突然の婚約破棄
「今、なんとおっしゃったの?」
確かに耳はマラン王子の言葉を聞きとったはずなのに、頭が理解できなかった。
「うん、ごめん」
いや、ごめんじゃなくて。だから、もう一度言って
「婚約はなかったことにしたいんだ」
ああ、やっぱり聞き間違えじゃなかったんだ。
うららかな午後、泣いてしまいそうなほどいい天気の中、ナターシャは空を見上げた。
婚約者である第二王子マランに、学園内の王族専用の庭園に呼び出された公爵令嬢ナターシャはなんとなく嫌な予感を感じていたのだ。
マラン、ナターシャ共に18歳。母親同士が仲がいいこともあり幼なじみとして過ごしてきた。
マランはこの国の王族の例に漏れずすらっとした長身に、くすんだブロンドとモスグリーンの瞳を持つ見目麗しい青年だ。少し垂れた瞳は昔からナターシャのお気に入りだった。
一方のナターシャはストレートの黒髪に、気の強そうなブルーアイズ。女性にしては少し背が高くすらっとした印象だ。
マラン王子の言葉にナターシャは震える両手を握りしめ、ぐっとお腹に力を入れた。
「理由をお聞きしても?」
我ながら可愛げのない対応だと思う。
最近ちらほらと耳に入ってくる子爵令嬢のローラ嬢が理由だろうか。
ふわふわのブロンドにうるうるとした榛色の瞳は、誰もが守ってあげたくなるような可愛らしさだという。
「このまま結婚してもふたりとも幸せになれないと思ったんだ」
「あら、新たに幸せになれそうな可愛い方を見つけられたのかしら」
だめだめ。なんて嫌味な言葉を吐いてしまうのだろう。
「ローラのことはもちろん好きだ。大切にしたいと思ってる」
ナターシャの言葉に眉をひそめつつもマラン王子は答えた。
好き?大切にしたい?
その言葉を理解した瞬間、カッと頭に血が上った。
「簡単に婚約破棄が出来るとお思いですか?幼い頃からの両家の決め事をそんな一方的に覆せるとでも?学園を卒業と同時に宮殿に行って花嫁修業をさせて頂くお話しでしたし、結婚は一年半後というお話しだったではありませんかっ」
ナターシャは一気にまくし立てた。
「マラン様は一体どういうおつもりでっ」
「だから、ごめん!」
普段は穏やかなマラン王子が少し声を荒げ、ナターシャの言葉を遮った。
ああ、だめだなと思う。マラン王子は穏やかな性格だが、こうと決めたら梃子でも動かないことがある。今の彼にはその兆候が現れていた。
「でもっ、どうしてっ」
それでもナターシャは重ねて追いすがろうとしたが、マラン王子は直視するのが耐えられないように目線をそらして言った。
「ごめん、ナターシャ。
君といると、時々、息が詰まるんだ」