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交錯する思い

 意識が朦朧とする中、唇に何かが触れている感覚がある。

 瞼を開け、唇に乗ったそれを掴む。そして、目の高さまで持っていく。

 それは、真っ赤な唇の形をした花の蕾だった。


 私は、眠ってしまっていたようだ。長い時間が流れたのか、頬を伝っていた涙が乾き、跡をつくっていた。




 〜 第1章 それは突然の勧告で 〜


 暖かな日差しが包み込む。空気が澄んでいて、日向ぼっこにはもってこいの草原。

 そこには、栗色の長い髪に陶器のような白い肌の少女が仰向けに寝転んでいた。

 そこへ、一人の女性が近寄ってくる。女性は少し怒った表情で言葉を発した。

「ミア、お父様があなたに大事な話があると言っていたでしょう。お父様は忙しいのだから、時間がなかなか作れないのは分かっているでしょう。今日は一日中、家にいるようにって約束だったわ。なんでこんな所にいるの」

 それに、ミアと呼ばれた少女は体を起こし、申し訳ないといった表情で女性を見つめた。

「ママ、ごめんなさい。今日はとても天気が良くて、少しだけと思っていたんだけど、ぼんやりとしてしまって」

 そうミアは言うと、肩を竦めて見せた。

「まあいいわ。お父様は今日一日、手が離せないようだから、夜にしてほしいって話になったの」

 女性、母親はミアにそう伝える。

「そう、分かったわ」

 ミアは複雑そうな顔でそう言葉を返した。

 ミアの父親は、この地域でも有名な堅物で、自分の意見を曲げない性格である。それゆえ、ミアは父親が少し苦手でもある。

「もう、戻りましょう。昼食の準備は出来ているから」

 そう母親にミアは促され、草原を後にした。


 夜も更け、少し肌寒いと感じる時間に、ミアは父親と向かい合って座っていた。

 静まり返った部屋の中、父親はこう切り出した。

「ミア、私は遠回しに話をするのは性に合わなくてね。単刀直入に言うが、結婚してもらおうと思ってな。お前も、もう十九になるだろう。私も跡継ぎがいると安心するしな」

 思ってもいなかった言葉に、ミアは目を見張った。そして、小さく呟いた。

「そんな、突然……嫌よ」

 それに、父親は諭すように言った。

「心配するな。相手もちゃんとした人を選んだんだ。下調べもしっかりしている。だから気にすることは無い」

「そう言う問題じゃないわ。私はっ」

 ミアは納得できず、感情的に言葉を発するが、それを遮って父親が言う。

「結婚の日にちだが、準備もあるからな。三日後にしよう。言っておくが、これは決定事項だ」

 そう、自分の言いたいことを伝え終えると、早々に部屋を後にした。

「ありえない。結婚なんて、絶対に嫌」

 怒りと悲しみ、いろんな感情が混ざり合ったミアの呟きは、静寂の中に虚しく消えていった。


 政略結婚なんて、絶対に嫌。心から愛する人と結婚するって決めているんだから。

「ママはこのこと知っているのかな」

 相談しようと思い立って、私はママのいる部屋へと歩いて行った。


 ドアをノックする。

「どうぞ、入ってきていいわよ」

 部屋の中からいつものママの声がする。それに少し安心する。不安な気持ちも少し和らいだ気がした。

 ドアを開けると、シトラスの香りが部屋中に広がっていた。とても心地良い気分になる。

「ママ、あのね」

 私は、ママの顔を見るなり口早に、お父様との出来事を話した。

「そう、お父様がそんなこと……」

 ママはそう呟くと、何かを考えるように黙り込んだ。

「ママ?」

 不安になり呼びかけた私に、ママは不安を取り除くかのように、優しく微笑んだ。

 そして、真剣な表情で私を見据えると、静かに話し始めた。

「ミア、私とお父様も政略結婚だったの。だから、私もあなたの気持ちが分かるわ。お父様との結婚は、今となっては良かったと思っているわ。何より、ミアが生まれて来てくれたものね。でも、最初はとても嫌だったわ」

 ママの話に、私は少し驚いた。

「ママとお父様が、政略結婚だったなんて知らなかった」

 私が幼い頃から、ママとお父様はとても仲が良かった。だから、政略結婚だなんて思いもしなかった。

「言う必要が無いと思って、話してなかったのよ。別に、隠すつもりは無かったんだけどね」

 私の言葉に、ママは苦笑してそう言った。

「そう、だったんだ。それでも私、ママのように最終的に幸せだって感じるとしてもね、やっぱり、政略結婚は嫌なの」

 私の必死の言葉に、ママは頷いて言った。

「分かってるわ。私は、あなたの幸せが一番だもの。でも、お父様はきっと、意見を曲げることはないわ。……ねぇ、ミア、オズワードさんのこと覚えているかしら」

 ママの問いに、私は答える。

「覚えてるわ。オズおじさんは、私の大好きな人だもの」

 オズおじさん、十年前に亡くなった伯母の結婚相手だった人。私が小さい頃、よく話し相手をしてくれた。優しくて、温かくて。

 好奇心旺盛だった私に、いろんなことを教えてくれた。

「オズワードさんは、姉さんが亡くなってからも、ミアや私のことを気に掛けてくれていてね。時々、電話をくれるのよ。だから、話したらきっと、力を貸してくれると思うわ」

 ママのその言葉に、私は心が弾んだ。不安だった気持ちは、いつの間にか無くなり、それと入れ替わるかのように、希望やワクワクといった感情が、心を満たしていた。











本作品をお読み頂きまして、ありがとうございます。

この物語を書くにあたって、作品タイトルを決めなければならない。ということで、かなり悩みました。

最終的には、『サイコトリアに口付けを』に落ち着いたのですが、書き始めて気づいたことがありました。

それは、この物語の鍵となるサイコトリアは、序盤には全く登場しないということ。

どうしたものかと考えた結果、時間軸を前後させることにしました。それが冒頭になるのですが、少々無理があるような気もしますね。

まあ、それは置いておくとして、終盤にはとても重要になってきますので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。


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