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バンドルの箱  作者: 篝レオ aka 篝レイ
木戸せいら編
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二章 気のせいだ(2)

 すき焼きは美味しかった。拓篤の隠れた料理の腕前もあるだろうが、やはり松坂牛の存在は大きい。松坂牛を最終的に食べるためだけに牛牧者になりたいと思った。

 ただ、美味しいだけでその日を終えられなかったことが残念でならない。牛を食べた後、俺は馬車馬のように働くことを義務付けられ、こうして俺は自室にて婦人服のカタログとにらめっこしている。婦人服を読みあさっているのは、授業参観に訪れるママさんに扮するための下準備といった按配だ。

 そしてあれでもない、これでもない、とただページを捲るだけの人形のようになった、いや、後に着せ替え人形になることを運命づけられた俺は、この季節に沿った女性ファッションについて思考を巡らせていた。

 こんなカタログなんて殆ど参考にならない。だって誌面にいる女性たちよりも俺の方が若いし、可愛い。

 かつて日本を席巻したアイドルである陽菜をも唸らせたこの俺の美貌が、こんな寂れたカタログのモデルになぞ負けるはずがないのだ。

 もとは嫌だったこと容姿だが、世の男どもを意のままに操り、世の女どもを井の中の蛙に至らしめるという俺の目的においてはこの上ない武器となる。

 故に、どう着こなせば若く見えるかとか、如何に綺麗に見せるかなどというカタログの謳い文句は俺には死ぬほどどうでもよく、授業参観で着て行くに相応しい服装、という極めて限定的な指標がほしいのだ。それが載っていないカタログになど、価値はない。不特定多数の主張が錯綜するインターネットは論外だ。

 すると、机に置いた携帯が、珍しく鳴動した。チカチカと画面を明滅させ、陽菜からの電話を知らせている。


「もしもし?」


 応答すると電話口からくすり、と人を小馬鹿にしたような笑みが聞こえてきた。なぜ笑う?


「那月。メール見たわよ、アンタ、流星のママになるんだって?」


 ああ、なるほど、俺の無様さを笑っていたのか。そういえば授業参観のママの服装について、陽菜に相談メールを送っておいたんだった。あとはまあ、今日の珈琲店での件とその後の相談も兼ねて。


「まぁ仕方なくだよ」

「とにかく頑張んなさい。授業参観、いつなの?」

「来週の月曜」


 今日が週末の土曜なので明後日、ということになる。昼前の四時限目の行われ、その後一緒に給食を食べて解散、というプログラムらしい。それを陽菜にも委細伝えると、


「なら、ますますママやってあげなきゃね」


 いつになく優しい声音の陽菜だった。


「わ、わかってるし。そのために陽菜に相談したんだし」


 もしも俺が行かなければ、流星は周りで親子が仲良く給食を囲う中、独りで給食を食べるという可哀想な状況と相成る。つくづく孤児に配慮のないプログラムである。むしろ孤児じゃなくても、親が忙しくて来られない境遇の子達にも言えることか。


「まぁ服だったら相談に乗れると思うし、明日とかどう? あたしが見繕ってあげるけど」

「ほんと? それだと助かる」

「じゃあ待ち合わせは今日と同じく、でいいかしら?」

「おっけ。昼の十二時にアーケードの入り口だね」


 と口頭で簡単に明日の予定を組み上げ、夜中ということもあり適当なところで通話を切り上げた。

 ふわりとやってくる眠気に時計を見やると、時刻はもうじき長針短針が共に十二を差す頃。欠伸は眠気を帯び、眠気もまた、正当性を帯びる時間帯だ。

 待ち合わせが昼頃なので、まだ夜更かしする余裕はあるが、夜更かしはお肌の敵っ! ということで早々に床に就くことにした。薄れゆく意識の中、ああ、今日の珈琲店でのこと、相談するの忘れていたことを思い出した。それすら飲み込むように、波のように睡魔が覆いかぶさってゆく。


