短編 心を持たない物から、心を手に入れた者へ
意思なんて言うのは曖昧なものでしかない。なぜならそれは簡単に失ったり、手に入るものだからだ。 意思を必要としなかった物が時を経て、”興味”と言う意思を手に入れた時、なにをするのだろうか。
心と言うものは手に入るが失わないものだ。傷ついたり、壊れたりするが少しずつ元に戻り、いつまでもそこに在り続ける大切なもの。それは意思を持つ全ての存在が持っているべきもの。存在する理由。
だが、意思を持ち、心を持つことを許されない存在は何のために存在するのだろうか。
ただ意味のない意思を持ち、心を持つことを許されず、ただ延々と作業を繰り返すのみ。そんな物が存在する理由。そんなものは神しか知らない。
昔は青く、白い雲が浮かび、さまざまな鳥が飛び交った美しい空があったらしい。だが今は数多の争いで生まれた黒い灰によって作られた厚くて黒い雲に覆われた、飛ぶ鳥は地に落ちる混沌の空。
混沌は空だけではなく、地にも蔓延り、皮でできたような黒い服にフードを深くかぶった五つの人の形をした物体が、その混沌に向かおうとしていた。
「R-5、残リどのくらいダ」
「R-1、残り800m、逃げテきタものハ確認しテいなイ」
そうR-5より流暢に言うとR-1は800m先にある目的地の方に向き直り、何も考えていないような顔をした。R-5は、R-1が何を考えているか心当たりはあるが、理由は全くわからない。そして残りのR-2、R-3、R-4は何も言わずに一定の速度で歩いていた。
「残り100m、構えロ」
R-5が残りの4機に告げると、R-1が口を開いた。
「手順は分かっテいるだろうが、目的ハ破壊サれた機体5機の回収、もしくは完全破壊ダ。機体はこの街のちょうど中心、で起動反応が消えたとの情報ダ。その場所に向かウ、そしていくら難攻不落の街といえ人はなるべク殺すな」
起動反応が消えた。つまりどんな状態であれ破壊されたと言うことだ。そんな機体を回収するのは、人間に解析することが不可能とはいえ情報が漏れるのを避けるためだろう。
「でハ、行くぞ」
5機はそれぞれ黒い服のフードを深く被り直し、町の中心を目指した。
「中心まで200m、街に変わった様子ハなイ」
この街は人通りも多く、住人の様子も異変を感じられなかったため、潜入したことには気づかれていないようだった。空は黒い灰の雲で覆われているのに、この街は至って普通だ。
「残り50m、周囲警戒」
半径数十キロの円形の町。その中心にようやく到達するとき、違和感を感じた。先に潜入して破壊された機体は、おそらくこの街にある。なのにこの街は今まで何もなかったかのように平和そうな日常だ。
「誰かいるゾ」
残り30m地点、そこに到達した時町のちょうど中心に我々と同じフードを被った五つの黒い影、人間のような形だ。破壊された機体も五体。だが破壊されているので立って歩くわけがない。
「あれハ……」
黒い影が全員一斉にフードを外した。そして彼らの顔は先に潜入した機体の特徴100%一致。全員黒の髪に茶色の目、左頬に赤い縦線が一本ある。壊れたはずの機体は立って歩いていた。
「S-100、S-122、S-134、S-137、S-155だナ。 回収にきタ。直ちに戻レ」
我々が、手を伸ばせば触れられる距離まで近づき、R-4が5機にそう告げた。だが、まるで人形に話しかけているように何も反応しない。
彼らは何も言わずに素早く服の袖から剣を取り出すと、R-4の首を切り落として、頭部を踏み潰した。
「R-4全損、戦闘態勢に入レ、破壊すル」
R-1がそう言うと、全機が変装のための服を捨てた。その姿は人間で言う裸。人間のような部分の色は普通の肌色、だが横腹や太もも、左腕が金属特有のあまり反射しない銀色の機械になっていた。体系は少し高めの身長に、無駄のない筋肉の上にほんのうっすら脂肪があるようで、全機の体系は全く同じ。顔もR-5以外、白の髪に黒の瞳と人間が見たら見分けのつかないレベルで変化がなかった。だが、R-5は艶のある深い紫色の髪、そしてそれと同じ紫色の瞳をしていた。
R-5以外の機体がそれぞれ身につけている装飾と言う光を反射していない銀色で機械を表すかのような装飾品を、外装と言う自身を強化する装備に変化させて、戦闘態勢に入った。
