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バンドルの箱  作者: 篝レオ aka 篝レイ
木戸せいら編
32/64

プリ・プロローグ、略してプリプロ(2)

「わかった。雨だし、もう少しここにいる。うん。それじゃ」


 通話を終えるとマナは、浅い円筒状の鞄に携帯を仕舞い込んだ。亀の甲羅を象った可愛らしいデザインの鞄だ。


「どうでしたか?」


 音楽雑誌『しゃーぷ♪』の記者、駒香が気遣わしげに訊ねる。


「まだまた時間かかりそうとのことで、もう少しだけ駒香さんに付き合ってあげたらと陽菜が」


 マナは退屈そうに答えた。

 武道館公演が刻々と迫りつつある。復旧まで、取材に応じるとの話ではあったが、本当は近場のリハーサル・ステジオに入ってでもコンサートの曲を復習っておきたかった。

 退屈そうなマナの右手がリズミカルに顫動せんどうすると、その手に持つスプーンは空の皿を小さく打ち鳴らした。

 マナの伏し目がちの大きな瞳には長い睫毛によって陰が差し込み、愁いを帯び、どうかすると不機嫌にもとれる。

 その姿態は側から見ると、有閑の麗人にも、無聊をかこつ童にも映るのだった。


「あ、何か食べます? パフェとか、ここはアイスも美味しいんですよね」


 マナとは対照的に明るめの表情の駒香が、しゃーぷ♪ 気味にメニューを差し出した。

 さもありなん。この駒香という男は、記者である前にひとりの男であり、アイドル月宮マナの熱烈なファンであるからだ。取材ではあるがマナと差し向かいで話す僥倖を得、停電の復旧困難によって、時間延長というラッキーすら降ってきた。

 そんな得たり顔が気に食わなかったのだろう、マナは呼び鈴をちんと鳴らし従業員を呼びつけると、この店の最も高額メニューである牛フィレ肉のハンバーグを注文した。この女、さきほどオムライスを平らげたばかりである。

 どうだ、あなたの財布を圧迫してやったぞと言わんばかりの表情でマナが駒香を見やる。


「結構食べますね。大丈夫なんですか?」


 だが悲しいかな、ここでの食事代は交際費で賄われる為、駒香の財布は圧迫されない。むしろ圧迫されるのはマナのウエストの方では、というのが駒香の率直な感想だった。


「いいんです。わたし、食べたものは、胸に集中するタイプなので」


 マナが誇らしげに胸を張ると高校生には不釣り合いな大きさのそれが、ゆさゆさと揺れる。


「ごちそうさまです」


 何も食べていないはずの、駒香が言った。

 マナは、はてなと首を傾げている。

 駒香のその言葉が、今夜のおかずに対するお礼であることをマナは知らない。

 知っているのはテーブルの下、駒香のタイトなボトムを、圧迫するものだけだった。


  ◇◆◇


 マナが食べ終わると、取材が再開される。


「月宮さんって、メンバーの誰と一番仲が良いんですか?」


 フィレ肉の油分が残った口内をお冷で洗い流し、マナはゆったりとした口調で語り始める。


「んー、そうですねえ、全員、仲良いと思いますけど…」


 実に当たらず障らずの返答だった。

 そして駒香は質問の仕方を誤ったと思い至る。仲が良い、とはマナ個人の解釈のみによって成立するものではないからだ。マナが仲が良いと思っていても、向こうがそう思っているとは限らない。

 故にマナは特定の誰かを名指しで挙げることを躊躇い、かくも曖昧な返答に流れる。


「あ、すみません。質問を変えますね、月宮さんが最も気に入ってるメンバーさんって誰なんですか?」

「それでしたら、ベースのせいらちゃんです」

「ああ、木戸せいらさんですか」

「ええ」


 木戸せいらとは、アイドル・バンド「たまごどん」のベーシストであり、マナや陽菜と同じ学校に属する少女だ。年齢は、マナの一つ下。綺麗な黒髪が印象的で、メンバー内では清楚キャラを司っているところがある。


「実は自分、木戸せいらさんに関してはあまり詳しくなくてですね」

「いい子ですよ、お淑やかだし、物静かだし、わたしなんかよりずっと可愛いですし」

「いやいや、月宮さん可愛いですよ。自分、ファンですし!」

「え、あ、ありがとう、ございます?」


 唐突なファン宣言に戸惑うマナ。会員証を提示され、その会員番号の若さに少し引いた。


「とにかく、せいらちゃんはいいですよ。要チェックです」

「月宮さんがそういうのであれば自分もチェックしてみます」


 あなたは、記者なんだから取材に来る前にそういうことは予めチェックしておくべきでしょう、という感想を口に出さないよう心するマナ。


「木戸さんはベーシストということですが、月宮さんが彼女を気に入ってるのはリズム隊によるところもあるんでしょうか?」

「んー、どうなんでしょう」


 ドラムとベーシストは、リズム隊と集約されることがあり、その関係性もまた、一緒くたにされるのも満更でないほど親密であることが殆んどだ。野球で言うところのバッテリー、である。

 まぁ、厳密に言うと大太鼓と小太鼓の組み合わせのこともバッテリーと呼ぶのだが。

 だがそんな御託は抜きにして、マナは、せいらに対する思いを淀みなく打ち明ける。


「ベーシストとして見るよりも、手塩にかけて育てた娘を見るような感じですかね」

「つまり母性本能をくすぐられる、ということですか?」

「そんな感じです」


 なるほどと感心しつつ、駒香はマナの胸元に視線をやった。そのお乳が、木戸さんを育てたのですね、羨ましいです僕のことも育ててほしいです、というヤラシイ視線だった。


「ちょっとその辺、もう少し詳しくお話、聞かせてもらえると助かります」

「いいですよ。じゃあ、これで」


 マナは、開かれたメニューのデザート欄から、メロン・パフェを示す。奢れということらしい。まだ食べるのかと驚愕の駒香であったが、メロンがメロンに帰するのは、とても自然なことだなと思い直したのだった。

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