領地へ向かう
「はぁ、ほんと帰りたくない・・・」
ナターシャは暗い気分で馬車に揺られていた。
向かう先は両親のいる公爵領である。
自身ですらまだ受け止められていないマラン王子からの婚約破棄を両親に伝えなければならない。王城からの通知を見るよりさきにナターシャ本人から聞かされたほうが、まだ父親のダメージは少ないだろう。
通知がまだ父の手元に届いていませんように。
ナターシャの父・オーモン公爵は権力を持っている人間に漏れずなかなかの野心家だ。領地運営だけでなく、最近は色々と商売にも手を広げようとしているらしい。
ナターシャの兄である嫡男のフェリクスも父親の気性を継いでいた。王太子とも学園時代からの親友で、オーモン公爵家はこの先も安泰のようだ。
政治的にも野心的な父は、ナターシャのマラン王子との婚約をたいそう喜んでいた。半分はオーモン公爵が力業でねじ込んだ婚約なのだが。
父の落胆ぶりを想像すると、ナターシャは胃がキリキリと痛んだ。
長身で黒髪にブルーアイズのオーモン公爵の容姿をフェリクスとナターシャは受け継いでいた。一方ナターシャのひとつ下の妹セレナは、社交界の天使ともいわれたという母・シャルロットの容姿を受け継いで,フワフワとした金髪に神秘の泉のような水色の瞳をしていた。
セレナのような容姿だったら、マラン王子も婚約破棄をしなかったかしら。
あ、だめ、ほんと今すごい卑屈になっているわ。
天真爛漫で天使のように可愛らしいセレナは学園でも人気者だが、実は貴族ではない婚約者がいる。セレナに貴族ではない恋人がいると知った父親は卒倒しそうになり、あらゆる手を尽くしてセレナと恋人を別れさせそうとしたが、最終的には二人を婚約者させた。
まあ、相手がとてつもなく金持ちの大商人の嫡男だったからね。
以前は富と権力は貴族に集中していたが、最近は商人たちの台頭が著しい。特権階級に胡座をかいているだけでは、貴族も領地経営がたちゆかなくなり領地を手放す貴族もいるという。そういった領地を大商人達が手に入れて、社交界に進出したりと最近の商人たちの地位向上は目を見張るものがある。
「時代も変わってくものね」
なにせあの父が商人を娘の婚約者と認める日がくるなんて。
もしかすると上の娘が国の最高権力者の息子と結婚するなら、下の娘は実利をとろうと考えたのかもしれなかった。
その考えに思い当たったナターシャは、また胃がキリキリと痛んできた気がする。
「はぁ、ますます帰りたくない・・・」