腕の装飾で、左腕を腕より長い剣にしたR-1、巨大な動力砲に変えたR-2は何も持たず、背に我々が動くための動力を利用して、もともと飛ぶことができるR-1たちの能力を大幅に強化する6枚の金属の羽を装備したR-3は二本の剣を持ち、敵とみなした5機に向かった。
そして、さっきまで居た街を歩く人々はまるで知らされていたかのようにどこかに消え、我々しか居なくなった。R-5は装飾を持たず、戦闘機ではないが一般の大振りの剣を持ち敵機に向かった。
戦いは、かなり危険な状態だった。奴らは動きを的確に分析し、落ち着いていた。
「流石ガに強イ。ダガ、所詮旧式」
少し優勢の敵機であるR-4をロストさせたS-100が、R-1の攻撃を剣で受けながら呟いた。
だが、機械である我々も敵機も全く動じない。いや、どんなことがあろうとも動じないと思っていた……
「R-2全損、このまま続けるノハ危険と判断」
R-2が全損した知らせを少し離れた場所で戦っているR-5から聞いたR-1は、僅からながら動揺した。そして剣に集中されていた意識がほんの少し、分散した。
相手もその隙を逃さない。S-100は敵が減ったからと余裕を見せたりせずに、冷静かつ確実にR-1を破壊するために剣を振りあげた。だが、R-1はその動きに素早く反応し、振り上げた剣を突いて、敵の剣の力を後ろに流させると、S-100の体を真っ二つにし、頭部に剣を突き立てた。
R-3は、敵機3体、S-122、S-134、S-155を相手にしていた。もともと重力に影響されず飛ぶことができる同胞たち、だが彼の羽はその飛ぶ能力を格段に強化させていた。
「お前は強イ。我ら3体ヲ相手にしテここまデ持ちこたエルのは辛かロウに」
敵の一体、S-122が数による余裕を見せ、遊ぶように戦っていた。
「辛イとは、どのような感情なのカ。興味があル」
そう言うと、R-3は左右の羽から青白く光る動力を左右の羽から逆方向に放射することによって、高速回転しS-122の首と、S-134の腕を切り落とした。
だが、回転したのは大きなミスだった。回転する前に後ろに下がり、二本の剣から逃れることのできたS-155は、R-3が回転を停止する隙に、R-3の体を切断した。
「R-3全損、R-1、R-5だけでハ危険」
R-1は、状況を冷静に確認するとR-1に向かってきた片腕のないS-134の頭部を走りながらもぎ取り、叩きつけて破壊した。そして、剣で突き刺そうと飛んできたS-155の下に滑り込んで、下からS-155の機体を縦に切った。そしてそのままR-5と切り結んでいたS-137に切り掛かり、
「変わレ、全損したR-2、R-3、R-4の装飾を回収してコイ」
と、言うとS-137を相手にし始めた。
そしてR-5がその場を離れ、3機の装飾を回収し終えた瞬間、R-1とS-137に一発の砲弾が撃ち込まれた。
石だった床から砂が舞い、二人の体から部品が飛び散り、R-1の頭部と装飾が足元に転がってきた。
建物に隠れていた人間たちは砲撃に驚き逃げ惑い、剣が交わる金属音しか聞こえなかった街は、人々の叫び声に包まれた。
「やられテしまったナ。 R-5、私はこのまま全損するだろう。だがお前は自分の意思で動け」
そのつもりだった。どんな状況であろうと自身の判断で動かなければならない時はやってくる。
「私は人間を殺したくなかった。人間は大切な心を持っている。彼らに敵対せず、受け入れてもらうことで手に入れることのできた小さな心を育てられると思った…… お前にはそれがなかったか?」
R-1が壊れてしまったように唐突に変なことを言い出した。R-5には心が存在しないのだから意思も存在しない。そもそも心というのがどんなものかすら理解できていなかった。
「お前には我々全員の装飾を託そう。 使え。 そしてお前にも外装ハ……は存在する…………ル……」
「R-1全損、大きな損害をもたらしたが敵機全滅により作戦は成功」
作戦は成功した。だが、これで終わりではない。
R-5の視線の先にはR-1を破壊した砲弾を発射した大きな塔がそびえ立っていた。
「R-1、R-2、R-3、R-4……貰い受けた」