  ◇◆◇


 待ち合わせの時間まであと数刻ほど持て余した俺は、自室で月宮マナの変装に勤しんでいた。

 マナの服を仕立てるとなればマナの姿で臨むのが道理であり、間違っても男の姿で女性の服を試着など出来まい。今朝は、陽菜から借りたままとなっている学校の夏用ブレザーを着ている。それ以外に女物の服は持たない、仕方ない、罪悪感もない。メイド服? そんなものは知らない。

 久々のメイクとあって手こずってしまうことも多分にあったけど、時間はたんとある。感覚を取り戻すように、暇に明かすように念入りにメイクに耽ることにした。

 ベースメイクはさして技術を必要としないため、ものの数分で仕上げた。されどベースメイクが一番重要といってもいい、ファンデーションやフェイスパウダーなど、後の化粧乗りに影響すること請け合いなので真剣に取り組まれたい。

 ベースメイクが終わると、次はポイントメイク。

 眉の形を整える、アイブロウ。目元に陰影を与え、立体感を出すアイシャドウ。目の輪郭を強調するアイライナー。もともと睫毛の長い俺はマスカラは必要ない。

 陽菜に負けじと大きな瞳、二重まぶたの幅が広い俺は、何かとメイク道具の消耗が激しいよなーとか思わないでもないけど、これも美人ママになるため。待ってろ流星、当日お前に寂しい思いなんてさせないからな。

 ふんわりしたイメージを付与するチーク、いままでよりもちょっとだけ濃いめの口紅を塗ると、鏡の向こうに月宮マナが対面する。今は学生服に身を包んでいるが、もうじき私は月宮ママになる。ちょっとだけわくわくしてきた。

 亜麻色のウィッグにも慣れたもので、地毛のような安心感がある。授業参観だし、もう少し落ち着いた髪色のほうが相応しいかとも思ったがこの安心感には代えられない。

 この胸だって授業参観だし、もう少し小ぶりなサイズにしたほうが良い気はしたが、もう胸であれこれ悩むのも面倒なのでこのままで構わないという次第だ。

 月宮マナに変装を終え、一仕事終えたようにほっと一息ついていると――

 コンコン、と扉が鳴り響いた。

 誰だろうと思い、返事しようとすると、


「那月~! また弦切れたんだわー、助けてくれ~!」


 扉の向こうで助けを請う拓篤に、俺はあわててメイド道具をベッドの下に隠し、どうしようかと考える。

 俺は今、月宮マナの格好をしてる。そして訪問主は拓篤。

 あの日、廊下に組み敷かれ、胸をアレされ、唇にコレされそうになったことを思い出す。拓篤にはその時の記憶がないとはいえ、何かの拍子で思い出さないとも限らない。もしもあの時の続きが再開されたらアタシ、本当にママになっちゃうかもしれない! そんなわけないけど……。


「那月~! 寝てんのかぁ?」


 返事がないことを受けて、拓篤はそう解釈をした。

 せめて、今が昼過ぎだったなら、拓篤はこの状況を俺の不在と受け取るのかもしれないが、現時刻は朝の九時前。日曜日とあっては朝寝と考えるほうが自然な時間帯である。

 こんな時にベースの弦を切るとは、なんて間の悪いやつ。

 例え、拓篤の記憶が戻らなかったにしてもこの状況は宜しくない。月宮マナという見慣れない少女が、親友である俺の部屋にいるという状況をどう説明すれば良いのかわからない。


「入るぞー?」


 それは、死刑判決にも響きが似ていた。あるいは、犯すぞー、とも聞こえる。婦女暴行、不法浸入は犯罪ですっ!

 こうなったら、布団に潜ってやり過ごすか、窓から外へ逃げるか、那月の声で適当に理由をでっち上げて追い返すか。

 無数の雑多なアイデアが頭中を駆け回り、中には良策もいくつかあったけれど、それを行動に移す前に。


「おーい、那月ー?」


 バタン、と大げささ音を立ててドアが開け放たれ、亀井拓篤が現前した。

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