだろう。手塚は少し考えた後に、上手い言い回しでもってグウェンドリーヌの質問に答えを返す。
「実は最近になってこの近辺に引っ越すことになって、引っ越し先を今探しているところなのです」
「引っ越し……? まあ、確かにベヨシュタットは他の国に比べたらまだ安定している方とも言えるし、ベルゴールも国境付近とはいえ大きな街だから引っ越す先に考えるのも分かるわ」
何より自分の一族もいる街だから――とそのまま自慢に繋げる辺り、よほど自分の出身に誇りを持っているのであろう。
そんなグウェンドリーヌとの世間話を交わしながら、数日かけての移動の末に到着した街、それが――
「――ベルゴール。百年前に一度戦火に巻き込まれたとは思えないくらいに発展しているでしょう?」
「確かに、これは……」
最初の街を基準にすれば、その規模は二倍から三倍にも大きな市街地。川にかかる大きな橋を渡れば目の前に広がっているのは大通り沿いに並ぶ商店に人がごった返しているという光景。馬車も自然とスピードが落ち、最終目的地である家に到着するまでもがそれなりに時間がかかってしまっていた。
「それでは、私の家はこちらですので」
令嬢の住む家というからには大きな庭があって――といった予想を立てていたが、街中にある一回りも二回りも大きな建物がグウェンドリーヌの住む家なのだという。
「中世というよりも近代、といったところでしょうか」
ひとまずはここにてログアウトをして次回にこの街を探索してまわり、資金を活用してスローライフを組み立てようと考えた手塚は、ひとまずログアウトをしようとステータスボードを呼び出した。
しかし――
「……おかしいですね。ログアウトがありません」
――オプションメニューを開いても、それらしきものが見つからない。それどころかログイン関連、アカウント関連の項目すら見当たらない。
「……これは困りましたね」
手塚は腕を組んで顎に手を当て、滅多に見せない困り顔を露わにした。
最初のヒロイン候補(?)との出会い、そして問題発生。
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