塔のガラスの向こうに見える丸々と太った人間の男が笑っている姿、それを見て初めて怒りと言う感情を覚えたかもしれない。仲間の死を笑われ、心の奥で何かが煮えるような感覚。R-5はこれが心なのだろうと考えた。
R-5は、左腕の手の甲に模様の書かれた布のようなものを手袋のようにR-1のを、左腕に肩から肘まである大きくて薄い腕輪のようなものをはめるようにR-2のを、人間で言う肩甲骨の間のすこし下にある五角形から膝裏まで伸びる帯状のものを太もものあたりで固定しR-3のを、薄い足輪状のものをくぐらせるようにR-4のを。
それぞれの装飾を、装着した。それによって人間味のあった体は誰が見ても機械と思えるような姿になった。
「我々の本来の目的は人間を全滅させること。ならば」
彼らは人間を全滅させると言う命令がで動き、戦争を起こしてきた。その目的を元にこの街に住む人間の絶滅を目的に変え、R-2、R-3、R-4の装飾を外装に変化させる。塔を破壊するための攻撃力、逃げた人間を追うための機動力、それらを補うための永遠の動力を手に入れたR-5は、自分の中の動力を左腕の動力砲に限界まで溜め、放出した。
その放出した動力は青白い光を帯び、塔にぶつかると塔を貫通し、破壊した。
破壊した塔に行くと、何人か生き残っていた。R-5は殺そうとしたが、その前にそのうちの一人に
「どうやっテ、我が同胞ヲ操っタ」
と、質問した。
「す、すまない……悪かった、頼む、殺さないでくれ! 破壊した機体の感情の部分を少し変えただけなんだ。この情報をあとは国に報告するだけなんだ……頼む!」
怯えた研究者らしき男が、ひたすらに謝ってきた。人間ごときに簡単に操れるとは思わなかったが、心も感情もないから、どうなのかはよくわからなかった。
そして、この男はR-5の前で『国に報告する』などとバカなことを言っている。殺すべきだろう。
R-5は、左手の動力砲を撃ち、生き残った塔の連中の頭を吹き飛ばした。
「あとは住人」
この街の上があんな連中なら街の人々も毒されているだろう。除去するべきだと判断したR-5は6本の銀色にすこし青緑が混ざったかのような色の羽から青白い光の動力を放出し、加速した。
「なんなんだ……あれは」
住民たちは動揺していた。当然だろう。人間でいうところの裸で、人の体に金属の翼に左腕に巨大な動力砲……ところどころ見える金属特有の灰色がかかった白に緑と青が混じっている機械の部分。それは人ならざるものの証。
R-5は、さっきの研究者の男のように、よくわからない心に初めて芽生えた怒りと言う感情に任せて、住民を一人一人確実に殺していった。
何時間経ったかはよく分からない。目の前に広がるのは瓦礫の街、それは誰でもないR-5が作り出したものだ。動力砲を乱射し、人々を殺し、街を破壊した。
人はもうおそらく全員殺しただろう。こんなことで怒りも収まった。だが血と叫び声に塗れるのは決していい気分じゃない。
地面に立ち、俯いていた顔を上げたR-5の視界に、それは入った。 7歳くらいで髪は薄い桜色、そして深紅の目をした少女が瓦礫の上に座り、R-5をじっと見つめていた。その子どもは、どこか悲しそうな顔をしていて、さっきまでのR-5を写したようだった。
怒りの感情は消えた。あの少女を殺す理由はない。塔の人間に毒された人々を殺し、二度と生まないようにすることが目的だったが、あんな小さな子どもはおそらく毒されていても忘れるだろう。殺そうが生かそうが変わらない。あの街からどこに行き、何もないところで野垂れ死ぬか、拾われて生き延びるか、それはわからないが、もうきっと会うことはない。だからR-5は一言、
「心とは俺が持つべきものではないのかもしれない」
と言い、6本の翼で空に飛び立ち、その場から去った。
心がなかった物が、心を持った時、今までしてきたことをどう振り返るのか、今まで見てきたものがどう変化するのか……
心とは何を表すために、何を伝えるためにあるものなのか、どうあるべきなのか…… 心がないものに意味はあるのだろうか。
これは、本当の絶望が訪れる15年前の物語……
短編を書いてみました! 「おもしろい!」「もっと読みたい!」と思ってくれる方がいらっしゃいましたら、構想はできていますので本編を書くつもりです!
良ければ感想や評価よろしくお願いします!




