庭園の思い出
馬車は無情にも公爵領に到着し、正門を抜けていった。
正門を抜けると広大な庭園があり、四季折々の花が訪れる人を楽しませるよう工夫されている。中でもバラ園はたいしたものである。
マラン王子はバラの品種改良に力をいれており、それを聞きつけた父・オーモン公爵が、バラ園を大幅に作り直したのだ。
また植物好きなマラン王子が訪れることを願って、温室も設置したりとせっせとマラン王子の点数稼ぎに精を出していた。
全てが負の遺産になったわね・・・
ナターシャは通り過ぎるバラ園や温室を横目に眺めながら、この投資資金を返せと父親にいわれたらどうしようかとぼんやり考えていた。
マラン王子はとにかく植物が好きで、土いじりばかりしているちょっとばかり不思議な王子だった。リザに言わせると植物オタクだそうである。
熱中しだすと誰が横にいようがお構いなしで、没頭してしまう。ナターシャには昔から見慣れた光景だったが、他の人には奇異に映ったようだ。
その没頭しているマラン王子を眺めるのもナターシャの楽しみのひとつだった。
木陰で土いじりをしているマラン王子を眺めていると、時々飼い犬のベスがやって来て、ベスを撫でてるうちにウトウトしてしまう。ベスの温もりを感じながらはっと目を覚ますと、先程と変わらず土いじりに熱中しているマラン王子がそこにいる。
その瞬間のなんとも言えない幸福感がとても好きだった。
ただその話をリザに昔話したところ
「え、なにそれ、気持ち悪い。ナターシャってほんと根っからのストーカー気質なんだね」
と言われてからは、他人には話していない。
マラン王子はバラを交配させては、単色ではないバイカラーの花などを作ったりしていた。彼の作りだした黄色に赤い縁取りのついたバラは、王都の若い女性にも人気があったようだ。
いずれは夕暮れをモチーフにオレンジから青に染まる空を表現したバラを作り出すという夢をよく語っていた。
「愛する人にそのバラを捧げたい」
という彼の話を聞きながら、ナターシャ自身がそのバラを受け取るところを想像したりして、勝手にキュンキュンしてたものである。
正門からしばらくバラ園などの庭園を走り抜けると、ようやく屋敷に到着する。
馬車を降り立つと天気は快晴だった。
いくら天気が良くっても、ナターシャの心を晴らしてくれそうな要素は一切見当たらない。
使用人が空けてくれた扉を抜けて玄関ホールを入ると、あれ?
玄関ホールに父・オーモン公爵がいる。
おや?彼の握っている書簡はなんだろうか・・・背中を向けているので表情は確認できないが、心なしか彼の肩は小刻みに震えているように見える。
まずい!